第三話 Z級映画鑑賞会って、なに?

 この怪獣は、呼吸をしている!


「そう、怪獣は生き物……とは限らないんだが、演じる以上はリアリティーが欲しい。物理的に正しくある必要はない。でも、画面を超えて迫る、臨場感を帯びた今そこに存在するという現実味が欲しいんだ」


 生きている以上は呼吸をする。

 呼吸をすれば、胸郭きょうかくが上下する。


 私だって、着ぐるみの中で息はしていた。

 でも、こんな風に、外から解るほど大きく上下させていたわけじゃない。

 着ぐるみはアウター。

 外側にあるものだから、小さな動作は飲み込まれてしまう。


「とくにこの映画では、最初に怪獣が暴走状態で苦しんでいることが語られるだろ?」

「だから演技はより大仰になる? こんな、のたうつような呼吸を……」

「視聴者を意識しての振る舞い。相手に自分がどう映るか、それが重要なんだよ。こんな話がある。とある科学の面白さを紹介する書物で、怪獣が扱われた。あんなにも巨大なら、自重で潰れて死ぬはずだとか、遺伝学的にこう言った生物は存在し得ないとね」


 だが違うと、彼は否定する。


「それが現実だと、見ている一瞬、本物だと視聴者に信じさせることが出来たのなら、それが価値なんだ。それが意味なんだ。プラティガーという空想が現実世界に現れた今だからこそ、なお強いリアリティーがなければ人に怪獣を信じさせることはできない。表現って、そういうことなんだ」


 熱意に満ちた彼の言葉。

 それは、御洒落おしゃれとは真逆を説いていた。

 自分の気持ちのために着飾ることと、表現のためにスーツを身に纏うことは違うのか?


 疑問に思いながらも、私は画面から目を離さない。

 違う、離せなかった。

 いま説明されたことが、十全に映像として語られていたからだ。


 自分でも扱えないようなエネルギーを貯め込んで、赤熱した怪獣が踏み出す一歩。

 腹式呼吸ではなく、肩を使って全身で息をしている〝演技〟。

 これが、これこそが、着ぐるみによる表現。

 虚構を現実にする手段アーツ


「……学びがあります」


 秕海乙女は怪獣だ。

 けれど怪獣の身体を持たない。

 だからこそ着ぐるみを身に纏うのに、らしく見えないなど耐えられるわけが無い。


 ならばどうする?

 演じるのだ。

 必要で、意味があることなのだから。


「チェス盤をひっくり返すようで悪いが、怪獣は演技だけじゃ成り立たない。光の当て加減、撮影のアングル、音楽。全部がひとつになって極限の真実味を描き出す。スーツに限っても、アクターだけが全てをこなしているわけじゃないんだ。たとえば、このミレニアムという作品を見て欲しい」


 次の映像では、怪獣が大口を開けるシーンが描かれている。


「表情は、眉と唇でつけるのが着ぐるみ怪獣だ。これは当然機械を仕込んで、あるいはバストアップの人形を作ってそちらに演技させるわけだけど」

「解ります。吠えるときは、まず唇が上がる。それから牙をく」

「そうだ」


 お約束があるのだ、生物として当然の。

 いや、生物を超越した怪獣だからこそ、ルールを守る必要がある。

 でないと全部が嘘くさくなってしまうから。


「ほかにも、着ぐるみで感情や威風を表現する方法がある。この作品では尻尾を糸でつって動かしているんだ。竜の三つある首を、それぞれ操作するというのもある。これを操演そうえんと呼ぶ」


 でも、これは私にはできない。

 なにせ着ぐるみの内部にいるのだから。


「うん、だからぼくの担当になるだろうね。あるいはこの前話した外部補助骨格を使って、コンピューター操作する」


 ティガーライトによる集積回路と動力源の小型化によって、機械はどんどん小さくなってきている。

 いまならばスーツに組み込むことも可能だと梁井くん。


「音響、映像効果、特撮技術……いろんなものが集まって怪獣は命を吹き込まれる。なかでも着ぐるみを動かすもの――スーツアクターは、特撮にとっていわば花形だ。縁の下はぼくが支えるから、秕海はこれを存分にやりきって欲しい。おまえだけの、怪獣のリアルをぼくへ突きつけて欲しいんだ」

「……ちょっと、燃えてきました」


 私はジャーキーを食いちぎり、もしゃもしゃと咀嚼しながら思う。

 寄せられた期待が、私の心臓に熱を灯す。


 これまでは、外見を取り繕えば自分の中の乖離かいりをなくせると思っていた。

 怪獣と人間の乖離。

 でも、根はもっと深い。


 これを解決するためには、演技が必要なのだ。

 狂人の真似をして大路を走れば狂人であるように。

 怪獣を演じれば、私はもっと怪獣らしくあれるのではないか?


 そうすれば、この破壊衝動も解決するんじゃないか。

 そんな思いが、ひしひしと湧き上がってくる。

 引っ張られる、梁井くんの情熱に。


 ああ、どうしよう。

 私は今。

 楽しいと思ってしまっている。


「梁井くん、どんどん怪獣作品を見せて。私、きっと全部の演技を理解してみせる」

「よし! だったら次は、超低予算で作られたZ級映画で行くぞ」


 待って。

 それ、マジで言ってる?


「マジに決まってるだろ。この映画、内容はちゃらんぽらんで、スーツの質は最悪なんだけど、中の人――スーツアクターさんが滅茶苦茶がんばっているんだ。その他のパートは苦行だけど」

「……さすがに、この作品は早送りしてくれますか?」


 彼は。

 梁井玲司は。

 きょとんして、こう言った。


「なんで? 全部見なきゃ、相対的な怪獣の素晴らしさが理解できないだろ?」

「こ、このオタク~!」


 ……結局この日、私は深夜までZ級映画を見続けることになる。

 くだらない日常。

 馬鹿馬鹿しい日々。

 私はそれがすごく嫌いじゃなくて。

 なので、翌日登校するまで気にも留めなかったのだ。


 梁井くんと私の関係が、露見しそうになっているなんて。

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