第七章 怪獣になった日
第一話 ばれたら困るって、なに?
「考え直すという選択肢はないですか? レスキュー隊に全て任せるという常識的な判断は」
「いいから、急いでください」
私は後部座席から、運転席を蹴り飛ばす。
「うへぇ……」
芹ヶ野博士は情けない声を上げ、公用車であるバンを加速させた。
あれから。
梁井くんが火災に巻き込まれていると知った私は、助けに行くことを即断した。
難色を示す芹ヶ野博士を脅して従わせ、現在は実家へと向かっているところだ。
どうしても必要なものが、そこにあるから。
車中では、情報収集に努める。
動画サイトや実況掲示板、あるいはSNSを総ざらい。
ショッピングモールから人々を避難させている映像を見つけ出し、できる限り分析。
「……いた」
二十分以上前の映像。
脱出用の滑り台付近で、忙しく立ち回る梁井くんの姿を確認した。
普通ならば判別など付かない解像度だが、私の目ならば
同時に、実相寺先輩達が無事救助されるシーンも見つけることが出来た。
問題はその直後、崩落が発生していることだが……しかし、
つまり無事だ。
いまはまだ。
どうせ他人を優先して、自分が最後に脱出するつもりだったのだろう。
彼らしい。
だからこそ、胸に引き裂かれそうな痛みが走る。
「秕海乙女くん」
博士が、バックミラー越しに真剣な視線をこちらへと向けてきた。
「やはり、止めないか。これは……大人がなんとかすることです。きっと彼は無事助け出される。君が人生を棄てるほどじゃない。待て、座席を蹴るんじゃありません、本気で事故ります!」
なにも捨てるつもりなどない。
私は両親から、人間として愛されているのだから。
「それでも、もしも君のプランが露呈すれば、もう特生対は
「覚悟の上です」
「――彼も、君のように強情だった」
呻くように、男は言った。
「梁井くんを知っているの?」
「知っています。君と同じく、僕がカウンセリングを受け持っている、重大な疾患持ちだ」
疾患、それは精神の?
「梁井玲司は、怪獣に誇大妄想を抱いている。プラティガ-を救世主のように
博士の顔に
誰に対するものかは解らない怒りと。
それよりも大きな後悔が、そこにはあって。
「かつて僕は怪獣を盲信していたのです」
「空想生物学」
「そう、そしてこの手で、憧れだった怪獣を滅ぼした。それが理不尽な大災害だったから。彼は僕に近い。そんな思いをさせたくはなかった。ですが……」
それは思い上がりだったのだろうと、運転をしながら博士は続ける。
「僕が否定したことで彼はさらに怪獣へとのめり込んでいきました。そうしていま、君が調べたとおり、ヒーローのように振る舞って一人取り残されている。これは僕が犯した罪でしょう」
「なら、
「……そう、ですね」
車が止まる。
実家が目の前にあった。
私は即座に飛び出し、土蔵へと急ぐ。
そこに、ひとつの夢の結晶が鎮座していた。
完成形改良型初号スーツ〝プラティガ-二代目〟。
最小限のティガーライト駆動と、私の演技によってのみ動かすことが可能となる外殻。
これが、梁井くんを生きて連れ戻すために必要な鍵だ。
「着付けます。博士も手伝って」
有無を言わせぬ調子で命令すれば、芹ヶ野は頭を掻きながらも従ってくれる。
インカムとゴーグルを装着。外部カメラ起動。
梁井くんとの、リンクを開始。
「……聞こえる? 聞こえている?」
『――ああ、バッチリだ秕海』
彼の声が返ってきた瞬間、両足から力が抜けそうになった。
それでも強く踏ん張って。
私は告げる。
「これから、あなたを助けに行きます。だから精々、生き延びなさい」
§§
この場から中央駅まで、車で移動していては間に合わない。
野次馬や緊急車両で絶対に渋滞が起きているし、元よりこの街の道は狭い。
一刻一秒が争われるこの瞬間に、そんなのんびりしている余裕はなかった。
だから。
飛んでいくしかない。
なりふり構わず、最速で、最短ルートで。
怪獣スーツを着込んだまま。
「かつて、僕は怪獣を信じられなかった」
最短ルートの演算を始めた私へ向かって、博士が言葉を投げてくる。
この期に及んで引き留めようというのなら、一発殴っておくかと感じたとき。
芹ヶ野は、私の背びれへと触れた。
「今度は、信じてもいいですか?」
「自分の目で視て、決めて下さい」
なぜなら私はスーツアクター。
演じ、表現したことが全てなのだから。
「行きます」
「……怪獣は理不尽です」
両足に力を込める私へ。
最後に博士が告げた。
「それは、どんな状況も打破できるという意味だったのでしょうか?」
「彼はそう言っていました。希望だって」
跳ぶ。
私は青空へ向かって。
ただ一心。
――梁井くんを助けるために。
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