49 気をつけて、装備を整えて
木陰に入り、他の三人から見えなくなると、俺はおもむろに服を脱ぎ出した。
「あ、全部脱ぐ感じなんスね」
「うん、まあね。ちょっとこれ持ってて」
俺はポーチから出した折り畳まれたマワシをトーヴに渡す。初卸しのまっ白なものだ。不思議そうにそれを受け取ったトーヴはただの布でしかないそれに何があるのかキョロキョロと見回している。
その間に俺は下着だけになった。上半身は裸で、あと一枚脱げば産まれたままの姿という状態だ。
そのまま下着も脱ぐ。
「おお、マジっスか」
「マジだよ。じゃ、ちょっと端を貸してもらって……」
俺はそのままトーヴを操って、着々とマワシの装着を進めていく。これだけだと思っていないトーヴはそれに違和感を持たないまま俺の指示に従ってくれた。
「仰々しいパンツっスね。勝負下着ってやつっスか?」
「いや、これだけだよ」
マワシをパンと軽く叩くと、俺は服を畳んでポーチにしまった。靴もそれに合わせて草履に切り替える。踵までしっかりと結ばれた、履きやすいもの。リュックの中に手紙付きで入っていたのを今回のクエストに出る前に見つけたのだ。手紙によれば、ミーナがムトに教わって編んでくれたものらしかった。
不思議とこれをつけた瞬間から力が湧いてくるような気がする。全能感というわけではないが、しっかりと地に足はついているにも関わらず体も少し軽くなった気分だ。
数日ぶりにマワシをしめると、やはりこっちの方がなんとなくしゃっきりと馴染む。服を着るよりもこっちの方が開放感があって気分がいい。……変態か。
ただ、そんな俺とは真逆にトーヴの顔は固まっていた。当たり前か。ほぼ全裸と言っても過言ではない装備なのだから、初見で驚かないわけがない。
「いや、でも……魔物どころか虫とか……」
「そうだね。まあそれは今は我慢するしかない……かも。それに、俺はこれが一番力が出るから」
「そうなんスね。……応急処置っスけどちょっと待っててほしいっス」
トーヴはそう言うと、ジュエルたちの方に走って行った。少しすると、トーヴは木でできた平たい蓋のついた容器を持ってきた。中には白く白濁したジェル状の液体が入っており、良い匂いはしないが悪い匂いもしない。
「自分用の虫除けっスけど、ちょっとわけてあげるっスね」
トーヴはそう言うと、液体を指で軽く掬い取る。それをそのまま俺の首に薄く塗り広げてきた。
「あ、ありがと。というか変だって思わないんだ」
「ん、いやまあ、ギルドなんかでもっと変な装備の人も稀に居るっスからねぇ。まあその中でも驚く方ではあるっスけど、別に出されたからって絶句なんかはしないっス。まあ、街中をそれで歩くと怪訝な目で見られるかもっスけどね」
「流石に緊急時以外はそんなことしないよ」
「それもそっスね」
話しながらマワシが締まり切っているかの最終チェックを行い、俺はジュエルたちが待っている場所に戻った。
「ほう、そういうタイプか」
俺のことを見て一言、ミツバが呟く。ジュエルだけは赤面して口を押さえているが、ユージンも特に驚いた様子はない。
「や、ヤマトさん……それはどういう……」
「いや、まあなんと言うか……」
困惑しているジュエルにうまく説明できない。正装……? いや、そんなものではない。願掛けやげん担ぎなんかと違って、これは実際に力が湧いてくるようだ。
実際にムトもこれはそういった作用があるとか言ってたっけ。
「装備、ですかね?」
「いや、ほぼ裸じゃないですか! 逆に守れてない部分も……!」
赤面しながらジュエルは顔を覆う。
「ジュエルさん、よく見てください。あれ、装備ですよ。さっきまでのヤマトくんと総合的な魔力量が底上げされてますし」
「それにさっきよりも防御が固そうだ。いや、これはユージンのそれと違ってボクの所感だから当てにはしないで欲しいんだけどね」
二人の意見を聞いて、ジュエルはゆっくりとこちらに目をやってくる。そして、何かに気がついたように目を見開いた。
「あ、本当だ。ヤマトさんの魔力量がさっきよりも多いですね」
「え、本当にそんなことわかるんですか」
「ええ、まあ、魔法を嗜んでる人であれば多少程度は、ですけどね。自覚はないんですか?」
「ちょっとあるかな? ってくらいです。そんなユージンとかジュエルさんとかみたいに大きさとして明確に判断できてるわけじゃないんで……」
グッと手に魔力を込めてみると、これも確かにこれまでよりも力が強く入る……気がする。
「まあ、実際に少し動いてみればわかるかもしれないね。これまでのヤマトくんが装備なしで戦っていたことも驚きだけれど、これからの彼はそれ以上にありがたい存在になりそうだ」
ミツバは腕を組みながら俺の方を見ている。思っていた以上に彼女には俺が強そうに見えているようだ。……見た目の好みの問題じゃないことを祈っておこう。
マワシに関してはそれ以上話すことはなく、着替えに巻き込んでしまったせいで準備が遅れたトーヴを少し待った後俺たちは出立した。
低い位置の草花の葉がすねをくすぐってくる。一歩間違えれば脛に切り傷が絶えないようなものだが、ムトと暮らしていた森でそんなことが常にあったおかげか俺の皮膚の強度も上がっている。そのためほとんど気にするようなものにはならなかった。
しばらく歩くと、ユージンの歩みが止まる。
「どうした?」
ミツバがそれに気付き、ユージンに問いかけた声で前を歩いていた俺たちも止まった。
「なんか見つけたっスか?」
「いや、なんとなく変なんだ。多分探してるものだと思う」
「お、じゃあ自分の出番っスね!
トーヴが魔法を唱えようとした瞬間、ユージンがその口を塞いだ。
「ダメだ! 何か、ヤな予感がする。もうちょっと範囲を絞ってからでもいいかな」
「お、おう……」
「何に気がついたんだい? ユージン」
ミツバが剣を抜きながら言う。何かはわからないが、俺も臨戦体制をとった方が良さそうだ。
「いや、ただの勘なんだけど、嫌な魔力……魔物特有の魔力が濃いような気が……うん、する。僕の勘違いなら良いんだけど、こっちのことを向こうに知られたらもしかすると危ないかも」
「確かにそうですね。なんで気が付かなかったんだろ」
ジュエルも周囲を見渡して、何かに気がついたようだ。
「僕がやたらと敏感なだけだよ。ビビりだから……」
「でもまあ、進むしかないか」
俺の言葉にみんな顔を合わせる。落とし物の捜索のはずなのだが、この瞬間に何か危ない場所に足を踏み入れてしまったという空気感が周囲を支配し始めた。
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