43 何をするのが正解なんだろう

 あのあと結局、俺とジュエルは何も会話を交わさずにその場から立ち去った。短く感じていたのだが思ったよりも時間が経っていたようで、外から聞こえてきていた讃美歌はいつの間にか終わっていた。

 俺はそのまま部屋にもどる。途中ですれ違った神父から蝋燭と火をもらい、それを部屋のランプに移した。外はもう夜だったため、それだけで部屋の明るさは格段に上がる。

「魔法も覚えてみたいよなぁ。こういう時に便利だし」

 そんなことを呟きながら夕食を摂った。リュックの中に残っている食料は大体あと二食分といったところだろうか。それまでに早く収入源を見つけなければならない。それ以前に、いくらなんでもこの教会の好意に甘え続けるわけにもいかないという部分もある。

「って言っても、何すりゃ良いんだか」

 食事を済ませ、ベッドに寝転んで天井を見る。土で固められた天井を眺めながら、明日はどうすべきか考えあぐねていた。

 冒険者としては早めにCランク以上になってしまいたい。そうでないとクエストの受注可能量も増えないし、何よりもあの男たちにこれ以上自由にされるのはごめんだ。だが、Dランク向けのクエストだけをこなし続けていれば出来る限り早くCランクになってしまいたいという俺の目標が達成されることはない。

 かといって、あの男たちに借りをこれ以上作りたくはない。

「ダメだー! 何も思い浮かばんな」

 ジタバタしていても始まらない。

「そういえば、もう教会って閉まったのかな」

 悩んでも結論が出ないのであれば、別のことをするしかない。ちょうどジュエルを抱き止めた時に思ったのだが、俺、まだ体を拭けていない。汗で体がベタついているのに、考え事をしていてあまり気が付いていなかった。

 できれば川なんかで水を浴びたいのだが、そんな贅沢を言えない状況だということはわかっている。

 端切れを手に取り、部屋を出る。礼拝堂まで行ってみると、予想通り教会の入り口はもう閉じられていた。司祭は他の神父、シスターと一緒に先ほど子供たちが立っていた舞台を片付けていた。

「あ、ちょうどよかった。ヤマトさん手伝っていただいてもよろしいですか?」

 司祭に言われるまま、俺は舞台の片付けを手伝った。丈夫そうな仮設の舞台は解体してみると板と角材に全て分けることができ、大きな舞台であったにも関わらずコンパクトにしまうことができた。

「助かりました。あ、井戸を使われるんでしたっけ。引き止めてしまって申し訳ありません」

 片付け終わった神父たちが教会を箒ではいている横で、司祭が俺に言ってくる。

「いえいえ、俺も部屋を貸していただいている以上この程度で良いのかって思ってるくらいなんで」

「はは、お気になさらずに。まあ、将来的にヤマトさんに余裕ができれば、寄付の一つでもしていただければ」

「あはは、その時はぜひさせていただきます」

「ぜひよろしくお願いいたします。と、あまりおしゃべりばかりでもご迷惑ですね。私はしばらくここにおりますので、何かご相談があればまたぜひ」

 司祭はそう言うと、掃除を行なっている神父のもとに歩いて行った。神父たちからは体を心配されていたが、無理に参加している。まあ、あの元気さならば神父たちが心配する必要もないだろう。

 俺はそれを少し眺めて、井戸のある中庭に向かった。

 日にあたりながらゆっくりと過ごしていた人が何人かいた賑やか景色は、夜になると全く人がおらずがらんどうな様子だった。しかし、外からはまだ人の声も聞こえてきており昨晩の展望スペースような静けさは感じられない。

 井戸に向かい水を汲み出す。それに端切れをつけて、俺は体を拭き始めた。体が大きいと泉に飛び込んで水を浴びる方が楽だと、こういう時は思ってしまう。

 背中が拭けない。それ以外にも、元の体では脇の下と首元、膝の裏や鼠蹊部程度だった汗が溜まって不快な部分が倍以上に増えているため、一つずつ全てやっていくと倍どころではない時間がかかるのだ。

 鍛えているおかげか疲れはしないのだが、これで標準的な筋力だったムトと出逢ったころにこれを強要されていたら体を拭くだけでも一日分の体力を使い切ってしまっていただろう。

「せっかくだし、ちょっとやっとくか」

 端切れを井戸の端にかけ、シャツを脱ぐ。誰にも見られない状況だからこそ人目を気にせずにできること、軽くだが相撲の一人稽古だ。いつでもできるものでは無いからこそ、できるタイミングではやっておきたい。

 膝に手をあて、ゆっくり腰を下ろす。体全体をほぐすように動かし、その後足を地面に擦らせながら何度もさまざまな体制で往復する。準備運動程度のものだったが、一日間をあけてしまうとこれだけでも少し体を動かした感覚があって楽しい。

 気がつけば相当な時間繰り返していたようで、さっき拭いたはずの体にまた汗が滲んで湿った感覚が全身からしてくる。

「これくらいでいいか」

 ふぅと息を吐いて腰を伸ばし、俺はもう一度体を拭こうと井戸に向いた。その時に、教会から神父やシスターたちがこちらを覗いていたことに気がついた。

「うわっ! びっくりした……。どうしたんですか?」

 先頭でこちらをのぞいていたロベールが口を開く。

「体を拭くって言ってた青年が中庭に出てからしばらく戻ってこなくて、さらに何かを引きずる音をずっとさせてたものですから……」

 恥ずかしそうに頭を掻くロベール。確かにそうか、どう説明すれば良いかな……。

「あー、えっと、俺がやってる武術の鍛錬……ってのもちょっと違うな。筋トレみたいなもんです。足腰を鍛えていると言いますか」

「なるほど。やはり痩せたくて……?」

 明らかにそう言うロベールの視線は俺の腹に向かっており、後ろから別の神父にこらと嗜められている。

「あはは、痩せる気は無いんですよ。こっちの方が重心もブレないですし。ちょっと来てもらっても良いですか?」

 俺はロベールを手招きして呼ぶと、目の前に立たせる。

 背丈は同じくらいだが、俺よりも少し年上なロベールはしかし、体格で比べると圧倒的に違う俺の前でおずおずとした様子だ。

「ロベールさん、試しに全力で俺の肩を押してみてください」

「ぜ、全力で……?」

 遠慮している様子のロベールに対して、俺は肩を全力で押すようにアクションして見せる。本当に? こんな年下に? といった様子のロベールだったが「じゃ、遠慮なく」と呟いて俺の肩を押してきた。全力か、と問われれば疑問ではあったが、思っていた以上にロベールは強く押してきた。

 が、俺はその衝撃でもぴくりとも動くことはない。それどころかロベールは反動で後ろに軽くのけぞり、そのまま尻餅をついた。

「理由はこれだけじゃ無いんですけど、痩せる気がないってのはこういうことです。俺にとっての師匠は皆さんみたいな体格で筋肉をつけることよりも、体重も一緒に増やすこと、それによって軸ができることを重視してたってわけなんですよね」

 俺はロベールに手を差し出し、立ち上がらせる。

 冒険者にも俺くらいの体格の人はおり、彼らも同じ役割をになっているはずだ。つまりここのシスターや神父らは俺のような体格の男が何を武器として戦っているのかわかっているはずなのである。

 それなのに彼らは目をキラキラさせこちらに寄ってきた。俺を変わるがわる押しては押し返されていった。それは司祭が彼らを嗜めるまで続いていた。

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