第三話 野上靖子の本心って、なに?

「第一問、シルバーエックスと言えば」

「無愛想な宇宙人と勘違いされたくないのでファンサした!」

「ですが……太陽系へ現れる以前の来歴を答えよ」

「ふん、当然知っているぞ――不明だ!」

「正解!」


 完全について行けないやりとりを、梁井くんと実相寺先輩が繰り広げていた。

 いまや私たちの貸し切りになった屋上でのことである。


 あんなことがあったにもかかわらず、二人の仲はまったく変わっていないらしい。

 理解できない。


「男の子ってさー、こういうところあるよねー」


 私の隣ではしたり顔で靖子がお弁当を食べていた。

 こちらも理解できない。

 なぜ、以前と変わらない距離感で私と話せる?


「そりゃあ、昨日のことは発破はっぱをかけただけだし」

「……爆薬のこと?」

「そう、恋の起爆剤! もしくはキューピッド役を買って出たってわけでー」


 なるほど、あの場を設定したのは靖子だ。

 ダブルデートなどとふざけたパッケージングをしたのも。


 つまり、初めから企図されていたわけである。

 梁井くんと靖子が会えて距離を縮めることで、私と実相寺をふたりきりにする。

 そう言った策だったわけだ。


「先輩にいくら詰まれたのですか?」

「心外だよ姫ー。お友達価格なんだからぼったくりなんてしてないってー」


 訊ねているのはそういうことではない。

 金銭では動かず、情報にしか興味がないこの人物が、いったいどんな対価を突きつけられれば梁井くんを誘惑しようなどと考えるのか。

 それを知りたかったのだ。


 だから素直に伝える。

 すると靖子は、遠くを見るように眼を細めた。


「……憧れかなー」


 彼女の視線の先にいたのは、梁井くんと実相寺。

 そして。


「この話、姫にしたっけ? 十一年前、帰省から帰ってきたら、近所も実家も全焼してた話ー」

「……聞きました」

「じゃあ、要点だけ。あたしはねー、形のないものを尊いなぁって思うんだー」


 それは、例えば情報。

 あるいは電子通貨。

 もしくは立場。

 そして。


「関係性とかね」


 彼女の言葉はとらえどころがない。抽象的だ。

 本当に、形に囚われないことを愛しているのかもしれない。

 だが、敢えて論点を探そうと思えば、いくらでも見つけられる。


 例えば……誰と誰の関係性なのか、とか。


「実相寺先輩はさー、本当に姫のことが好きなんだと思うよ」

「ないでしょ。特撮が好きなだけで」

「切っ掛けはね、そうだと思う。でも、話をしていくうちに好きになった……なーんて、ありそうじゃなーい?」


 どうだろう。

 人間は意味のないことをする生き物だ。

 不合理な行動を取ることを否定はしない。


「前にも言ったでしょー? 好きな人と、好きな話をしたいんだって。先輩は、そうだったんだよ」


 ……得心がいかない。


「だって、その理屈で言えば靖子は、梁井くんを好きになったことになる。それは違うでしょう?」


 彼女は微笑んだ。

 照れたように、心の大切な、柔らかな部分へ触れられたことをくすぐったがったように。


「嘘」

「本当かなー」


 嘘だ。

 だって、他ならない彼女自身が言ったのだ。

 彼は怪獣オタクだと。

 私に釣り合わないと周囲が考えていると。

 ならばひるがえってその理屈は靖子にも通用するはず。


 学校一の情報通と、爪弾きものの怪獣オタクはつりあわない。

 なのに、彼女は満更でもなさそうに語る。


「梁井玲司くん。面白い子だよねー。自分が予想もしてなかった、でも心の中で望んでいた言葉をかけてくれる男の子。一挙手一投足が、パーフェクトコミュニケーションで」

「う」

「すごく才能があるねー、彼。あたしや姫みたいなちょっと浮いている人間を惹きつける才能っていうのかなー。それって、すごく尊いもので。そう、好きな人と好きな話がしたいを実現してくれる才能だよね」

「うう」

「欲しいなぁって思ったから。だから……手に入れることにしたのー。彼も、そして姫もね!」

「ううう……うん?」


 なに?

 いまなんと言った?


「彼と……私が欲しい?」

「そう! あたしって結構強欲でね、特別な彼も、特別な姫も、そして二人の関係性も、全部が欲しくなっちゃってさー。だって、うらやましいもの、あんなに初々ういういしくって!」


 だから、昨日のようなことを引き起こしたのだという。

 ……整理しよう。

 靖子は梁井くんへ好意を持っている。

 私にも特別なものを感じてくれている。

 そして彼と私の関係性を尊いと思っていて。


 つまり。

 それは。

 えっと……。


「――――」

「ごちそうさまー」


 彼女の言葉が、お弁当へと向けられていたのか、それともそれ以外に向けられていたのか、私には解らなかった。

 なぜなら真っ赤になってしまった顔を誰にも見られたくなくて、両手で覆い隠していたからだ。


「安心したー?」

「……うん」

「でもね、姫ー」


 私の頭をよしよしと撫でながら。

 靖子は、耳元でこう囁く。


「……あんまりじらされると、あたし、抜け駆けしちゃうかも」

「駄目!」


 立ち上がって大声を上げたばっかりに、全員の視線がこちらへと集中する。

 慌てて身を小さくすると、靖子が男子達を取りなしてくれた。

 笑顔で梁井くんたちへ手を振る彼女へ。

 私は、切実に訴える。


「それは、マジで駄目です、ゼッタイ」

「らしくないね。姫らしくないよー」


 確かにそうだ。

 怪獣らしくない。

 どれほど人の営みを学び、人間として振る舞ってきても、私は怪獣だ。

 ならば他人の心の機微などどうでもいいはず。

 だというのに……我慢ならなかった。


 ああ、どうしてしまったというのだ、私は。

 誇り高き怪獣皇帝の娘、秕海乙女。

 私は今。


 自分が、怪獣でなければよかったのにと、そう考えてしまっている。

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