第五話 怪獣は理不尽って、なに?
避難誘導に従い、整然と移動する人々。
その遙か彼方で、爆発が起こる。
望遠レンズが最大まで拡張され、元凶が、黒煙の中から姿を現す。
90メートルを誇る永崎市役所。
それよりも大きな影が黒煙を切り裂く。
最初に見えたのは、巨大な脚部。
四本の爪、分厚い
続いて腰、腹、両腕が露出。
次の刹那、山そのものような大きさの尻尾が振り抜かれ、市役所が薙ぎ払われ、砕け散る。
蛍光色に瞬く背びれ。
肉食恐竜のような恐ろしい顔が顕わになり、天を衝く雄々しき一対の牙が紫電を帯びてバチバチと発光する。
プラティガー。
後に怪獣皇帝の名前をほしいままにする、空想からの来訪者。
〝彼〟を
警察車輌を押しのけ、自衛隊の火砲をものともせず、シーボルト記念館の辺りまで縦横無尽に進む。
そこでプラティガ-は空を見上げ、大きく口腔を開いた。
一瞬後、全ては鬼火色の光に包まれて――
「これが、記録されている中で最初のプラズマ熱流――プラティガーのブレスです。次に怪獣皇帝が熱流を放ったときには、月に
映像を消しながら、芹ヶ野が私を見詰める。
「いいですか? 怪獣とは災害、破壊そのものなのです」
同意する。
まったく以てその通り。
怪獣は破壊の具現だ。
「……君のことを知る者は極めて少ない。僕と特生対のトップぐらいのもので、首相にすら秘密となっているのです」
「ご尽力、頭が下がりますとでも言えばいいのでしょうか?」
「君を再現しようという計画はかつてあったし、現在も実行に移されているので、その必要はありません」
なんだって?
「難病に冒されていたときのこと、覚えている?」
「……忘れては、いないです」
「偶発的にプラティガーの背びれを取り込んだ君は、奇跡的に回復した。それは莫大量の超高純度ティガーライトと融合した結果だと推測されています。体内組織は作り替えられ、尋常ならざる頑健さと精神への変調を与えたられ……まあ、すべて仮説なんですがね」
だからこそ私と同じものを作れないかという純粋な学問的探求は未だ繰り返されているのだと博士は言う。
「生態とティガーライトの融合実験。現在これは成功も失敗もしていない。ラットにティガーライトを植え付けても拒否反応は起きないし、同時に有意な変化も見られないので」
つまるところ、怪獣になったものはいないというのだ。
「君だけが特別なのです。君だけが特異事例なんです。だからこそ、僕らは秕海乙女の存在を秘匿する。そんな患者はいないと断言するしかない」
……いったい、なにを言いたいのか。
回りくどすぎて、わからなくなる。
こんな時、梁井くんなら真っ直ぐな言葉をくれるのに。
「軽挙妄動を慎んで欲しいということですよ、秕海乙女くん。君はね、人間として生きるべきなんです。あんな災厄になってはいけません」
芹ヶ野の言葉には一定の説得力があった。
だから今日まで、私は人間であろうと努力をしてきたし、不和を起こすことを避け続けたのだから。
けれど……。
「怪獣は、理不尽を壊すもの……」
気が付けば、そんな言葉が口からこぼれだしていた。
芹ヶ野が怪訝そうに眼を細め、それから口元に手をあて思案しはじめる。
「……同じことを言った少年が、昔いましたね。名前は、確か――」
芹ヶ野がそこまで言いかけたときだ。
着信音が鳴り響いた。
「失敬」
携帯端末を取り出し、話を始める白衣の男。
数分ほど話したところで、芹ヶ野はチラリとこちらを向いた。
さらに何事か話し、通話を切る。
「急用が出来ましたので、面談はここまでにしましょう」
「特生対の用事ですか」
「……君には隠すようなことでもないですね、すぐにお父さんから聞くでしょうから」
パパから?
「現在、市場にはスラムや他国で粗製濫造されたと思わしきティガーライトの模造品が出回っている。これは知っていますね?」
私は頷く。
パパからも、梁井くんからもそんな話を聞き及んでいた。
「その問題なのです」
芹ヶ野の言葉によれば、粗悪品は周囲にある正規のティガーライトへ過干渉を起こし、強すぎる負荷を発生させるらしい。
「結果として、機械が耐えきれず爆発する事故が相次いでいるわけで」
ということは、ヒーローショーで怪獣スーツが焼き付いたのも、それが原因か?
「いまのところ政府は腰が重く、秕海重工さんにイメージ戦術をとってもらっている段階です。なんとか取り締まりを強化したいのが、特生対としての本音ですが……どうか、手出ししようなどとは考えないように」
「しませんが?」
いやマジで。
かなりどうでもいいし。
「本当に? あれは怪獣皇帝が残した最後の悪影響……いわば
恩恵の裏返し。
永崎を焼き払い、同時に更なる発展を与えた怪獣という存在に対する人間の疑念。
芹ヶ野は、それをもっと深く考えろと警句を発したいのだろう。
「けれど、私は怪獣です。怪獣は無意味なことをしません」
「何者にもなれない自分を腐して、何かになったつもりでいたいから怪獣だと言い張っているわけじゃないのですか?」
私は表情を変えなかったが、芹ヶ野はすぐに謝罪を口にした。
「失礼。いまのは鎌をかけただけです。多感な年頃の君にとって、よくないことを言ったと素直に謝罪させてください。しかし、どうしても怪獣でなくてはいけない?」
博士は続ける。
淡々と、まるで自分の感情を抑えつけるようにして。
「自己認識を変えろとは言っていないのです。だが……怪獣であることは、怪獣を好きでいることは……今の時代では危うい。解りますね?」
「…………」
「僕らが出来るのは、君に人間としての一生を保証することだけ。もしも怪獣だと世間が認知したとき、それを守る術はない。大人のくせに、歯がゆい限りですが」
彼は実際に奥歯を噛みしめ、席を立った。
最後に。
「怪獣は、理不尽です。誰にとってもね」
どうしようもない事実を言い残して。
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