46 侵入開始
「ん? どうした?」
ミツバは不思議そうに驚いた俺たちの顔を見比べる。
「い、いや……っスよねぇ?」
トーヴが何かを言いたげにユージンに話題を振る。が、ユージンも何を言えば良いのかわからないといった様子で口をぱくぱくとさせていた。
ミツバはそれを見て、少し不快感を表情に出す。
「……男の好みを否定されるのは少し不快だな」
「いや、そっちじゃない」
俺はつい突っ込んでしまった。なんだこの雰囲気は。
「お、女の子なんですか?」
ジュエルがやっと本題を口に出した。
「あ? ああ! そうかそうか。そっちか。通りで普段過ごしている以上に男性に気軽に絡まれると思ってたんだ。ハハハ! これはただ身軽で動きやすい装備を求めた結果だよ。胸の大きさは……あんまり言わないで欲しいかな」
「で、でもお前そんなこと一回も言ってなかったじゃん!」
トーヴが叫ぶ。確かにこの見た目では明かされない限り男性だと思うだろう。
「見てればわかるかなって思ったんだけどな」
「わかるわけねぇだろ!」
もう一度トーヴが叫ぶ。
「じゃ、じゃあ僕……あの……上半身の裸見ちゃったんですけど……」
やっと喋れるようになったユージンが衝撃の事実を語るが、ミツバはそれでもけろりとした様子で「いやあ、あの時はびっくりしたね。あのまま横に並んできたもんね」とケラケラ笑っている。
クエスト前だという緊張感がほぐれたことは有り難かったが、この二人が何かを意識してしまわないかが心配だ。
「それにボクのこと気にせずに君も脱ぎ始めるんだもんねぇ」
ユージンが顔を赤く染めていく。
「そっ、それはだって!」
「はは、気にしなくていいよ。ボクの好みは君みたいなのじゃなくて、彼とかだから」
ミツバは俺を指差してくる。これは俺も混ざってしまえばキリがないなと、俺は手を叩いた。なぜかジュエルの視線も痛い。
「はいはい、そういう話は後にしましょ。今はクエストをこなすのが最優先です。とりあえず奥に行くまでは二人が前方を、トーヴとユージンともう一人で後方を確認して進んでいく方がいいと思うんですけど、どうですか?」
俺の発言に四人は頷く。
「じゃあボクは君と前方を警戒していこうかな。ジュエルさんは後ろを見てもらってもいいかい?」
「だ、ダメですよ! 私が前に行きます!」
ジュエルが間に割って入って焦ったように言う。
「ほう、なぜかな?」
「だ、だってその……あ! ユージンさんは魔法が使えるんですよね? なら前方はヤマトさんと私の方がバランスいいんじゃないですか?」
ジュエルの言葉に思うところがあるのか、ミツバは少し思案した様子で黙る。
「うん、確かにそっちの方がいいね。二人はそれで構わないかな?」
「自分は構わないっスよ。そっちの方が慣れてるっスから」
「僕も特に問題はないけど……その、ミツバ……さん? に負担かけてしまわないかは少し心配です」
「ははは! 今まで通りミツバでいいよ。それに、いくら二人でも全く戦えないわけじゃないんだから気にしないで欲しいな。これまでもそうやってきたじゃないか」
ミツバの笑いが伝染して、おかしな雰囲気になっていた場が緩まっていく気がした。
「ただ、今日一日で探索し切れる範囲ではないから、適宜疲れたら報告し合おうか」
俺たちは首を縦に振り、森の中に入った。
外観からして鬱蒼としたものを、それこそムトと暮らしていた森を思い出すほどのものを想像していたのだが、思っていた以上に日の光は木漏れ日となって差し込んで来ており、明るい。
試しにある程度進んだ時トーヴに頼んで木の上から現在地を確認してもらったのだが、入り口を見失っているなんてことはなく、遠くの山嶺の位置や見える平原から入ってきた場所が大体予測できるという報告を受けることができた。
警戒していたが、脱出できないといったような魔法がかけられているわけではない。まあ、あの森が脱出できなかったのはあの中にドラゴンを閉じ込めるためだったのだから当然っちゃ当然か。この森にはそんな魔法をかけてまで閉じ込めたいなんらかは居ないということだろう。
「ユージン、トーヴ、まだ何も見つけられない?」
二人には探し物の反応を見てもらっている。魔力に反応するのであれば、ある程度の探知はできるらしい。
「残念ながら見つからないっスねぇ」「僕もです」
そう言いながら二人はかぶりを振った。
しばらく森の中を進んだのだが、日は暮れ始めたにも関わらずまだまだ森の奥深くには入り込めていない。時折出現する魔物を狩りながら進んでいたせいもあるのだが、それにしても広い。
「思ってた以上に広い森だね」
ミツバがふうと、腰を伸ばしてつぶやいた。
「小さい分にはっスけど、大きいのは入り口から概算するのは無理っスからねぇ」
「地図とかないの? ある程度今どこにいるかとか、そういうのは把握できそうだけど」
俺の問いかけにユージンが口を開く。
「あるにはあるんですけど、森の中の、特に奥に入ってしまうと地図を持っていてもどこにいるかとか把握できないから意味ないんですよね」
「いや、それでも森の大きさくらいはわかるんじゃない?」
この世界の測量がどうなっているかはわからないが、それでも大きいか小さいかくらいはわかるのではないだろうか。
「大きさなんてわかっても意味ないっスよ。小さいのは十分な情報っスけど、大きすぎると自分らの感覚でどこまで行ったか判断するのは逆に悪手っスから」
「そうなんだ。じゃあどうしようもないか」
「それよりも、そろそろ野営の準備を始めた方がいいね。真っ暗になってからだと少し不便だ」
ミツバが呟く。確かにそろそろ日も傾き始めてきたところだ。俺たちは手分けをして薪を集め、石で簡易の囲いを作る。
「ユージンくん、でしたっけ? ちょっとこっちの手が離せないんで、火の魔法とかで薪に点火しておいてもらってもいいですか?」
ジュエルが薪を拾いながら言う。が、ユージンは魔法を使う素振りを見せない。
「ご、ごめんなさい! そういう魔法はできなくて……」
「あ、そうだったんですね。ごめんなさい今からいきます」
ジュエルは薪を抱えて駆けていくと、焚き火の傍にそれらを置いて指先から小さな火を放った。火は落ち葉に燃え移り、ゆっくりと火が燃え上がっていった。燃え広がらないように周囲に延焼しないように落ち葉などはあらかたどけており、そもそも燃え広がりそうになった時はトーヴやジュエルが水の魔法で火を消すこともできるのだから大丈夫らしい。それでもこんな森の中で焚き火を行うことが初めてだった俺は少し不安だった。
準備している間にゆっくりと日が落ちていく。焚き火の周りで魔物の肉を焼き始めたときにはもう木の向こうさえ見えないほど真っ暗になっていた。
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