47 羨ましい!

 パチパチと火花が弾ける音がする。その音で張っていた緊張の糸がゆっくりと弛んでいく気がした。

 焼けていく肉には味付けも何もなかったが、それでもこの空気感だけで美味しく感じられた。

「そういえば、近くに水場があったっス。ユージンが見つけてくれて」

「えへへ……」

 咀嚼をしながらトーヴが嬉しい報告を呟いてくれた。

「お、いいね。ボクも着いて行こうかな」

「ダメです!」

 いの一番に叫んだのは何故かジュエルだった。

「あ、み、ミツバさんも乙女なんですから、あんまりそういうことしちゃダメだと思いますよ?」

「ははは、流石に冗談だよ。ボクにも恥じらいはある。男子諸君から先に行ってくるかい? それともボクたちが先に行った方がいいかな?」

「二人が良かったら後の方でお願いしてもいいですかね。見ての通り図体もでかいんで水浴びだけでも時間かかりますし」

 俺の言葉にトーヴもユージンも納得し、ジュエルとミツバが先に水浴びに行くことになった。彼女らが行っている間、俺たちは火の番だ。

「ヤマト、ちょっと話があるっス」

 火をつつきながらトーヴが呟く。

「何?」

「自分らもうパーティなんスから、フランクに接してほしいっス」

「え、じゃあ……フランクに、こう、かな?」

 そもそも一生病院暮らしで友達もおらず、この体になってもムトとは師弟の関係で、ミーナもジュエルも少し年上、しかも異性であるためにフランクに接することもなかった。そのせいかどうしても友人というものの接し方がわからないのだ。

「僕も、よろしくね」

「うん、よろしく」

 ぎこちないかもしれないが、ユージンにも笑顔を向ける。向こうもぎこちなくこちらに笑顔を向けてくれた。

「なんというか、初めての友達かも」

「そう? なら良かったっスね! 自分らもガッコー卒業して冒険者になってから友達できてなかったんで、嬉しいっス」

「あ、火! 火が!」

 話すことに夢中になりすぎて焚き火の火が小さくなっていたことに気がついたユージンが言う。

 慌てるようにトーヴが焚き火に息を吹きかける。ギリギリ間に合ったようで、火はゆっくりと大きくなっていった。

 しばらく好きな食べ物なんかの話をしつつ、他愛もない話を繰り返しているとジュエルたちが戻ってきた。髪の毛が軽く濡れているが、あの程度であれば本当に軽く水を浴びた程度だろう。

「よし、じゃあ自分たちも行くっスよ!」

 膝をパンと叩いてトーヴが立ち上がり、火種を調節していた木の棒をミツバに渡す。ミツバはそれを受け取って座った。まだ何かを意識しているようで、ミツバは気が付いていないが頬が軽く赤く染まっている。

 俺とユージンもそんなトーヴについていった。

 真っ暗な森の中だが、トーヴの指先から光が溢れているため見通しは良い。魔法というほどのものではないが、シーフとして使える魔法だから覚えたらしい。

 少し歩くと、水の流れる音がしてきた。「ウッヒョー!」と奇声を発しながらトーヴが走り出す。

「ちょ、ちょっと!」

 置いていかれそうになって、俺たちは必死に追いかけた。

 俺が追いついて川辺に辿り着く頃には、もうすでにトーヴは服を全て脱いでおり、川に飛び込んでいた。飛び込みながらトーヴが指先に宿した光をユージンに投げる。光はこちらへ向かって指先から直線を描くように段々弱くなりながら飛んできた。

 ユージンがそれに反応し飛んできた光に小さな杖を差し出すと、光は杖の先に吸収され、杖の先端が光る。それを地面に刺すと、簡易的なランプが出来上がった。

「すご、こんなことできるんだ」

「へへ。俺たちはずっと一緒に色々やってきたっスからね。結構息ぴったしなんだよなー?」

「そうだね。トーヴのやりたいことはある程度わかる……けど、それで振り回されてばっかりだからなんとも言えないかも」

 そんなことを話しながら、俺とユージンもお互い服を脱いだ。自信のなさげな様子のユージンだったが、脱ぐとトーヴよりも筋肉はしっかりと全身についている。魔法も使うとはいえ、武器もしっかりと使いこなせるような筋肉だ。特に背中のそれは浮かび上がる筋肉こそないものの無駄のない滑らかな肌が綺麗な曲線を描いている。

 逆にトーヴの方は活発そうな顔つきと相反してまだ少し子供のような丸みを帯びた体格をしている。声変わりはしているようだが、シーフのイメージとは少しだけ離れたような印象だ。

 本人の動きは明朗快活そのものでしなやかな動きもここまでの道中でしていた分、少し二人のギャップに驚かされた。

「それにしても、何食ったらそうなるんスかね?」

 川の中からトーヴがこちらを見てくる。

「何が?」

「何がって、それでシラを切り通すのは無理があるっスよ。普通そんなんなんないし、そうなろうともあんましないっスよ」

「あ、俺の体型か。普通に飯食って鍛えてたらこうなっただけだよ」

 その言葉に二人はため息をつく。

「そうなってたら苦労はしねぇっスよ!」

「そうだそうだー」

「そうは言われてもだって食べてる量も同じだっただろ?」

 これまでの道中で多少気を使ってもらってはいたが、食事の時間は他のメンツと同じ量の食事しかとっていない。メドウとビュールは贅沢な食事をしていたが、量の話で言うなら彼らでさえほとんど同じである。

「マジでなんなんスかね。格差すぎる……。自分なんていまだにこれっスよ!?」

 手を広げるトーヴの体は何度見ても子供のそれだ。

「モテないんスよ! さっきのミツバの対応見たっスよね? あの子どもを見るような目! いっつもそうなんスよ。なんでヤマトがモテるんスか……。自分の方が顔は絶対良いのに……」

 確かに顔はある程度整っているが、ミツバと一緒にいたら多分女の子は全員ミツバの方に寄っていくだろうし、俺がモテているのは嘘だ。さっきのミツバのアレは社交辞令のようなものだし、ジュエルも仲間意識のようなものは持ってくれているが恋愛感情を抱いているとは到底思えない。

 が、そんなことを言ってしまうとまた謙遜だのなんだのと言われそうで、俺は黙っておいた。

「トーヴ! あんまりそういうことを言うのは良くないよ」

 ユージンがそれを嗜め、トーヴが項垂れる。それを横目に、俺とユージンも川に入った。

 冷たい水がベタついた肌を洗い流してくれる。まだ暖かい時期で良かったと、ふと感じる瞬間だった。

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