第六章 怪獣を嘆いた日

第一話 ダブルデートって、なに?

「それじゃー、打ち上げもねてダブルデートをしようよー」


 などという靖子の世迷い言は、なぜだかスムーズに可決された。

 おそらく全員が舞い上がっており、言葉の意味をよく精査していなかったからだろう。


 学校が休みの日を見計らい、私たちは街へと繰り出した。

 こどもの頃と比べ、随分様変わりをしたとはいえ、地元を観光する趣味などない。

 梁井くんと実相寺先輩に関しては、怪獣ハザード後、特撮の聖地となったこの街で巡礼したい場所が山とあるらしいが、私と靖子にはない。

 精々が、目的地まで路面電車で移動する間に鑑賞する程度だ。


「路面電車と言えば、怪獣皇帝が噛みつくシーンで有名だ。現実のプラティガーはほとんど人間がいる施設を無視したらしいけれど、映画になると噛みついて見栄えがする鉄の箱と言うことでよく選ばれる」

「シルバーシリーズでは逆に出番が少ないな。命の危機をリアルに描きすぎてしまうからだとされているぞ」


 路電の車内で、四人並んで腰掛け揺られていると、照井くんが蘊蓄うんちくを披露しはじめた。

 これに先輩がすかさず補足。

 二人とも、趣味の話が出来るのがよほど楽しいらしい。


 ただ、その話の内容に思うところが無いわけではない。

 出発点は〝トラウマ〟。

 怪獣災害。

 Kハザード。

 十一年前に起きた現実から全てがはじまっているのだから。


 プラティガーは永崎を端から端まで破壊した。

 復興には莫大な時間が必要になるはずだった。


 けれど、実際は違う。

 プラティガーの体内から発見された新物質ティガーライト。

 これは高い共振性とエネルギーを内包しており、人類は新たな文明の火を手にすることとなった。


 永崎は瞬く間に雇用で溢れ、国へ訴えることで新幹線を通し、物流を最大まで拡張。

 海に面していることも踏まえて、一大工業地帯を生み出すに至る。

 秕海重工は、このムーブメントに乗って現在の規模まで拡大したわけである。


 かつて炭鉱で栄えた街。

 異国の文化を取り入れて育った街は。

 空想と交わることで、まったく異なる姿を手にしたのだ。


 もちろん、古い建造物の生き残りもある。

 車窓を見遣れば、遠景にちらりと眼鏡橋が見え、そのまま後方へと流れていく。

 夜になればライトアップされたりもするのだが、いまではその動力源としてティガーライトが用いられていた。


 既に通り過ぎてしまったが、中央駅併設型のショッピングモールは、現在も拡張工事を続けており、数日後に新館の落成式を控えている。

 この建造や改築に用いられる重機も、店内の電気系統も、やはりティガーライト頼み。


 中華街の赤門も、遺物といえば遺物だろう。

 プラティガーに関係なく、過去何度か災禍に焼けてそのたびに再建しているこの門構えも、永崎の歴史を伝える建造物だ。

 門を超えた先で営業されるいくつもの飯店を灯す光とて、新物質の発見以前と以後では異なっている。


 この街は、災害に耐えた。

 厄災を、人類は飲み込んだ。

 隣県や首都に住む人々から、いくつもの偏見や流言の限りを浴びせられてなお、拳を振り上げるのではなく、街を甦らすことにつとめた。


 私は怪獣だ。

 どちらかといえば壊す側だろう。

 それでも……ここまでスクラップ&ビルドの精神を貫いた人間に、敬意を抱かないわけではない。


「全戸避難、そんな話もあったね」


 横合いで、ぽつりと梁井くんが呟く。

 視線だけを向けると、彼の表情は真剣で。


「けれど時の総理が、それは生活の全てを根こそぎ捨てさせる行為だって言ってね、止めさせたんだ。あ、このシーンはシン・怪獣皇帝でも取り入れられていて、役者さんの演技も合わせて本当に名場面なんだけど――」


 一人盛り上がる梁井くん。

 なんだか、いつにも増してテンションが高い。

 やはり先輩という話の合う人間がいることが大きいのか?


「姫ったらー、そんな複雑そうな顔しないほうがいいよ?」


 靖子がニヤニヤと笑いながら耳打ちしてくる。

 なにも、複雑な顔などしていない。

 私の表情は普段から変わらない。


「はいはい。というか、もう到着くねー、目的地」


 友人が、降車ボタンを押した。

 眼鏡橋と中華街の狭間で私たちは路電を降りる。


 かつてはただのカラオケ屋だったにもかかわらず、復興後この街最大の複合アミューズメント施設にまで成り上がった大企業。

 エンジョイサウンドが、キラキラとした看板を見せていた。



§§



 エンジョイサウンドは、秕海重工の関連企業だったりする。

 だからといって顔パスで入場できるわけではないが、ある程度の便宜べんぎはかることは可能だった。


 具体的にはパパにねだって、クーポンチケットを頂戴したわけだ。

 私にはそれなりの資産があるが、怪獣スーツの作成で多分に消費したし、なにより節約は人間らしい行動だから模倣の必要があった。


 さて、カラオケルームに到着するなり、飲み物やらピザやらポテトやら注文する男ども。

 二人はこちらのことなど忘れたように、セットリストを上から征服。

 空気も読まずに特撮ソングを熱唱し始めた。


 これにはさすがの靖子も苦笑い。

 以後、実相寺先輩が本来のコミュ力を取り戻すまで、延々と二人のメドレーが鳴り響く。


 一通り歌った後は、ダーツに、ビリヤード、フットサルと文字通りエンジョイしていく。


「はっはー! シルバーシリーズ中興ちゅうこう、永遠のルーキー〝シルバーメビウス〟! かの作品で防衛部隊に勤めたサッカー選手を見て育ったのが俺だ! フットサルなどお手のも――なにぃっ!?」


 大言壮語を吐く実相寺先輩からボールを奪い、ゴールへと蹴り入れる私。


「ナイスだ秕海」

「……」


 梁井くんの声援に、無言で親指を立てる。

 身体を動かすことは好きだ。

 遊ぶことにも意味を見いだせる。

 怪獣だって、遊ぶし運動をする。


 だから。

 おそらく。

 彼らと過ごしたその時間は、私にとって悪くないもので。


「やー、暴れたねー。そろそろおなか空かない? ご飯にしようよー」


 靖子がそんな提案をしたとき、梁井くんはげっそりとしていた。

 本人曰く病弱とのことだったが、はしゃぎすぎたのだろうか。

 よくよく思い出すと、私もだいぶ自分を見失っていたかもしれない。


「よし、乙女ちゃん。俺たちで適当な食べ物を買ってこよう。先生達はここで休んでいてくれ」


 年長者として振る舞うことも出来るのかと感心しつつ、先輩と一緒に買いだしへと向かう。

 エンジョイサウンドの内部にはフードコートがあるため、梁井くん達を席へ座らせて散策していく。


 休日と言うこともあり、盛況な様子で、そこそこ人の流れが多い。

 ミセスドーナツに金タコ、エンターキーのフライドチキンと、選択肢は様々だが、どれもある程度人が並んでいる。


「待ち時間が短そうなものを、分担して買ってきましょう」

「うむ!」


 先輩と適当に選び――私はたこ焼きをまず買った。梁井くんが以前、タコを食べる怪獣の話をしていたからだ――支払いを終えて席へと戻って。


「――――」


 私は、思わずたこ焼きを取り落とした。

 床に落ちたパックが、ガサリと音を鳴らす。

 揺れる視線の先で、彼へ。


 梁井くんへ、靖子が抱きつこうとしていて。


「まっ」


 止めようとした私の腕を誰かが掴む。

 先輩?


「放して」


 振りほどこうと力を込めた瞬間。

 その男は、こう告げたのだ。

 燃えるような、眼差しで。


「乙女ちゃん、俺にしておくって選択肢は――ないか?」

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