48 壁を壊す
「お、戻ったね」
水浴びから戻ると、ミツバだけが火の番をしていた。
「ジュエルは?」
「もう眠いからってそこで」
ミツバが指差した先ではジュエルがスウスウと息を立てて眠っている。
「それにしても随分とフランクな口調になったね。ずっと他人行儀だったのに」
「あはは……トーヴとユージンにそうするって約束しちゃったんで、ミツバさんにだけ他人行儀ってのもおかしいかなって」
「あ、戻っちゃったね。いいよ気にしなくて。ボクもこんな話し方だしね。それと……二人は?」
ミツバが俺の後方を覗き込むが、トーヴとユージンは居ない。
「二人ともまだ水浴び中」
「そう。じゃあ君が早かった方がおかしいのかな?」
「いや、ただずっと暮らしてたところで使ってたのが同じような場所だったから、俺の方が効率的にできたってだけだよ」
「ふぅん、やけに前時代的なところに居たんだね」
「前時代的? そんなに変ですかね」
「変かどうかはわからないけれど、今時は基本的には水系の魔法でなんとかしたり、専用の設備を使ったりするのが多いんだよ。日帰りじゃない冒険者がどうしているかはわからないけれど、ほとんどこんな自然の中で裸体になることなんてない。病気になったりしたらそれこそ危険だしね」
考えたこともなかったが、確かにそうだ。帰れない状況や治療が行えない状況で水から何らかの病原菌をもらってしまえばそれは命に関わる。
その分、ミツバの言っているものはそういったことへの対処法なのだろう。何がどうかはあまり分かっていない部分もあるが。
「今頃二人も驚いているだろうね。君が水浴びだけして戻っていくなんて思ってないだろうし」
スンスンとミツバが鼻を動かす。
「ま、でも体臭なんかはないからいいか」
「え、さっきまでは臭かったみたいな言い方だけど……」
「ん? ははは、どうだろうね。まあでも冒険者なんて基本的にそんなもんだと思ってるからね。これは君たちじゃなくてボクも彼女ももちろんそうだよ。だから誰も気にしないし、君も無意識に気にしてはいないんじゃないかな?」
言われてみれば四人の体臭なんて気にしていなかった。それよりも自然の草木のにおいの方が強いからというのもあるが、ここに来るまでもあんなに厳しい見た目のメドウでさえ気にした記憶はない。
「ま、そういうことさ。段々と潔癖になっていったら、ボクらも気がつくんだろうけれどね。と、おーい!」
ミツバが手を振る。振り返れば二人が戻ってきていた。
「あ、お前! 口説いてたんじゃないっスよね?」
トーヴが小走りでこちらに近づいてくる。
「そ、そんなわけないじゃん、ねぇ?」
「はは、口説かれてたよ。間違いなくね」
「ちょっと!」
焚き火を消し火の番を決めて眠りにつくまで、俺たちはそんな会話を繰り返していた。
・・・
「で、私が寝ていた間にみーんな仲良くなったと」
朝、目が覚めて昨日のことを話していると、ジュエルが頬を膨らませて俺に迫ってきた。
目を覚さないジュエルを最後の火の番に据えていたため、彼女だけが早起きだったというわけだ。俺はまあ……ただ目が覚めてしまっただけだが。
他の三人はまで眠っている中で、俺たち二人だけが早めに起きている。
「ま、まあほら、あの三人は歳も近いですし……」
「私も結構近いんですけど!」
仲良くしたかったのだろうか。頬を膨らませて怒っている姿が少し可愛らしい。
「じゃあ……その、もっとふ、フランクに?」
「ぜひお願いします!」
この人、こんなキャラだったっけなぁ……なんて思いながら、俺はうんうんと頷くしかなかった。
「で、昨日は何があったんですか?」
「そっちは敬語やめないんだね……。って言っても話した通りだよ。昨日はなんでもない話して寝ただけだし」
「その……ミツバさんとは何もなかったんですか?」
何もなかったか、と聞かれると難しい。言った通り関係性が変わったのは事実だからだ。
「何も、なかったんじゃないかなぁ……?」
「なんでそんなに歯切れが悪いんですか!」
ジュエルの叫びで三人が目を覚ます。
「なんスか朝から……喧嘩なんてするもんじゃねえっスよ」
「んぁ……もっと寝かせて……」
「朝から元気だねぇ」
眠そうな三者三様の言葉。ジュエルは何か少し恥ずかしそうに話を切り上げて、そんな三人を起こしに行った。
焚き火をけし、燃え尽きた灰をそこらにばら撒く。その後、全員が全員、バラバラながら自分の武器や道具なんかの手入れを行った。俺は体を伸ばし、四股を踏むくらいしかすることがなかった。
トーヴとユージンが気になっている様子だったが、ミツバに目で嗜められられたのか触れてはこなかった。
「あ、火の番の時に色々考えてたんスけど、今日中にはもしかすると森の奥の方まで行けると思うっス」
トーヴが頭を掻きながら言う。
「あれ? 昨日の言い方的にはまだまだってことじゃなかったっけ?」
剣の手入れを終え、鞘に剣を戻したミツバが立ち上がって言った。
「いや、勘違いしてたんスよね。森の反対側を奥と考えるんじゃなくて、中心の地点を一番奥って考えるならもうすぐ到着するかもなぁって」
なるほど。それなら行程は半分ほどになるから、いつどのタイミングで最奥に辿り着いてもおかしくはない。
「それならそろそろ気を引き締めておいた方がいいかもしれないな」
俺の一言でトーヴの頭の上に?マークが浮かび上がる。
「なんでっスか? 探し物だけなら別に自分の得意分野っスよ」
「探し物だけならクエストの推奨ランクがAランク以上だったことに理由がつかないだろ? それなのにここに来るまでに出会った魔物は俺たちだけでなんとかできるものしかいなかった。ってことは、ここから先何らかのトラブルがある可能性が一番高い」
手についた土をはらいながら俺は言った。
「なるほどっスね」
「ってわけで、そろそろなら俺も戦闘用に着替えてきていいかな」
そんなに急ぐわけでもないと、全員が首を縦に振る。
「じゃあちょっとトーヴ手伝って」
「ん? いいっスよ」
俺はトーヴを引き連れて、木陰に入っていく。ミツバとジュエル、ユージンは少し不思議そうに首を傾げていた。
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