第五話 君との距離感って、なに?
実相寺進治郎。
県立南一ツ星高等学校三年三組、学内でも有数の高スペック。
すでに有名私立大学への進学を決めている成績、内申点ともに優秀なこの男には、秘密があった。
即ち――
「特撮ヒーローこそ至高! 人々の心を守る
「解る、解るよ実相寺先輩。いいよな、宇宙からきた巨人……」
熱くヒーローについて語る実相寺
放課後、梁井くんの家になぜか集まることになった私たちは、奇妙な会話を続けている。
というか、私をそっちのけで男二人が盛り上がっていた。
「こ、これは!」
梁井くんのコレクションを閲覧していた実相寺が、感極まったような悲鳴を上げる。
「よもや、伝説のマルヨン商店製初期ソフビの傑作、シリーズ最古のロボット怪獣ダマスターでは!?」
「正解。復刻版だけどね」
「うむ、当然か。本物であれば金庫が必要だからな、プレミア過ぎる。そしてこちらは……おお! ティガーくんぬいぐるみの初期ロット! まさか転売……」
「初日に並んで買った」
「見事!」
あっはっはと声を合わせて大笑いする男ども。
なんだ、どういう話題で盛り上がってるんだ、これ?
マジでわかんないんだけど?
「それにしても、玲司後輩のコレクションは素晴らしいな」
不意に冷静さを取り戻した顔で、実相寺は感嘆の息をこぼす。
「知識も俺以上、情熱も
「よしてくれよ先輩、ぼくたちは同じ穴のムジナじゃないか」
梁井くん、それはいい意味で使う言葉じゃないんだよと思ったものの、あながち間違った運用でもないため私は沈黙を貫く。
「いえ、そもそも先輩の目的は、私でしたよね?」
駄目だった。
思わず口をついて出る疑問。
問いを投げかけられた先輩は、バツが悪そうに頬を掻き、それから頭を下げた。
「ひと月前は悪かったな、乙女。まさか先生のように素敵な彼氏がいるとは思わなかったのだ。性格の難も含めて、フリーだとばかり」
……いま、三つほど怒っていいポイントがあった気がするのだが、怪獣なのでよく解らない。
解らないが、誤解をといておくことにする。
「まず、呼び捨てを止めてください」
「確かに失礼だったな。これからは乙女ちゃんと呼ばせてもらおう」
……ものすごく
「それから、梁井くんは彼氏ではありません。ビジネスパートナーです」
「みなまで言うな、みなまで言うな。俺にとて解る。素直になれないいじらしさ、それも武器だな!」
手持ち無沙汰を言い訳に、梁井くんのコレクションで遊んでいなくてよかった。
もしいま手にしていたら、握りつぶしていたところだ。
「最後に、私の性格はいたってノーマルです」
そう、ノーマルな怪獣だ。
「おおよそ乙女ちゃんの言いたいことは了解したぞ。以後注意しよう。それで、本題だが……というよりも、俺が乙女ちゃんへ
先輩は、真面目な顔で私たちへ質問してくる。
それはもう、恐ろしいほどの情熱を込めて。
「怪獣の着ぐるみを作っているというのは、まことか?」
§§
実相寺先輩へ他言無用を取り付け、私は帰途についた。
自室に辿り着くなり、どっと疲れが出てベッドへと倒れ込む。
怪獣になってから、ここまで疲れを感じたの初めてだ。
なにせ肉体的には疲労のしようがないのだから。
このまま惰眠を貪ろうかと思い始めた頃、携帯端末が着信を告げる。
『姫、あのあとどうなった?』
知っているくせに、情報の確度を高めるためにわざわざ訊ねてくる。あの娘は本当に抜け目がない。
私は何もなかったと返信する。
『了解。なら余計な噂が広がらないようにこっちも手を回しておくね』
正直助かる。
けれど行間を読むと、借り一つ……というより、大きな交渉材料を握られてしまった形だ。
これは次の会食で、タイ料理の専門店あたりに連れて行かれる可能性も覚悟しておかなければならないだろう。
野上靖子、見た目や値段、味云々よりも、香りが強いものを尊ぶ謎の
『でも意外だった』
何が?
『姫が興味を持つ相手がいるなんて』
普段の私は、そこまで超然としているのだろうか。
これでもしっかりと人間の社会性を
『交友を持っちゃおうかな』
誰と?
……梁井くんと?
それは、好きにすればいいと思うけれど……と返信する。
けれど送ってしばらくしてから、
『……どの程度の?』
と付け加えてしまった。
すると可愛らしい鳥が大爆笑している画像がたくさん送られてきて。
らしくない。
私は今、ひどくらしくない言動をした。
だから靖子に笑われている。
無言でジト眼の画像を返送してやれば『ごめんって』と即座に返される。
『うん、いま姫のこともっと好きになった』
…………。
『本心を教えてくれて、嬉しかった。じゃあ、また明日ね』
手を振る鳥の画像で会話は終わる。
けれど……本心?
そもそも、らしくないってなんだ?
私は、怪獣なのに。
「……梁井くんといると、違う自分になっていく」
こぼれ落ちた言葉は、慌てて口元を押さえてもなかったことにはならなかった。
怪獣とは無縁の感情が。
破壊衝動とは別の、モヤモヤとした怖れのようなものが心中に湧き立つ。
彼と関わってから、秕海乙女は変化しようとしている。
否、既になにかが取り返しの付かないほど変わっているのかもしれない。
それが恐ろしくて。
怪獣のくせに恐ろしいなどと思う自分が許せなくて。
「距離、置こうかな……」
また、よくない言葉が口の端からこぼれ落ちた。
……仕方がない。
これは、仕方がないことだ。
だってこのままじゃ私は。
「彼との関係を、壊してしまう」
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