第六話 プラティガ-対ディストピアって、なに?
「必要なのはアングル、そしてリアリティーだ。これまで
梁井監督は、ほとんど全編に渡って撮影をやり直した。
全員が納得するまで、何度も何度も、ワンシーンをやり直し、全体を通して精査して……却下。
初めから取り直すを繰り返す。
湯水のように融けていく時間。
消耗していく気力と体力。
だが、誰ひとり泣き言なんて口にしない。
私たちは、一丸となって駆け抜けた。
「巨大感と現実感を両立するために、模型の鉄塔越しにプラティガーを撮る」
遠景に置かれているだけだった鉄塔が、役割を帯びる。
「霧を炊こう、フォッグメイカーで遠近感のメリハリを生むんだ」
背景のちゃちさを誤魔化すために、土蔵の中に霧が
「逆光の神々しさが必要だ。ありったけの照明を背後に」
彼は
監督という役目を務め続けた。
「本物のプラズマ熱流を口から出したい。合成でなく本物の……秕海、出来るか?」
「やりません」
「出来ないではなくて、やらない?」
「ノーコメント」
「……解った。別の方法をとろう」
こちらの事情を
そうして、珪素砂を袋詰めにして、下へと向かってこぼし、これにCG処理を行うことで熱流にみせるという手法に行き着く。
「怪獣の大跳躍。これをCGではなく実写でやる」
「えー? どうやるつもりー? トランポリンなんて用意できないよー?」
「飛ばすんだ、ぼくらの手で」
彼が発案した手法は原始的。
着ぐるみを、ロープで一気に吊り上げる。
私が中に入って、総重量が百キロを超えるそれをだ。
だが、誰も文句を言わなかった。
「ならばブルーバックで取るべきだ」
「ビニールシートの調達なら任せてねー」
全員が一丸となって、ただ映像を完成させるという目的に向かって進む。
がむしゃらだった。
皆苦しみの汗を流し。
口元で笑っていた。
瞳に、熱意を
そうして残りの時間はあっと言う間に過ぎ去り。
映像が、ついに完成する。
試写会の日が、やってきた。
§§
当日、実相寺先輩の姪っ子さんも試写会には同席した。
「いわゆる
疲れ切った表情で、やつれ果てた梁井くんが笑う。
閉め切られた窓。
真っ暗にした土蔵の中で、大型端末が光を放つ。
3、2、1のカウントの後、怪獣の雄叫びが響き渡った。
画面いっぱいに広がる、プラティガ-対ディストピアの
映し出される町並みと、人間を飲み込んでは吐き出す新県庁ビル。
エキストラなど雇う余裕はなかったので、当然登場人物は全員私たちだ。
ビルの中では過酷な労働が強いられており、奴隷が回す謎の棒――ピストリヌゥムという製粉機が元ネタらしい――をぐるぐるとみんなが押している。
ビルの表面には
そこに、破壊された建物が飛んでくる。
驚く新県庁ビル。
飛来した方を見遣れば、そこには。
「プラティガ-二代目だ!」
由々実が、歓声を上げた。
そう、私演じるプラティガー二代目が現れたのだ。
町並みを尻尾で薙ぎ払い、高層建築物には蹴りを入れ、満員電車には噛みついて……中の人間だけ外にそっと出し、プラティガ-は破壊の限りを尽くす。
これに
ついに県庁へと辿り着いたプラティガー。
されど最後の手段とばかりにロボットへと変形する新県庁ビル。
壮絶な殴り合いの末、ついにプラティガーはプラズマ熱流を放つ。
梁井くん渾身のエフェクトで再現された熱流は、邪悪な街――ディストピアの全てを破壊し尽くした。
プラティガーが夕焼けの空へと向かって吠えると、キラキラと地面から光が立ちのぼり、町並みが再生されていく。
ティガーライトの輝きだ。
人々は社畜地獄から解放されたことに歓喜しながら、去って行くプラティガーへと手を振るのだった。
〝終〟。
その一文字が、ディスプレイへと刻まれる。
大きく息を吐き出す私たち。
緊張と、達成感。
そして一抹の不安。
これで、私たちのやりたかったことが伝わったのか?
……なんてお粗末な考えは、拍手と歓声によって掻き消された。
由々実が、満面の笑みで手を叩いていたからだ。
「すごかったー! よく解んなかったけど」
梁井くんがずっこけそうになったのを、無言で支える。
眼をキラキラとさせた由々実は、こう続けた。
「プラティガ-、きらきらしてたね!」
その言葉を受けて。
「……秕海。みんな」
梁井くんは、両腕で顔を覆い、震える声でこう告げた。
「ありがとう……! 最高の演技で、最高の作品だった!」
実相寺先輩が梁井くんの肩を叩く。
靖子がハンカチを取り出し彼に手渡す。
そして私は。
「これが、梁井くんの怪獣」
もう一度映像を再生しながら、考えていた。
プラティガ-が彼にとっての希望なら。
秕海乙女は、いったい何に見えているのだろうかと。
私は。
「ああ、壊したい」
心の中で、どうしようもない衝動が鎌首をもたげたのを、感じていた。
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