第三話 大怪獣の娘って、なに?

 私は大声を張り上げた。

 フロア全体へと届けと、轟々と渦巻く炎に負けるなと。

 インカムがなくても彼の鼓膜を震わせることが出来るぐらいに。


「大怪獣の娘の名前は、なに?」


 君が作ってくれたスーツを身に纏う者はいったい誰?


「君が真実、心の底から怪獣を愛しているというなら、どんなときだって答えられるはずです」


 そうだ。

 私の知る彼は。

 梁井玲司は。

 いつ如何なる時も、己の好きを貫くことが出来るのだから。


 だから私も惑いはしない。

 怪獣であることが世に知られればどうなるかなど興味も無い。

 ただひたすらに望むのは、もっと重要なその時だ。


「呼んでください、怪獣皇帝プラティガーの名を受け継ぐ者の名を!」


 ……答えはない。

 それでも全神経を集中し、聞き耳を立てる。

 針の落ちる音すら聞き逃さないように。

 彼を信じて。


 建物が燃えさかり、建造物が焼け落ちる音だけが響く逆説的な静寂の中。

 果たして、応答は。


「……め」


 応答は。


「……とめ」


 


「怪獣皇帝の娘は、秕海乙女だーーーーー!!!」


 ありったけの声量で。

 気管を焼かれながらも放たれたような声音は。

 私に、これ以上無い力を与える。


「うわあああああああああああああ!」


 絶叫をあげながら総身の筋肉、そのリミッターを外す。

 瓦礫を一気に吹き飛ばし、自由の身になった私は、届いた声を頼りに駆け抜ける。


 万が一にも転ばないよう、大きく床を踏みしめながら。

 姿勢制御装置尻尾にバランスの全てを任せながら。

 彼が教えてくれたとおりに、どう見えるのかを意識しきって。

 そうして――辿り着く。


「……ああ。やっぱりそうだ」


 ぐったりとレジカウンターに寄りかかり、あちこちすすまみれになった彼が。

 梁井玲司が、ゆっくりと顔を上げる。


 周囲の炎を照り返す瞳が私に向けられ。

 彼は、か細い声で、睦言むつごとのように囁いた。


「初めて会ったときから思ってた。秕海乙女、おまえは……誰よりも怪獣だよ」

「ばか」


 そんなことを言っている場合じゃないだろうに。

 ずっときっと、辛いはずなのに。


 私はスーツに組み込まれていた最新の機器、自動脱着装置を起動。

 脱ぎ捨てたスーツを彼に着せる。

 それから、酸素ボンベのマスクを彼の口へと当てた。


 彼が、穏やかな呼吸を取り戻す。

 不安が一気に退いて、私は安堵の息を吐く。


 これで、今すぐ彼が焼け死ぬ心配はなくなった。

 ただ、それは死期を延ばしただけ。

 いずれ確実な危機がやってくる。

 なんとしても、脱出しなければ。


 ここは三階。

 周りは瓦解寸前の大炎上物件。

 彼を抱えて飛び降りるにしても、窓際まで近づくのが既に至難の業だ。

 この状況では、いくら私でも長時間の活動は困難。


「……これしか、ないですね」

「秕海?」

「梁井くん、君は以前、私に出来ないのかと訊ねましたね」


 そして私はこう答えた、やらないのだと。


「肌が荒れるんです。数日は食欲もなくなります。あと……だるい。〝彼〟が連発しなかったのも、そんな些細な理由だったからだと思うのです」


 なにを言っているのかと思っているだろう。

 私だってそうだ。

 でも、これしかない。

 ……リテイク無しの、一発勝負。


「魅せてあげます。いまこそ私が、プラティガーから受け継いだものを」

「おまえ、まさか」


 彼が言い終えるよりも早く、私は床を大きく踏みしめた。

 長い長い黒髪が、尻尾のようにビタンと床を強く叩く。


 心臓が早鐘を打つ。

 外に聞こえるほど大きな心音。

 血管というハイウェイを伝って全身へと駆け巡る生命の息吹。

 この身体が取り込んだ、超高純度ティガーライト。

 それが体内で共振を起こし、指数関数的にエネルギーを増大。体内炉心が、これを急速に圧縮。

 バチリと音を立てて、私の尾てい骨から背骨、首筋へとかけて、紫電が疾走。


 ティガーライトの蛍火。

 それは頭髪を突き破り、さながら背びれのような形を取って。

 沸騰する〝力〟を蓄積させていく。


 下から上に、順番に加速するように。

 ドクンドクンとエネルギーは注がれ、背びれは泡立ち、膨張。

 私は大口を開ける。


 肺臓が、周囲の熱気全てを限界まで吸入。

 嵐のような電力が体内で渦を巻き、集中。

 ついに臨界を越え――放たれた。


 プラズマ熱流。


 轟音が響き、閃光がまたたく。

 体内で圧縮された原子炉十五基分にも相当するエネルギーが、口腔からプラズマの奔流となって放射されたのだ。

 それは瞬時に周囲の酸素を食らいつくし、炎から居場所を奪った。


 さらに純然たる大威力が、ショッピングモールの三階から一階までを貫通。

 なお物足りず周囲を破壊の渦へと巻き込み、瞬時に溶断、蒸発させる。


 まだだ。

 まだ足りない。

 もっと壊さなくては。


 怪獣だから?

 関係ない。

 彼を――助けるために!


 私は首を左右上下に振って、建造物を壊して回る。

 怪獣の膨大な演算力が、崩れ落ちる全ての瓦礫の動きをシミュレート。

 最善の動きを成し遂げる。


 グンと反動が来て、プラズマ熱流が停止。

 私はへたり込む。

 閃光が去った後に残ったものは。


「すごい……すごいよ秕海」


 外界まで続く、下り坂の脱出路だった。

 建物を崩壊させることで、そのパーツを利用して道を作ったのだ。


「じゃあ、あとは言い訳を考えておいてください」

「……え?」

「いってらっしゃい、お迎えが来ました」


 階下から、消防隊の職員達が駆け上がってくるのが見える。

 遠くないうちに、梁井くんは彼らに保護されるだろう。

 怪獣スーツの中に入ったままの状態で。


「ちょ、まっ」

「私は見つかるとまずいので、一足先に失礼します」


 正直身体はボロボロで、全身筋肉痛が酷いけれど。

 このぐらい格好をつけて立ち去るのは許されると思う。

 天井の亀裂から空を見上げ。

 両足に力を込め、跳躍しようとした瞬間。


「秕海!」


 彼が、スーツを脱ぎ捨てて告げた。


「おまえは怪獣だ! 最高の怪獣だよ! おまえは……ぼくに希望を見せてくれた。ありがとう、秕海!」

「――――」


 迷っていた。

 ずっと狭間はざままどっていた。

 自分が怪獣なのか、人間なのか。

 どちらを選ぶことが正しいのかと。


 両親の愛を長年受けて、梁井くん達と関わって。

 どうにもペースを乱されて、小難しいことばかり考えて。

 そうして怪獣である己を否定し、人間であることを選ぼうとした。


 それが間違いだったか、正解だったかは解らない。

 でも。

 けれどいまは……違う答えを心に抱いている。

 胸を張って、尻尾を振って、私は明言できるのだ。


 秕海乙女は、怪獣であると。


 怪獣だから――大切な〝彼〟を、救うことが出来たのから。

 なにより彼は教えてくれた。

 怪獣の意味を。


「秕海、ぼくは」

「……そこまでです。さっさと治療を受けて下さい。またあとで会いましょう。次は……日常の中で」


 たったそれだけのことを口にするだけで、目元が熱い。

 声は震えて、口元は戦慄わなないてしまう。

 気を抜けば座り込んでしまいそうな中、私は今度こそ地を蹴る。

 もうそこまで、救助隊はやってきていたから。


 燃えさしの柱を登り、他のビルの屋上へと辿り着き。

 人目がなくなったところで。

 いよいよ涙腺は決壊した。


『ギャゴォオオオオオオオオ――!!』


 あふれ出す安堵とうれしさの涙とともに。

 永崎の街へ、怪獣の雄叫びが轟く。

 火災現場へ居合わせた多くの人達が空を見上げ、プラティガーの姿を幻視しただろう。


 けれど違う。これは私の叫び声。

 そうだ。

 その日、秕海乙女は。


 確かに怪獣皇帝プラティガ-二代目へと、成ったのである!

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