第四話 怪獣災害カウンセリングって、なに?

 打ち上げだからと、梁井くんと先輩に連れられて、初めてのファミレスでリブステーキを七枚ほど食べた翌日。

 私は、カウンセリングを受けるためにとある場所へとやってきていた。


 特別生物対策室。


 一般に特生対と呼ばれる、怪獣対応における政府側のエキスパートチーム。

 その永崎本部へと顔を出していたのだ。


 場所としては、プラティガーの襲来によって根こそぎ破壊された旧県庁跡地に建設された、白亜のビルがそれに当たる。

 とにかく目立つ高層建築であることから、観光客からは待ち合わせの場所として重宝ちょうほうされていた。


 さて、カウンセリングといっても、これ自体は特別なことではない。

 十一年前の怪獣災害。

 特生対ではKかいじゅうハザードと呼称される出来事に巻き込まれた人間は、福祉事業の一環として面談が約束されているというだけなのだ。


 他にも災害義援金なども結構な額が刷られており、焼け太りならぬ怪獣太りした企業もあったとかなかったとか。

 を見るにびんで言えば、我が家もそれなりのものだったが、それ以上に目敏い会社が意外と多かった印象だ。

 などと思考を整理しつつ、ビルの五階にもうけられた面談室――


 ――ではなく、地下三階へと向かう。


 私の場合は、カウンセリングを受ける場所も、相手も、別に用意されていた。


「こんにちは、秕海さん。今日も時間ぴったりとは……変わりがないようで安心です」

「お久しぶりです芹ヶ野せりがや博士。時間を守るのが人間のルールでは?」


 真っ白い部屋の中に、同じく真っ白い中年男性がいた。

 ぼさぼさとした蓬髪ほうはつ、剃り残しの無精髭が目立つ尖った顎、目元には酷いクマ。

 ただ、身につけている白衣にだけは皺一つ、染み一つない。

 芹ヶ野牧彦まきひこ

 特別生物対策室の頭脳にして、かつてプラティガーに致命傷を与えた張本人。

 つまり、人類の英雄である。


「ルールですか……耳が痛い話だね。とりあえず、座って座って」


 言われるがまま、芹ヶ野が用意してくれたパイプ椅子に腰を下ろす。

 すると、博士はあくびを一つした。


「相変わらずの睡眠障害ですか」

「あははは……面目ない話だよねぇ? プラティガーの一件以来、睡眠薬かアルコールの力を借りないと入眠もままならなくてね。それよりも、どうです? 最近、なにかあったかな?」


 重たい話題をぶった切って、フランクに訊ねてくる芹ヶ野。


「まだ自分のこと、怪獣だと思ってる?」


 いや、本題は何も変わっていなかった。

 ……思えば十一年前、私が犯した最大の失敗は、この男に自分が怪獣だと打ち明けたことだろう。


 当時の私は幼く、なにより怪獣になったばかりで混乱していた。

 両親にすら怪獣であるという事実を否定され、錯乱さくらん状態だと見做みなされ面会謝絶を言い渡され。

 途方に暮れた結果、この男にすがってしまったのだ。


 ……ただ、結果的にではあるが。

 その全てが間違いだったわけではない。

 こちらの話を聞いた芹ヶ野は、即座に私のカルテを改竄かいざん。プラティガーにまつわる全てをことにした。


 そのまま上層部へ素知らぬ顔でダミーの書類を提出し、私についての調査を開始。

 お陰で……本当にお陰様で、私は自分が怪獣であると確信を持ち、いまにいたる。


 注射器の針が通らず、レントゲンが遮断され、MRIすら無意味だったのだから、自覚するなという方が難しい。

 それでも芹ヶ野は、秕海乙女は人間であると言った。


「きみは人間だとも。怪獣である必要なんてないんですよ?」


 それは、くどいほど繰り返された言葉だ。

 へにゃへにゃとした顔つきの男が、こう言い放つときだけは背筋が伸びて、真剣な顔をする。


「私は怪獣です。変わらずに、これからも、これまでも」


 定型句で答えれば、大きなため息が返ってくる。

 男は、机の上を軽く叩いた。

 すると内部からディスプレイがせり上がってきて、なにやら映像を表示。


 一瞬で理解する。

 これは、あの日の光景だ。

 

 有史以来初めて観測された、空想よりの来訪者。

 災禍の中に君臨する怪獣皇帝。


 十一年前、在りし日のプラティガーが、そこにいた。

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