13 覚悟
「あ、おいしい」
「でしょー!? やっぱりいろんなものを使うよりもシンプルにこういう料理の方が美味しいに決まってるのよ!」
あれから結局ほとんどミーナに手伝ってもらいながらも、夕食が完成した。今はそれの味見をしていたところである。赤い色の具沢山のスープは、屋敷で食べたものよりも確かにシンプルな味付けだったが、だからこそ隠さないなめらかなおいしさがあった。
横には尖った木の棒に刺して焼いただけの肉が人数分置かれており、これは人数分しかないからと味見できなかった。
俺がミーナに料理を教わっている間にムトは外でさっきの猪を解体しており、今焼いているものはこの前捕まえたものの残りだという。
「……本当にあんまりご飯って食べられてなかったの?」
「ええ、まあそうですね。これですら多分、食べられなかったと思います。飲み込む時に喉に引っかかって」
どこから手に入れているのかは知らないが、このスープも多少は味を整えるために香辛料が使われているようだ。これをあの時の俺が飲んだら、反射的に吐き出すか飲み込めても栄養を吸収しきれずに体調を崩していたことだろう。
「なら、ありがたく食べないとね。私の手料理を食べたらもっとバインハルト邸に戻る気にもならないんだからね。さ、テーブルに運ぶの手伝ってくれる?」
テキパキとミーナはスープを皿に盛り付け、横で焼いていた肉も三つ一気に大皿に乗せた。それを俺は逐一テーブルと往復し、運んでいく。
「ふぅ……ふぅ……」
「体力ないんだねヤマトくん……」
運び疲れて膝に手をついた俺に、ミーナが呆れたように言う。
が、そうではない。ここの食事、そもそも一人分の量がとても多いのだ。ミーナの分は普通の人の量しかないのだが、俺とムトの分であろう食事の盛り方がおかしい。一人分が鍋一つのような大きさである。切り分けるのかと思っていた串に刺さった肉も、どうやらミーナが少し切り取ってあとはムトと俺で食えということのようだ。
それに加えて、いつの間にか準備されていた干した魚も置かれている。時刻からして夕食扱いなのだろうが、それにしても多すぎるのだ。
「おぉ、今日は結構おとなしめだな」
小屋に戻ってきたムトが机に並んだ料理を見て言う。
これで……おとなしめ? 普段どれほど食べているのか想像できない。
「今日はこんなつもりじゃなかったからね。明日からはちゃんと作りますよ。人手も増えたことだし」
ミーナがこちらをみて笑う。どうやら俺は稽古をつけてもらいながらこっちも手伝わないといけないようだ。
ムトは彼専用と思われる多きな椅子にどっかりと座り、俺とミーナはそれよりも一回り小さな椅子に座る。テーブルの上は料理が所狭しと並んでおり、そのどれもから良い匂いが漂ってきていた。
手を合わせ、いただきますと呟いて俺はそれに手をつけ始める。他の二人も各々が食事の前に何か言っていたようだが、それぞれ自らのやり方があるのだろうと気にしないでおいた。
屋敷での朝食からほとんど何も食べておらず、ここに来てからも森を歩いたり小屋の周囲を走らされたりと運動しっぱなしであり、何よりも人生で二回目のちゃんとした食事であるこれらは、手が止まらないほど美味しかった。むしろ香辛料である程度整っているとはいえシンプルな素材の味が十分に生かされている分、食べやすささえ感じるほどだ。
そんなことを思いながら食べていると、いつの間にかあんなに大量にあった食事は全てなくなっていた。
テレビで相撲部屋の人が「気がついたら無くなる。お腹が空いている時ほどそう」なんて言っていた。食事が義務でしかなかった俺にとってそんなことがあるのかと思っていたのだが、どうやら本当らしい。
ミーナはまだゆっくりと食事を続けている。ムトはすでに食べ終わっていたのか、何か顔に手を当てて考え事をしている。
「どうしたの?」
ミーナもそれに気がついたようだ。
「いや、寝るところをどうしようかとな。ミーナ、どうする?」
「どうするって、それ考えてなかったの!?」
「そりゃそうだろ。今日から弟子ができるなんて聞いても無かったからな。でも、侯爵様が言ってきてるわけだから安易に拒否もできん。準備するから明日からでも! って言えりゃ良かったんだがな! がはは」
「がははじゃないでしょ!」
ミーナが慌てたように残っていたスープを口の中に流し込むと、二階にかけて行った。
「よし、あいつも居なくなった。ここからは男同士の会話だ」
ムトは柔和な雰囲気で言う。
「ヤマト、本当にワシの元で稽古をする気があるんだな?」
「……? 今更どうしたんですか?」
「いや、なんとなくだ。これまで何人か弟子を取ってきたが、その全員がワシの名前だけを見て弟子になりたいと言ってきた奴らだった。そいつらとは目の色が違うとワシは思ったから、お前を弟子にしようとしたんだ」
憧れ、尊敬。そんな人物に教えを乞う事は、間違いではないのだろう。その人物になれるのであれば、誰しも尊敬する人の元へ行く。
「だが、これでよかったのかはワシにもわからん。お前には相応の覚悟があるようだが、本当に厳しい稽古にもなると思う」
ムトの目はさっきのような指導者の目ではなく、まるで親のように俺を心配している様子だった。
「ワシは子供もおらんかった。それに、ワシがお前くらいだった時はもう人生が相撲だけだったんだ。だから、お前のようなまだ年齢もいかずに死んでしまった奴の考えが完全に理解できているとは到底思っとらん。だから、無理にやらせてしまってるとしたら、それは言ってほしい」
そんなムトの顔を見ていると、自分の中の決意がさらに固まっていくような気がした。こんなにも良い人に師事できるということの実感が俺の中に喜びを生み出してくる。
「さっきも言いましたけど、俺はずっとこれがやりたかったんです。そのためならなんだってやる……までの覚悟はまだできてないですけどね」
それに応えるためにも、俺は笑顔を見せながら言った。
「それくらいの方が、ムトさんも安心するんじゃないですか?」
「いや……そうだな。だが、覚悟が足りなかったからといって泣き言を言っても逃さんぞ?」
しんどくなればその時相談すれば良いだけのこと。それだけだ。
それでも安易に逃してくれるとは思えないが、俺も逃げる気はさらさらない。
「良かった」
ムトの顔が綻ぶ。俺がここにきてから多分、初めて見せた彼の安堵の表情だった。
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