第五話 リテイクって、なに?
企画書の完成から、プロジェクトは一気に進み始めた。
製作されるのはショートムービー。
わずか五分強の作品だ。
梁井くんはこの脚本を、その日のうちに書き下ろした。
これを受けて、実相寺先輩がミニチュア作りに着手。
壊されるための町並み――ビルや電波塔、新県庁、車、電信柱などの模型を一から作っていく。
幸い、土蔵に持ち込まれた機器の中には大型プリンターがあったため、型紙は際限なく
梁井くんと靖子は脚本についてディベートを重ね、その完成度を高めていく。
ある程度見きりが付いたところで、撮影が始まった。
「そうだねー、製作期間はひと月が限界かなー」
靖子はスケジュールの管理を行いながらそう言った。
私たちの勉学を圧迫せず、放課後自由に出来る可処分時間を
「締め切り厳守でお願いするねー」
「もちろんだ」
彼女の言葉に、梁井くんは胸を叩いて答える。
スタートする撮影。
と言っても、本格的な映像機器なんてない。
携帯端末が、私たちのカメラだ。
私は、スーツアクターとして全力を
梁井くんと実相寺先輩から飛ぶ鋭い指導を受けながら、より怪獣らしく、脚本のイメージに沿うよう演技を適応させていく。
完成させたいと願った。
梁井くんに、最後まで撮らせて上げたいと。
もちろん、全てが順風満帆だったわけじゃない。
撮影場所としては土蔵が選ばれて、そこに簡易的なセットが組まれたのだけど、一度ボヤが出かけてさすがにパパに叱られた。
着ぐるみが大きく破損することもあった。
ミニチュアの中身がぽろっとでてしまうことも。
それでも監督である梁井くんは、
「特撮にNGなし!」
そう宣言して、全てを強行。
撮影が終わり、ビデオデータを彼は編集。
映像効果を足して仕上げにかかる。
「事実上、俺の卒業制作だな、これは!」
差し入れをしてくれながら、実相寺先輩はそんなことを言った。
確かに土蔵に泊まり込んで作業に没頭する日々は、先輩の言うとおりの活動だったのかもしれない。
だが、大事件は最後の一週間になってやってきた。
§§
「
土下座する梁井くん。
呆気にとられる私たちへと向かって。
彼は土蔵の床へと額をこすりつけながら、決死の覚悟でこう繰り返す。
「秕海を本当の怪獣にするためなんだ、頼む!」
私を本当の怪獣にする。
それは、決して秕海乙女の素性を暴露しようとする彼の悪意ではなかった。
この数日間、ほとんど通い詰め、泊まり込みの様相で土蔵へこもっていた梁井くんは、あることに気が付いたのだという。
「もっと面白く出来る。もっと真に迫った映像を撮れる。秕海を、本物のプラティガー二代目にする方法がある」
靖子と実相寺先輩は、彼の様子に困惑していた。
とくにスケジューリングを一手に担っている靖子は難色を示す。
当然のことだろう。
だが、彼は頭を上げない。
「初めはぼくも軽く考えていた。自由研究ぐらいのつもりで、実験作ぐらいの気持ちだった。でも、これを見るのは誰だ? 秕海が、怪獣に変身できると信じている無垢な少女じゃないか。彼女のファンじゃないか!」
その声は、熱意を帯びて振動していた。
彼はおそらく重ねていたのだ、かつてプラティガーに希望を見いだし救われた自分と、実相寺由々実を。
「客という言葉は使わない。視聴者とも言わない。ただ怪獣を目の当たりにするひとりの人間がいる。なら今のままじゃ駄目だ。もっとずっと試せることがあるはずなんだ」
顔を伏せたまま、何度でも繰り返し、こちらが納得するまで梁井くんは熱弁をふるい続ける。
「最初の没案のとき、ぼくは秕海に
怪獣皇帝の名をほしいままにする空想の王。
プラティガ-。
それが梁井くんの理想。
私が目指すべき極点。
「街を壊すプラティガーを魅力的に
空を想う。
空っぽのキャンパスに思うがままに虚構を描き出す。
いま必要なのは、そんな存在なのだと彼は言う。
「十一年前、破壊の限りを尽くしたプラティガ-。この街の夜景を奪い、日常を破壊した災害。けれど、怪獣皇帝が降り立ったからこそ輝いたものもある」
例えばいま、この心臓を高鳴らせる熱情。
私に新たな生を与えた切っ掛け。
「この街の夜景を彩る輝き、復興の後に芽生えた
「そう言われてもねー、時間的にはいっぱいいっぱいだし。予算は……まあ、あるけどねー」
こちらをチラリと見てくる靖子。
説得に協力しろとその視線が訴えている。
でも。
けれど、私は。
「……正気で言っているのか?」
ずっと黙っていた実相寺先輩が、重々しい口調で告げた。
いまだ頭を垂れたままの梁井くんを見下ろし、先輩は今一度問う。
「これまでを棒に振る、その覚悟があってリテイクを要求しているのかと聞いているんだ、梁井玲司」
「……そのつもりだよ、先輩。なにかあれば、責任はぼくが取る。いや……取れないかもしれないけど、矢面に立つのはぼくだ」
「…………」
顎に手を当てて考え込む実相寺。
しばらくして、茶髪の先輩は強い声で確認をした。
「乙女ちゃんを怪獣に仕立てる妙案、それがあるんだな先生? 俺たちに空想を信じさせる方法が」
「……ある」
「だったら――俺は手伝うぞ!」
先輩はニッカリと笑うと、彼のそばに膝をつき。
動こうとしなかった梁井くんを起き上がらせる。
「嫌いなことを強要されているわけではない。俺たちは俺たちのやりたいことをやっているのだ。ならばこその本気!」
「先輩」
「うむ!」
頷き合う二人。
燃えていた。
狂気にも似た意欲が、ふたりの瞳の中で。
「あー、これは仕方ないねー」
私の方を見て、靖子が肩をすくめる。
彼女にも伝わったのだろう、テコでも動かないような梁井くんの信念が。
それに突き動かされて変わっていく、この場の雰囲気が。
彼が、先輩が、靖子が、私を見る。
そうだ、演じるのは私だ。
引き金は私に
全員からの問い掛け、覚悟はあるかと?
「……くだらない」
そう、本当にくだらない。
覚悟なんて冗談じゃない。
だって私は、既に怪獣なのだから。
「やるに決まっています、全力で」
「よしっ!」
梁井くんが拳を突き出す。
意図を汲んで、全員が手を伸ばし、拳を打ち合わせた。
二度目となる決起の時。
そして――リテイクの嵐がはじまったのだ。
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