大怪獣の娘は乙女です!~学校一の美少女で姫と呼ばれる私、ストレス解消のためコスプレ深夜徘徊していたところ、特撮オタクくんに正体バレしてしまう。だから一緒にスーツアクターを目指そうってどういうこと!?~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第一章 運命と出逢った日

第一話 怪獣のコスプレって、なに?

 私は怪獣皇帝になれない。

 心はともかく、肉体が人間だから。


 十一年前、現実は空想に屈服した。

 〝怪獣〟。

 フィクションの産物と思われていた〝彼〟が姿を現し、この街のなにもかもをぎ払ったからだ。


 怪獣皇帝プラティガ-。


 この国を恐怖のどん底へと叩き落とした〝彼〟は、しかし日米の合同作戦によって撃滅される。

 ここで問題が一つ。

 よくある悲劇が起きてしまう。


 最後の決戦において、大火力の集中投射を受けたとき〝彼〟の背びれは砕け。

 ひとりの幼女の胸を、その欠片が貫いたのである。


 解っている。ずいぶん荒唐無稽な話だ。

 でも、これが本気でマジな話。


 かくして私、秕海しいなみ乙女おとめは誕生した。

 現代を生きる、女子高生とは名ばかりの〝怪獣〟が。


§§


 吐き出す息が白い。

 その向こう側に、夜の市街地が見える。

 かつて世界三大夜景と称された永崎ながさきの町並みは、しかしいびつに歪んでしまっていた。

 未だ復興の手も追いつかず。

 それでもしぶとく生き足掻く人間の営み。

 これを見る度に私は思うのだ。


「ああ、壊したい」


 ――って。


 秕海乙女は生まれついての怪獣ではない。

 だからこの十一年間、できるだけ人間らしく振る舞えるように努力を重ねてきた。

 人々の習性を理解し、思考を演算し、心を押し殺して日常に埋没し。

 けれど、どうやらそれがまずかったらしい。


 あまりに抑圧よくあつしすぎた情動は、ここにきて大きな反発を始める。

 怒り、いきどおり、あるいは破壊衝動とでも言うべきか……それが時折、おさえきれないほどあふれ出してしまうようになったのだ。


 一時は身を任せてもいいかと考えたけれど、それでは今日まで育ててくれた両親があまりに不憫ふびんである。

 そこで、一計を案じることにした。


 向かったのは、深夜の廃墟街スラムタウン

 〝彼〟が空の月にクレーターを穿うがったとき、まとめて破壊したシーボルト記念館の周辺一帯だ。

 円形の破壊のあとを、文明がむしばむようにして復興しているが、それでも最大の爆心地だけにマンパワーが追いついていない。


 一度は第二平和公園を作ろうという話もあったらしいが、計画は頓挫とんざ

 理由は治安の悪さにある。

 ここにはいまだ、プラティガーの遺物を狙う連中や、行き場のない人々が集まって、露店を開いたり半グレどもへ資材をおろしていたりするからだ。


 ……本来は、女子高生が来ては行けない場所だろう。

 しかし私は怪獣。

 それどころか怪獣皇帝の後継者。

 何をおくするものか。むしろ、好都合なのである。


「よし」


 道とも呼べない瓦礫がれきだらけの道を、ぴょんぴょんと跳んで渡って物陰へと引っ込む。

 肩から提げていた重たいバッグを地面へと落とし、中身を取り出し、身につけた。


 長く太い尻尾、背びれの付いた身体、それから天を向く一対の牙が生えた恐竜っぽい被り物。


 これが私の考えた策。

 ダンボールと古着ジャージを組み合わせて作ったプラティガーの着ぐるみ。

 そう、私の不調とは、つまり心と肉体の乖離にあるのではないかと考えたのだ。


 新県庁棟を見れば壊したくなるし、中央駅を見れば踏み潰したくなる。

 眼鏡橋の構造的な美しさを理解しながら、薙ぎ払ってみたくて仕方がない。

 高校生活だって、破綻させたくて我慢がならないのだ。


 この衝動を抑えながら、日常生活を送るのには無理がある。

 だからここ数日、様子を見ては廃墟街へとやってきて、私はコスプレをしていた。


 怪獣の、コスプレを。


 目的はさほどない。

 着ぐるみを身につけ廃墟を練り歩き、人を見つければ脅かして回る。

 それだけだ。


 ……目撃者を殺す?

 しないしない。

 そんなことをしたら特殊生物対策室――通称〝特生対〟が駆け付けてくる。

 面倒事は御免ごめんだ、それも壊したくなるから。


 だから、今日も適当に冷やかして帰るつもりだった。

 その人物が、現れるまでは。


§§


 まぶしさに、仮面の奥で眼を細める。

 フラッシュだと理解するまで数秒。

 わずらわしさから視線を向ければ、同い年ぐらいと思われる少年が、こちらへと携帯端末を向けていた。


 もう一度閃光。

 今度は何度も繰り返して。

 写真を撮られている?


 撮影されるのは……少しまずい。

 特生対が恐いわけじゃないけれど、噂になって人が集まってくると、このがやりにくくなる。


 つまり、こいつは私の邪魔をしようとしているのか?

 そう思うと、ふつふつと身体の内側から怒りが湧き上がってきた。

 やがて怒りは、口腔から大声量となって放射される。


『ギャゴォオオオオオオオオ――!!』


 咆哮。

 メディアはなんと言っていたか?

 松ヤニの付いた手袋で、コントラバスの弦を擦り、逆再生すれば、こんな音が鳴る?

 どうでもいい、いまはあの少年からカメラを奪うことが重要だ。


 私は、その人物へと向けて突進する。

 純粋な脚力だけでモルタル打ちの床を踏み抜けば、土砂が大きく宙に舞う。

 これは私の体重が重いということではない、決して。


 建物を粉砕しながら少年へ肉薄。

 携帯端末を引ったくろうとすると、その人物はなぜか私を受け止めようとした。

 怪我をさせたくないという理性が、全身に急制動をかけ、結果として少年を押し倒す形になってしまう。


 なぜか眼をキラキラとさせる少年。

 端末を奪いたい私。

 くどいぐらいのフラッシュ。

 いい加減うっとうしくなってきて、頭突きでも食らわせて黙らせようかと思ったとき。

 そいつは、予想外の行動に出た。


「しゃおらー!」


 怪訝そうに眼を細めた直後、こちらへとアッパーカットを放ってきたのである。

 それはまるで、銀色の巨人が巨大化するようなモーションで。

 完全に不意を突かれた私は、顎にいいやつをもらってしまう。

 思わず踏鞴たたらを踏んで、後退。


「……っ」


 やってしまった!


 いや、ダメージ自体は一切ない。痛くもかゆくもなんともない。

 けれど、冷たい外気が流れ込み、顔の火照ほてりを急速に冷やす。


 顔面が露出していた。

 少年の拳で、首から上の被り物が吹き飛んでしまったのだ。

 背後では、怪獣の生首がゴロゴロと転がっていくのが解った。


 咄嗟とっさに顔を押さえるが、最早後の祭り。

 こうなれば、スーツを着ている意味はない。

 怪獣は、無意味なことをしない。


 私は着ぐるみを脱ぎ捨て下着姿になると、腰元まである髪を尻尾のようにゆっくりと振りながら、一歩を踏み出す。

 同時に、少年へと右手を差し出した。


「一度だけ警告します。端末をこちらに渡して、今日あったことを全て忘れなさい。そうすれば、見逃してあげても――」

「おまえ、秕海しいなみか?」


 ――は?


「君は……たしか黒木」

梁井はりいだ。梁井はりい玲司れいじ


 ……最悪。

 こいつ、私の学友だ!?

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