第二話 燃える街にあとわずかって、なに?

 改良に改良を重ねたスーツは、完全に私の動きへ対応していた。

 ビルの上を跳んで渡っても、一切どこもほころんだりしない。


 先輩や靖子には内密で、梁井くんがどこまでも改修を続けてくれたお陰だ。

 もちろんお礼なんて口にしようものなら、予算が無尽蔵だったからだよスポンサー様と笑われるだけだろう。

 梁井玲司は、自分を過小評価する傾向がある。


 学校でもそうだ。

 靖子から、いくつも彼の逸話を聞いた。


 どんな会話を振っても怪獣に繋げてしまうくせに、学業は真面目。

 毎日授業内容を復習して、翌日には教わったことが出来るようになっている。

 それが当たり前だと思っているから、クラスで浮いてしまう。


 運動は苦手。

 学友達が楽しくバスケットボールをやっているときに、彼だけは必死の形相で食らいついてくる。

 身体を動かすことが不得意なくせに、誰より熱心に打ち込んでみせて。

 そしてやっぱり、それが普通だと思っているから、空気が読めないと言われ孤立してしまう。


 出来ないことを、出来るようになるまで繰り返し。

 百錬自得ひゃくれんじとく、必ず己のものにしてしまう努力家。

 それが彼、梁井玲司で。

 学校でも、私生活でも、そのスタイルは何も変わらなくて。


 彼は機械に強くて、イラストが描けて、特撮に詳しい。

 すべて、ずっと努力を重ねてきたからだ。

 初めは出来なかったことを、出来るようになるまで諦めなかったからだ。


 そうだ、梁井玲司は極めて諦めが悪い。

 矮小わいしょうな不条理は強大な希望の前に打倒される。

 経験則として、彼はこれを知っているのだ。

 だから――


「見えた」


 視界が、炎上中のショッピングモールを捉える。

 消防車が駆け付け放水を行っているが、僅かたりとも火勢は衰えない。

 すでに被害は永崎駅全体にも及んでおり、人間が突入することは難しいだろう。


「けれど、私なら」


 ショッピングモールの屋上へと飛び移る。

 誰かに見られたかもしれない。

 普段は空を見上げない人々も、いまだけは逆巻く炎を見詰めていたのだから。

 だが、気にしない。


 屋上から内部へと続くドアを発見。

 ロックは当然かかっていた。


「えい」


 無造作にドアノブを引きちぎり、強引にこじ開ける。

 ドアを背後に投げ捨て、内部へと突入。

 同時に、スーツ内部の温度が急上昇。

 これは……外気温は大変なことになっているな。


「梁井くん、聞こえる?」

『…………』

「梁井くん?」

『……ああ、秕海か。ごめん、ちょっとぼうっとしてた』


 まずい傾向だ。

 おそらく内部の酸素が、燃焼によって急激に消費されているのだろう。

 彼は酸欠に陥っている可能性がある。


 火事場における対応の何が正しいかは解らない。

 それでも、いま彼に意識を失われてはまずいことぐらいは理解していた。


 考える。

 これまでの人生にないぐらい頭脳をフル回転させる。

 彼の意識を保つには、どうしたらいい?


 答えは。

 一つしかなかった。


「映画の話をしましょう、梁井くん。怪獣皇帝ファイナルウォーズ、君はあの作品をどう思った?」



§§



『まず空飛ぶドリル付き巨大戦艦がいい……!』


 食いつきは、こちらが意図した以上だった。

 倒れていたのに起き上がってしまったのだろう、ゲホゲホと咳き込むのが聞こえてくる。

 ついで、さきほどよりも少し押さえた、しかし興奮に彩られた声。


「怪獣特撮で出てくるスーパーマシンの中でも屈指の出来映え。怪獣皇帝のプラズマ熱流を受けても航行可能な耐久性。プラティガーとの共闘。熱い」


 どっちの意味だ、最後のは?

 ポジティブなものだと信じて、私は火炎の中を突き進む。


 視界は最悪だ。

 外部カメラが半ば機能しないほど、最上階では火炎が渦巻いている。

 あるいはこれも粗悪品ティガーライトの影響なのか?

 どのみち外気温は埒外らちがいだ。

 舞い散る火の粉はまぶしく、スーツの表面を容赦なく加熱する。


 けれど、大丈夫。


 難燃性素材にしようと決めたから、この業火のなかでもスーツは燃えない。

 スーツ内部に煙が充満するトラブルがあったから、呼吸が出来るように小型酸素ボンベも積んである。

 だからちっとも苦しくない。


 ふたりで考えた。

 みんなで知恵を絞った。

 初号スーツには、今日までの私たちがしてきた活動、その全てが詰まっている。


 ゆえに進める、前へと。

 梁井くんも、きっと信じてくれているから。


「君は、今どこにいるの?」

『三階右側にあるフードコート。即席のバリケード造って、あと大量のジュースを頭からかぶって耐えてる。これ、あとで弁償しなきゃだよな……』


 冗談なのかそうじゃないのか解らないことを言う彼。

 現在地から彼の場所までは……四階ほど降る必要がある。

 間に合うか?

 内心で生じる葛藤を、しかしおくびにも出さず対話を続ける。


「話を戻します。怪獣はどうだった?」

『すごくいい。この映画は過去作の怪獣を片っ端から出すお祭り映画だ。だから、結構マイナーなやつとかでも出てくる。それが入れ替わり立ち替わり怪獣皇帝に挑んで、ちぎっては投げ、ちぎっては投げされて……うーん、たまらない』


 彼の言葉だけを頼りにしながら、崩れた壁を押しのけ、炎上しているエスカレーターを飛び降り階下へと突き進む。


「一番気に入っているところは?」

『マグロ』

「嫌いだって言っていたでしょう?」

みそぎだよ。怪獣皇帝に負けたのなら、なんとでも言い訳はたつ。おかげでいまは、巨大イグアナが好きだ。ポップコーンも進むし』


 嬉しそうに語った後、彼は大きく咳き込んだ。


「梁井くん」

『……大丈夫。大丈夫だよ、秕海』


 大丈夫なものか。

 とっくに限界だろうに。


 私は猛進する獣のように、炎が荒れ狂う階段を駆け下りる。

 途端、脆くなっていた足下が崩れた。

 倒れてしまいそうになるが、歯を食いしばって耐える。


 いま何階だ?

 四階?

 ならば、あと少し。


「このスーツ、素晴らしいです」

『そう、だろう。ぼくらで作ったんだ。そうじゃなきゃ困る……』

「梁井くん?」

『…………』

「梁井くん!」


 反応がない。

 冷や汗がブワリと噴き出した。

 最悪の光景が脳裏をよぎり、頭を振って全てを追い出す。


 走る、走る、彼の元へ。

 もう一度階段を降って、ようやく三階へと到達。

 彼がいるはずの右側へと向かおうとした。

 その刹那だった。


「――っ」


 またしても崩落。

 頭上から、大量の瓦礫が崩れ落ちてきて身動きが取れなくなる。

 いったいどんな手抜き工事をしたら、ここまで杜撰ずさんな施工がまかり通るのか。

 そんな怒りすら湧いてくる。

 しかしそれよりも、なにより大事なのは梁井くんの安否で。


 早く、一刻も早く彼の元へ馳せ参じなければならないのに。

 私はいま屋根の残骸の下で。


『――――』


 通信機も沈黙。

 遮断された通話。

 最早、絶体絶命。


 私は。

 私は……。


「呼んで、梁井くん!」


 気でも違ったように、大声を張り上げる。

 答えよあれと、インカムへと願う。


「大怪獣の名前を、いま!」

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