12 帰りたい? 帰れない?
「ごう……かく?」
俺の頭をムトがガシガシと強く撫でてきたが、実感が湧いていない俺はそれを止めることもできず視界が揺れる。
「おめでとう! よかったね」
ミーナも俺の顔を覗き込んで笑いかけてきた。
「でも、俺全然何もできてなくて……」
手を離したムトが俺の言葉に反応するように耳をぴくりと動かす。
「ヤマト、ワシのところにこれがきた時点で、お前には相撲の才能があるってことはわからなかったか?」
ムトの手の中に揺れているのは招待状だ。
美味しい美味しいとご飯を食べることに注力していたことと、ホームズが何か難解なことを言っていたからとスルーしていたが、確かに何か言っていたような気がする。こっちの世界に呼び出される時に才能が何か生まれて、それにあった師匠のもとに紹介状が書かれる……だったっけ。今の今まで完全に忘れていた。
それにしても、相撲の才能、まるで憧れていた俺に対して何者かが相撲をしろと言っているようだ。
「じゃあなんでテストを……?」
「ん? やりたくねぇ奴に教えても面白くもなんともないからな。ワシも弟子を選ぶ権利はある。お前は、そういう意味ではお前がやりたいという意思を強く持ってワシに見せてきたんだ。だからワシはそれを受けることにした。……とは言っても、まだまだ力も何もかもなっちゃおらんがな!」
豪快に笑うムトを見て、俺の体から力が抜けていく。心配して損したと思う反面、自分の力と意思で何かが成功したという体験が俺の中に喜びとして駆け巡っていた。
「じゃあ明日っから稽古開始だ! 今日はもう遅いからな。ミーナ、これから家族が一人増えるぞ!」
ムトが言うと、ミーナも喜ばしそうに畑に向かっていった。
「いや、今日は一旦屋敷に戻らせてもらいます。これから通うって時に、晩ごはんまでご馳走になるのは流石にご迷惑ですし」
「ん? 何言ってんだ? 歩きだったらバインハルトの屋敷まで半日はかかるぞ」
「いや、そろそろ馬車の迎えがありますよ」
他の二人は屋敷で訓練しているのだ。俺だけ帰れないなんてことはないだろう。
「んなもんねぇよ。ヤマト、これ読んでみな」
ムトは持っていた手紙をこちらに投げてよこしてきた。俺はそれを取り落とさないように丁寧にキャッチし、内容を黙読する。この世界の文字のはずなのに読めるのはどういうことなのかと一瞬疑問に思ったが、まあそういった部分の常識のすり合わせはこの体に俺の意識が入った時点で行われたのだろう。
そうでなければ俺が歩いたり走ったりすることすらできないはずだから。
閑話休題。内容はいってしまえば本当にただの紹介状だった。封蝋か、あるいは下に書かれているサインがあの男からのものだということの証明になるのだろう。ただ、一つだけ俺にとって予想外のことが書かれていた。
『そちらに行かせる子供に関して、訓練が終わるまではそちらの人手として働かせていただくよう、よろしく申し上げます』
「え……」
「ま、“そういうコト”だろ」
俺は屋敷にも置いておきたくもないというわけか。
「残念だったな」
ムトが可哀想な子供を見る目でこちらをみてくる。
が、「やったー!!!!」と俺は大きく天に向かって拳を振り上げた。
ムトは俺の突然の大声に肩をびくりと上げる。全身の毛が逆立っている。
「いきなり大声を出すんじゃない。あぁ……耳いてぇ。それにしても、良いのか? そこまでの覚悟があるとまではワシも思ってなかったが」
「正直言ってあそこには帰りたくなかったんです。ご飯は美味しかったんですけど、なんというか……あそこに居る人たちは俺どころかホームズやアニーですら子供として、いや、人間としてみていなかったように感じられて」
「ふぅん。まああの男のやりそうなことだな」
「それに、俺の憧れだったんです。ずっと運動なんてできなかった俺にとって、元気になったら一番にやりたかっとことが相撲なんです」
俺の言葉にムトの口角が上がっていく。尻尾もゆらゆらと揺れ、嬉しそうだ。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ……。じゃあ、稽古も予定通り一番厳しいものにしてやろう。耐えうる肉体があることもわかってるからなぁ……」
豪快に笑っていたムトの顔に段々と怪しい影がさしていき、黄色いはずだった瞳からなぜか赤い光が見えるような気がする。
「あの、その、初心者なのでまずは手加減からしていただいても……?」
「ん? 無理だが」
楽しみが三割、背筋が凍るような気分が七割ほど。
「逃げるか?」
嫌な笑みだ。俺が逃げないことをわかっていて言っている。
「もう! ムトさん! せっかくできたお弟子さんに意地悪しないの!」
いつの間にか手にいくつかの野菜を抱え、近く来ていたミーナがムトの後頭部を強く叩く。
「アダっ。でもそうしないと稽古にならんだろ?」
「ヤマトくんはまだ体もできてないんでしょ? そんなところから厳しくしたら完成前に壊れちゃいますよ」
ミーナが頬を膨らませて怒り、それをみたムトはさっきまでの覇気を纏った笑みがなくなり、眉を八の字にする。
「わかっとる。もちろん体作りからさせるし、そういう部分は絶対無理にさせるわけない」
「ならよし。ムトさんはムトさんの常識で動きすぎなんですよ。ヤマトくん、ご飯の準備を手伝ってもらえる?」
小屋の中に入っていくミーナの後ろを俺がついていく。
小屋の中ではすでに大鍋が煮立っていたりとある程度の夕食の準備が進められている。が、ミーナは俺のためにもう一品作ってくれるようだ。
「ヤマトくん、刃物を持ったことは?」
「全く」
「じゃあちょっときて。ご飯を作るのも稽古の一つだから」
ミーナが俺の腕を引っ張る。調理場にはすでに良い香りが充満していた。
そこから先、俺はミーナに手解きを受けながら、食材の下準備や調理を一つ一つ教わっていった。
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