第六話 怪獣の価値観って、なに?

 自分の価値観が一般的な女子高生と異なることぐらい、私だって自覚している。

 対人関係以外で、服装やメイクに興味がなく。

 甘いものを好むわけでも、光り物を好むわけでも、まして恋に恋するわけでもない。


 ……というか、この〝女子高生とはこういうものだ〟という認識自体が、既に歪んでいると言っても過言ではないだろう。

 おそらくきっと、完全に女子高生というものをはき違えている。


 それでも人間のように生きようと学び、努力したのは両親のことが大きかった。

 この場合の両親とは、プラティガーを指すわけではない。

 秕海乙女の産みの親、血縁上の両親だ。


 彼らは私を人間として扱い、安定した生活を与えてくれた。

 たとえ怪獣衝動によってそこに歪みが生じても、はぐくまれ与えられたという事実までは消えない。

 そう、例えば……このような実家の敷地などもだ。


「デッカ……! MG5かよ……」

「車の話?」

「巨大ロボットだよ!」

「意味が不明すぎるけど……うん、なかなかのものでしょう?」


 ぶんぶんと頷いてみせる梁井くん。

 お陰で私も、鼻高々だ。

 一緒に映画を見た数日後の放課後、私は彼を実家へと招いた。


 秕海家は、永崎の郊外にある武家屋敷だ。

 怪獣災害でも奇跡的に災禍さいかのがれ、特に修繕の必要もなく今日まで町並みを見下ろしてきた。

 母屋おもやだけでも、梁井くんの家に数倍する規模がある。


「いいね、火をつけるとえそうな建造物だ。知ってるか秕海? 古い特撮で、とある寺のミニチュアを燃やしたんだが、次の日寺へ電話が殺到したんだ。なんでだと思う?」

「倫理観に触れるから?」

「実際に燃えたと視聴者が、思っちゃったんだよ!」


 またもディープな特撮知識を披露し始める彼。

 まったく平常運転である。


「さて、梁井くん。母屋に用はありません。こっちの蔵へ来て」


 資料にするなどと言って撮影を始めた彼の首元を掴み、私は目的地へと引きずっていく。

 やってきたのは、三つある土蔵のひとつ。

 鍵を開けて中へ招き入れると、梁井くんは顔つきを真剣なものに変えた。


「なんで、空っぽなんだ?」


 彼の言葉の通り、いま土蔵の中には何も収められていない。

 だだっ広い空間には、射し込む光を受けてきらめくほこりぐらいしか舞っていなかった。


けたの。ここでなら思いっきり作業ができるでしょ?」

「貸してくれるのか!?」


 驚いたように顔を寄せてくる梁井くん。

 近い、すごく近い。

 すまし顔を作って彼をちょいっと突き放し、一度深呼吸。

 こちらも平常運転で言葉を返す。


「スポンサーなので」

「いいね。気前がいいやつ、ぼくは大好きだぜ」

「……そう」

「ああ。しかしそうなったら、機材を運び込まなきゃな。重要視すべきは……換気と電源の用意、それから……」


 こんなとき、すぐさま予定を組み立てられる彼はなかなか優秀だと思う。

 私はお膳立ぜんだてをされると、むしろ面倒くさくなってしまうタイプだから。引かれた線路は破壊したくなるのが怪獣のサガだ。


「それと梁井くん。怪獣スーツの製作費用ですが、私が出します」

「なんだって?」


 それまでの嬉しそうな顔が一転、渋面になってこちらを振り返る彼。


「予算は私が用立てると言いました」

「そんなわけいくか。あー、うーん、よし! ぼくもコレクションを手放して」

「それ、マジで出来るつもり?」

「……すいません、できません」


 だと思った。

 彼の部屋を訪ねたとき、怪獣コレクションにはちりひとつ積もっていなかった。

 それだけ愛情を注いでいると言うことだ。


「けどさ、秕海だけに負担させるのは、なんか違うというか。好きなものに施しを受けるのは納得がいかないというか」


 まだ言いつのる彼の眼前に、携帯端末を突きつける。

 開いていたのは、通帳のアプリ。


「ひい、ふー、みー、よー、いつ、む、なな、やー、ここのつ!?」


 桁を数えて、彼が悲鳴を上げる。


「おま、こんな大金どこからっ」

「なに、桁が足りない?」

「下手な特撮より予算は多いだろうけど……そうじゃなくて!」

「資産運用」


 幼い頃にもらった一度きりのお小遣いを元手に、あれこれ手を回して稼いだ純粋な私の資産。


「だから、使いましょう。君は長年つちかった特撮知識をしみなくついやす。私は予算をつけ、これを買い取る。Win-Winでしょ?」

「おまえ、さてはいいやつだな?」


 なぜそんなことを言われたのか解らない。

 ただ、少しばかり体温が上がって。


「けどさ、親御さんの確認ぐらいは取ったほうがいいと思うんだ。この土蔵だって、おまえの所有物じゃないんだろ?」

「ああ、それなら」


 なんの問題もないと、続けようとしたときだった。


「おや? 帰っていたのかい、乙女」


 突然、聞き知った声が響いた。

 ハッと視線を入り口へ向ける。

 そこには、ダブルのスーツを着込み、シルクハットかぶった男性の姿があって。


 〝彼〟は、ゆっくりと帽子を脱ぐ。

 眼鏡をかけた、温厚そうな顔が現れた。


「……どちらさん?」


 訊ねてくる梁井くんへ。

 私は嬉々として答えた。


「パパです、自慢のね」

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