第三話 超邪悪円盤怪獣ノーメンって、なに?
『ぼくが行く』
「藪から棒になにを言って――」
聞き返そうとしたとき、
それは幽霊のように見えた。
あるいはクラゲ。
もしくは……白いてるてるボーズのように。
てるてるボーズ――違う。
『全力で蹴る。秕海、上手い感じに受け止めて倒れてくれ』
考える時間もなく繰り出されるドロップキック。
彼は先輩と違って私の正体が怪獣だと知っているから、手加減をしない。
そうしないと、この重たいスーツを吹き飛ばすことが出来ないと制作者だからこそ
信頼に応えるべく、なにより彼がダメージを負わないように受け止めながら、私は倒れる。
慣性のままにずるずると滑った身体は、丁度シルバーエックスと同じ位置で止まった。
ここまで2秒。
唖然とするこども達の前で。
梁井くんが、大声を張り上げる。
「なーはっはっは! にっくきシルバーエックスも、新たなる敵プラティガー二代目も、この超邪悪円盤怪獣ノーメンさまが打ち倒してくれたわ! もはやおまえたちを守るものは誰もいないのだー!
棒だった。
これ以上ないぐらいノリノリの、迫力が一切ない某演技。
けれど奇妙な熱のこもった言葉は、こども達へと届く。
「なんだこいつ!」
「えらそうでむかつく」
「やっつけろシルバーエックス!」
「まけるなぷらてぃがー」
「「「ふたりとも立ってー」」」
次々に降り注ぐ声援の雨。
「進治郎ちゃん、二代目、がんばれー!」
さらに先輩の姪までもが声を振り絞る。
『秕海、先輩を助け起こして。それから一緒に必殺技を打つポーズを。ぼくに妙案がある』
ハッと我に返り、指示されるがまま先輩を抱き起こす。
『なるほど、それはナイスな考えだ!』
先輩もなにかを悟ったらしく、私に支えられながらも必殺技の構えに入る。
けど、必殺技?
プラティガーの必殺技って、つまり。
――いや、こうなれば梁井くんを信じるのみ!
私は手元の装置を操作しながら、尻尾をビタンと波打たせ、大きく首を上へと振り上げる。
尻尾の先から背中へと向かって、順番に電飾が灯りエネルギーのパルスが伝達される。
天を
私は、振り下ろすように口を開けた。
刹那、プロジェクターから映像が投射。
プラティガー二代目とシルバーエックスが放つ、二つの光線が重なり、極太の
「おっのーれ! まさかプラティガーとシルバーエックスが手を組むとは――ぐわあああああああああ!!」
壮絶に下手な芝居をしながら吹き飛ばされていく彼。
同時に、呼吸が楽になる。
着ぐるみの口部分から煙が排出されているのだ。
さながら、吐き出された熱流によって空間が焦げたような演出として。
「す――すごい!」
こども達が
「くちからぼわーってけむり!」
「かっこいい!」
「怪獣すてき」
「なんだっけ、ほうしゃねつりゅう……」
「プラズマ熱流だよ、じょーしきなんだから!」
盛り上がるこども達。
律儀に訂正をしてくれる姪っ子さん。
シルバエックスが、こちらへと手を差し出してくる。
『秕海、そのまま握手をして。はじめからヒーローと怪獣の共闘だったことにするんだ』
梁井くんの言葉で、彼の
彼は、私を役割の上でも悪者にしたくなかったのだ。
まったく、とんだ怪獣主義者である。
私はシルバーエックスの手を強く掴んだ。
『乙女ちゃん、そのスーツは限界だ。このまま一旦はけるぞ』
先輩が提案したときには、梁井くんが照明を落としてくれていた。
なんとか下手から退出すると、迂回してきたらしい梁井くんが、シーツを脱ぎ捨てながら駆け寄ってくる。
背中のファスナーを開けてもらい、ようやく新鮮な空気を
「こりゃ酷い」
「そんなに燃えていたの?」
「ティガーライト周りの動力が
それは。
「まあ、今後の課題だね。煙が充満したときのことも考えて、携帯酸素ボンベとかもつけるべきかな。それより――どうだった?」
どうもなにもない。
すぐさま部屋へと取って返し、こども達とふれあいをしているシルバーエックス――実相寺先輩を眺めながら思う。
「……悪くなかった」
姪っ子さんは、先輩へと抱きついて、満面の笑みを浮かべている。
「さいこーだったよ進治郎ちゃん! さすがアタシのお
「はっはっは。そうかそうか、最高か。だが俺は婿ではないぞぉ?」
「いけずなんだから……あ、プラティガ-二代目も素敵だったわ。かっこよくて恐くて怪獣だったもの!」
はしゃぐ姪っ子さん。
そしてこども達。
実相寺先輩は、その全てを受け止める。
おそらくスーツの下は滝のような汗まみれ。
ブーツの中いっぱいに汗がたまり、腰をぶつけたことでの負傷、大立ち回りの疲労から、立っているのもやっとであるだろうに。
決して、仮面の下の疲れた顔を見せはしない。
一刻も早くスーツを脱ぎ捨て新鮮な空気を肺臓いっぱいに吸い込みたいのだとしても。
私はそこに、確かな人間の魂を見た。
アマチュアが持つ、プロにも劣らない情熱の一端を。
「うん……本当、悪くない」
世間一般から見れば、きっと怪獣ショーなんてくだらないものなのだろう。
先輩の振る舞いは、ちっとも今後の人生の役に立たないかもしれない。
けれど、私はそのくだらなさが嫌いじゃなかった。
誰も見捨てられないから立ち上がった先輩が。
だからこそ多くのこども達に囲まれた実相寺進治郎が、正しく映ったのだ。
「……なによりも」
退室し、焼けたスーツを見遣る。
ほんの数分前までこの身を包んでいた怪獣の外皮。
「ありがとう、梁井くん」
私は胸を張る。
ヒーローと共闘しても。
こども達に怖がられても。
あるいは……声援を送られても。
間違いなく私は。
「今日、怪獣でした」
真っ直ぐに言葉を紡げば、彼はなぜだか目を見開く。
私は。
そんな彼もまた、悪くないと思えたのだった。
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