第三章 変化を覚えた日

第一話 マグロが好きなのは嫌って、なに?

「第一回怪獣スーツ作成反省会……!」


 小声で宣言をしながら、小さく拍手もしてみせる梁井はりいくん。

 すっかり風邪もよくなり、顔色も悪くない。

 重畳ちょうじょうである。


「で、ここはなに?」

「え? 量が食いたいって言うから奮発ふんぱつして回転寿司に来たわけだが」

「なんでお寿司が回っているのですか?」


 お寿司屋さんにはよく、パパが連れて行ってくれる。

 けれど、こんな風に回っているお寿司というのは、寡聞かぶんにして目にしたことがなかった。


 とりあえず、ざっと見渡す。

 小皿、湯飲み、ガリらしきもの、醤油……ふむ?

 不思議なものを見つけて、隣の彼へと訊ねてみた。


「この、蛇口じゃぐちみたいなのは何?」

「それは手を洗うところ……では当然なく、お茶を」

「洗浄用?」

秕海しいなみ!?」


 ぐいっとレバーを押すと、確かにお湯が出てきた。

 紅茶を入れるぐらいの温度で、なかなか気持ちがいい。


「でもこれ、人間だと火傷やけどするんじゃないかしら?」

「……改めて思うよ、おまえって怪獣なんだな」

「……?」


 不思議なことを言う梁井くんだ。

 というか、お寿司屋さんなのだから、先に注文をしないと板前さんが困るでしょこれ。


「誰に声をかければいいのですか?」

「自動化されてるんだ。端末で欲しいネタを頼むと流れてくる」

「ははーん、これはしたり。つまり接客コストの削減ですね。私のような客にはぴったり」


 板前さんやパパに気を遣わなくて済むのは有り難い。

 端末を適当に操作、発注をかけようとすると、梁井くんに強く手を握られた。


「……なに?」

「いや、その……なんでそんなマグロばっかり頼むんだろうと思って」


 確かに、私はマグロの赤身を大量に注文しようとしている。

 しかし、理由?


「血のしたたりそうな生肉が好きだから?」

「ぐぅうううう……! 解釈の一致と不一致……!」


 なぜか頭を抱えて悶絶もんぜつする彼。


「マグロだけ好きな怪獣は格が下がりそうなんだけど、怪獣皇帝も設定上イルカとか鯨とかマグロ食ってるしなという葛藤がががががが」

「ああ、鯨肉は好きよ。最近は冷凍じゃないものも手に入るし、たくさん食べたいです」

「最高」


 今度はサムズアップを向けられた。

 なんだろう、内容はくだらないのだけど、反応が面白い。


 というわけで、ネタをまみつつ私たちは怪獣スーツの反省会を開始する。

 第一の議題は当然、可動域について。


「これについてはぼくから謝らせて欲しい。正直、初めてのスーツ製作でそこまで思考が回らなかった。ソフビみたいな後ハメ式で十分だと思ってたんだ」


 まあ、私もジャージの上に縫い付ければいいぐらいに思っていたので、お互い様である。


「改善点だけど、なにかありますか?」

「オーバーラップ方式がいいんじゃないかな。アンダーウェアのようなものを着て、その上にパーツをかぶせる。さらに上から継ぎ目が見えなくなるように素材をかぶせて、可動域を確保」


 重量は増しそうだけど、秕海なら問題ないだろうと梁井くん。

 実際、筋力的にはまだ余裕があったので頷く。

 となれば、第二の問題に取り組むべきだろう。


「視界の確保。君、これはどうするつもり?」

「二種類の方法を考えてる。一つは、外から解りにくい部分に下向きののぞき穴を作る。もうひとつは」


 彼は携帯端末を取り出し、いくらの軍艦へとカメラレンズを向ける。

 画面には、当然いくらの粒が。


「スーツの頭部にカメラを仕込んで、視界にダイレクトフィードバックする。秕海の会社が作ってるVRゴーグルの応用だな」

「……少し驚いてます。君、本当に先端技術に明るいのね」


 デザインのためにスケッチもできていたし、3Dに起こすこともできた。

 怪獣の口を開けるギミックを自作したのも彼だ。

 素直に褒めると、梁井くんは首を横に振ってみせる。


「前にも言ったが、好きなものこそなんとやらなだけだよ。他のことはてんで駄目だ。ぼくが読める言語は日本語とインスタントなプログラミング言語、そして古代ルーンカタカナぐらいだし」

「古代ルーンカタカナとは……」

「真実の名前だな」

「問いへの答えになってない……!」


 やはり怪獣オタク。

 界隈の常識と非常識でしか世の中を見られない。

 もっとも、それは私も同じことなのだけど。


「それはそうと秕海、やるべきことが見えた。理想を理想のまま追いかけるだけじゃ駄目なんだ」


 彼は食べ終えた皿を専用の回収口へ投げ入れる。

 すると液晶がピカピカと点滅し、やがて『当たり!』の文字が輝く。

 テーブルの奥から転がり出てくるカプセル。

 拾い上げると、中身はティガーくんを模した消しゴムだった。


「……なるほど、理想。これが目当てだったのですね」

「違う。副次的なものだ、信じてくれ」


 そんな真面目な顔で言われたら、そりゃあ信じるけれど。


「それで、理想では駄目というのは、どういうこと?」

「うん。例えば……性別を超越した人型の巨人を描こうとしたとき、デザイン上はウエストが極端に細くなったりする」


 言いながら、彼は卵のお寿司を手に取る。

 どうやら海苔の帯が巻かれている部分をウエストだと主張したいらしい。


「ところが、いざ中に人が入るとなると、その締め付けはマイナスに機能する。たとえば、こうだ」


 彼が海苔と卵の間に箸を突っ込むと、圧力が高まり帯がプツンと弾ける。


「ぼくらがやったように、台無しになる。つまり、色彩やデザインで細く見えるように作るのと、実際にしぼってしまうのじゃ意味が違う。運用できないなら、それはよい設計じゃない」

勢いと高揚感グルーブに任せて図面を引いてはいけない訳ね。現実的なラインを探れと」


 今回の失敗で学ぶべき点があるとすれば、確かにその辺りだろう。

 得心がいってウンウンと頷いていると、急に彼が頭を下げた。

 そうして一言、


「すまん」


 と謝ってくる。


「説明して。何事?」

「……予算を無駄にした」

「梁井くん、まずは顔を上げなさい」


 私には言われるがまま面を上げた彼に。

 ビシリと、箸を突きつける。


「挑戦が一回で成功するなんて考え、烏滸おこがましいです。それは、怪獣でも解ります」


 まして、素人が初めてやることだ。

 先人のノウハウを拾ってきても、どこかで必ず破綻する。

 それが最初の一回目なら、なおさらに。


「けれど、人間にはスクラップ&ビルドの精神があるでしょう?」


 私のように壊すだけじゃない。

 ものを作り、生み出すという力が人にはある。


「だから、謝らなくていいです。代わりに胸を張りなさい。そうして頭をひねりなさい。次は、もっと上手くやれるのだと示すために」

「おまえは……理想のスポンサー様だよ」


 苦笑した彼は、しかしすぐに真剣な目つきになった。


「さっきのセリフ」

「どれ」

「スクラップ&ビルドだ、あれはシン怪獣皇帝のセリフだろ? それで一つ思いついた。あの作品は怪獣スーツの質感を3Dで表現することを売りにしていたんだが、その中で尻尾をどうするかという部分があった」


 尻尾。

 それは私には存在しない器官だ。

 お陰で、着ぐるみを着ても自由に操れない。


「本来は糸で吊して動かすものだけど……現代なら、もっと上手くやれる方法がある」


 それは?


「医療関係で開発された、姿勢制御用の外部補助骨格を組み込むんだ。そしたら負担も軽減できるし、なにより任意の動きを秕海側で操作できる」

「……ひょっとして、他にもアイディアがある?」

「ああ! 以前言っていたスーツが燃えた事件なんだが、難燃性素材を使用すれば――」


 活き活きとした顔で改善案を語る彼。

 私はその話をウンウンと聞きながら、ひたすら。

 ひたすらマグロを食べていた。

 食べ過ぎなぐらいたくさん。


 パパと食べに行くよりも、よほど安価なはずのマグロは。

 なぜだかすごく……おいしかったから。


§§


 ――そして半月後。

 欠点を大きく克服こくふくした初号スーツが完成する。

 これに袖を通し、動いて回る私を見て。

 梁井くんは一言。


「秕海、おまえ、ぜんぜん怪獣の演技ができないな?」


 ものすごく、酷いことを言い放ったのだった。

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