4 人間の存在証明とは
「僕たちは今、どういう状況なのか説明していただけると言うことですね?」
「ふふ、本当に運がいいな私は。こんなにも臆することがないものが来るとは思わなかった。一番できの悪い息子を、さらにできが悪いように育てた甲斐があったというものだな」
「何がおっしゃりたいんでしょうか?」
ホームズは男の方を睨む。
「そうだな。その前にまずどこから話そうか。前提として、君たちのその体の持ち主は私の息子であり、娘である。ただ、今の君たちがそうではないこともこちらとしてはわかっているのだよ」
俺とアニーの手が止まる。ホームズはわかっていたようで、男を睨んだままだ。
「なぜ、そのようなことが?」
「まあまずは前提から聞きたまえ。私はバインハルト家の当主、バインハルト・フォン・イーガルだ。爵位は侯爵。爵位はわかるか? 侯・公・伯・子・男。最初の侯だ。そしてお前らはそんな私の第二子であり、第三子であり、第四子だ。第一子以外に跡取りは要らないのだが、国が魔王を倒す人材を作り出せとうるさくてな」
多分座っている中でも一番若いあの男が、この家の長男なのだろう。で、俺たちがその後に生まれてきた三つ子というわけだ。
「魔王?」
俺がつぶやいた一言に、男はニヤリと笑う。
「ああ、人類を脅かす、悪逆非道の魔物を率いる王、魔王だ。我々人類はそれに対抗せねばならない。もちろん王も同じ考えだ。ただ、私は考えた。魔王を倒す人材であるなら、もう少し良い人材に育て上げることもできよう、とな」
目の前の肉をもう一枚口に運びながら、俺は話を聞くしかなかった。
「そこで、だ。わが家に伝わる秘術を持って、この世界とは違う世界の人間を呼び出すことにしたのだよ。新しく生まれた子に一定の年齢で自動的に人格を上書きする術式を組み込んでおく。そうすれば、家族と離れることへの拒否もなく、ただ魔王を倒すことだけを考えてくれるだろう?」
「ひどい……。この体の持ち主はそのことを知っていたの?」
アニーのつぶやきに対してバインハルトはふふっと小さく笑った。
「いや、知らないさ。アーノルドも、エドも、キャンシーも、昨日までは明日の誕生日を楽しみに眠りについただろうね」
男は悪びれもせず言う。ホームズが怒りでテーブルに手を叩きつけたのは、その瞬間だった。
バン! という大きな音がダイニングに響き渡る。
驚いて止まっている俺の横で、ホームズはくってかかろうとテーブルの上に足を上げようとしていた。すかさず俺とアニーがそれを止めに入る。
「ちょっと! ホームズさん! 足元! 足元!」
「……あ?」
ホームズの足元では果物が潰れている。あぁ……勿体無い……。
そんな感情が俺の顔に露骨に出ていたのか、ホームズは呆れたような顔でため息をつき、テーブルから足を下ろした。
向こう側では若い男が大笑いしているが、俺には何を笑われているのかさっぱりわからない。
「ははは! ひどい人格を入れたつもりが、思っていたよりも豪胆なバカを引いたようだな!」
本当に何を言っているのかさっぱりわからない。
「ホームズさん、つまりどういうことなんですか?」
アニーもわかっているようだが、俺だけはあまりわかっていない。
「簡単なことだよ。あいつは死んだ僕たちの人格を体に押し込んだのさ。元あった人格を殺してまでな」
「ははは! 心外だな。体は残っている。それならば死んでいないさ。それとも魂の器でしかないとでも言うのかい?」
「そういうことじゃない!」
「いや、そういうことだ。倫理観がやたらと高尚なのはわかるが、この世界ではそういうことなんだよ。少年。それに、もう少し話を続けさせてくれ」
怒りに任せたホームズの叫びを男は全く気にせずに続ける。
「今、この国は、いや、この世界は対魔物への攻撃として作戦を立てているんだよ。その時間稼ぎのために、そして魔物の軍勢を押し止めるために、何千、何万人という子供が動員されている。彼らはもちろんすぐに死ぬわけじゃないが、生き残るのはほんの僅かだ」
「だから、先に自分の子供の精神だけでも尊厳を守るように殺して、無関係な僕たちを巻き込もうと?」
「違うな。頭は冴えるようだが、浅はかだ」
ギリ……とホームズの拳が音を立てる。皮膚が擦れる嫌な音だ。
「違うとは……?」
「呼ばれたモノは自らの世界に帰ることができなくなる代わりに、それ相応の対価を授かるのだよ。誰の思し召しか知らないが、君たちにはいま、常人ならざる能力が備わっている。それがあれば、安易に君たちが死ぬことはない」
特殊な能力……? 俺は手のひらを見ながらその言葉を反芻するが、自分に何が備わっているのかよくわからない。一般人の感覚すらないのだ。というか、多分この体だと一般人以下なのだろうなというのはさっきの移動でひしひしと感じる。アニーやホームズよりも遅い歩みで、それでいてすぐに疲れたことからも明らかだ。
そんな俺にも何か能力が備わっているのだろうか。フォークを咥えながらじっと手を見つめるが、クリームパンのように膨らんだその手に何か強い力が宿っているとは思えなかった。
「僕はそんな能力があるとは全く自覚がないんですが」
ホームズが反論するが、本人の中で何かそこに関して納得がいく部分があったのかその声は少し小さい。
「もちろんそうだろうさ。才能も蕾のままではただのゴミ。それを開花させる必要がある」
なるほど。それならば俺に自覚できる何かがないのは納得できる。
「今ここに、魔法によって君たちが適正だと判断された師匠への紹介状がある。受け取りなさい」
男は懐から封筒を三つ取り出す。封筒はふわりと浮かび上がると、俺たち三人の手元に舞い降りてきた。
ホームズは叩き落としたが、俺とアニーは素直に受け取った。
「僕にはどうしようもないことですが、そんな人の施しを受けるつもりはありません」
「そうか。ならそうするがいい。他の二人は……受け取ってくれたみたいだな」
俺は男の目を見てこくりと頷いた。口の中にはまだ食べ物が入っていて何を話すこともできないが、意思は伝わったようだ。
「よし! それじゃあ一度お開きだ。そこの……あー、名前は?」
男はホームズを指差す。
「ホームズ。シャーロック・ホームズ」
「そうか。君は勇敢だ。しっかりとした意見をもち、一人でも生きて行ける強さを持ち、何よりもそれを正しさだと自覚している。それは良いことだ。誇りを持って従事するようにな」
それはホームズにでも、アニーにでも、俺にでもない、どこに向けたものかもわからない謝罪のように感じた。だが、傲慢なままの状態での謝罪だ。
それに腹を立てたのか、ホームズはもう一度飛びかかろうとする。俺とアニーは改めてホームズの体を抑えることしかできなかった。
この体は見た目通り体重があるようで、そんなホームズをいとも簡単に押さえ込むことができた。
その後、誰も一言も発することは無く俺たちは部屋を出ることとなった。テーブルに置かれていた料理はあのあとどうなるのだろうか。それだけが少し気がかりだった。
俺たちは一度自室に戻され、後から準備が整い次第紹介された師匠の元へ連れて行かれるそうだ。
「どうなるんだろ、これから」
天井を見上げながらそんなことを考える。人生で初めてのまともな味の濃い食事と、そして満足感を享受していると、案外なんとかなりそうだなという気分が湧いてくる。
そんな時、扉の向こうからノックが二度、俺の部屋に鳴った。
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