44 覚悟はできてるか? 俺は今できた

「皆さん。お仕事がまだ残っていますよね?」

 司祭の言葉に驚いた神父やシスターたちがそそくさとその場を去り、今度は司祭が近寄ってくる。

「良い体ですね。触ってみても?」

 たしなめてはいたものの、司祭も気になってはいたようだ。

「ええ、まあ構いませんけど」

 俺が答えると、司祭はゆっくりと俺の腹に指を伸ばしてくる。まるで絹でも触るようなタッチで、逆にくすぐったい。

「ほう、思っていたよりもかたいんですねえ」

「あはは、まあ筋肉があるからっていうのと、脂肪も脂肪で案外かたいですからね」

 司祭は指を引っ込める。

「手、洗ってもらって大丈夫ですよ。体拭いたとはいえ、運動して汗かいちゃったんで」

「そうですか。じゃあ失礼して」

 司祭は井戸の方に向かい、俺が残していた水を柄杓で掬って手を流す。それ、そこにあったんだ。井戸の裏側に置かれていたからか気が付かなかった。

 手の水分を振り落とし、司祭は自らの服の裾で手を拭った。

「その体格なら、いくらでも人を助けられそうですね」

「そう……ですかね? 俺はまだ全然そんなことできてないかなって思ってるんですけど」

 俺は助けられてばっかりだ。肝心なところでムトには逃がされ、助けを乞おうとした結果が今の状況である。ジュエルも助けて欲しそうにはしていたが、俺が何をどうするべきかもわからない。

「ならこれからですね。私どものように無償でやる必要はなくとも、その力は誰かを助ける力であると思いますよ。その口ぶりからしてヤマトさんはもしかすると自分のため、あるいは自分の興味のために鍛えてきたんですかね?」

 後ろに手を回し、司祭はこちらに問いかけてくる。

 図星だ。俺はずっとムトとの相撲しか知らなかった。それ以前も、誰かの手を借りて生きることに精一杯だった。

「逃げたければ逃げちゃえ」

 いつだったかに聞いたミーナの言葉が頭をよぎる。逃げたければ逃げればいい、やりたいことをやればいい、なら今の俺のしたいことはなんなんだ?

 ミーナの元に向かう、それは最優先事項だ。何年も一緒に過ごした家族を危ない森の中に放ってはおけない。

 そのためにはCランクに上がりたい。そしてさらにそのためにクエストを十個、こなさなければならない。

 そのための最短距離はどうすべきなのだろうか。本当にあの男たちを避けて、自分一人でコツコツやっていく……?

 いや、違う。

「すみません。俺、明日早いの思い出したんで失礼します」

 残っていた水に端切れをつけ、荒く体を拭く。元々ある程度綺麗にしていたので、足の裏や首元など、汗をかいたところを拭うだけで比較的さっぱりできた。

「何か思いついたならよかった」

 司祭はにこやかに笑っている。俺はそんな司祭に軽く一礼して教会に戻り、部屋のベッドに飛び込んだ。


・・・


 目が覚めた俺はリュックからマワシを取り出すと、ポーチの中につめた。

「よし」

 冒険者カードをポケットにいれ、他のものは部屋に置いて出る。教会はもう開いており、昨日と同じように何人かの人たちがもう長椅子に座って祈っている。昨日見た人も何人かいるのが見てとれた。敬虔な人なのだろう。

 司祭は説法の準備をシスターと行なっていた。そんな中、急いで出て行こうとする俺と目があう。にこやかに笑いながら、口が「頑張って」と動いた気がした。あれでシスターに「よそ見しない!」と軽く叩かれていなければもっとかっこよかったのだけれど。

 俺はギルドまで駆けた。ジュエルが出立する前に、あいつらに話をつけなければならない。そのためにもできるだけ早くギルドに到着しなければならなかった。

 運がいいことに、今朝は人が少ない。道を通る馬車もない。

 いける。俺はそう思い、足に魔力を込めた。

『勇み足』と呟く。なんとなくそっちの方が力が入ると思ったからだったが、思っていたよりも出力が上がっていく気がする。技名を叫びながら攻撃するキャラクターの意味が少しわかった気がした。

 ダン! という音と共に、俺の足は地面を蹴り土煙が舞う。突然図体のでかい男が普通に走る以上の速度を出したことに周囲で歩いていた人たちが驚いていたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 ギルドはもうすでにある程度賑わっており、冒険者たちがワイワイと騒がしい。流石にここでは急いでいても勇み足を発動するわけにはいかない。

 ただできる限りの速さで走り、俺は昨日の場所にたどり着いた。まだあまり冒険者が集まっていなかったのだが、ビュールとメドウが居ればそれで十分だ。

 俺の到着で気がついたのか、ビュールがこちらに歩いてくる。

「ヒヒッ、ちゃんと来たか。やっぱりカシラに借金してでもランクは大切だからなぁ」

「ビュール……さん。そのことなんですけど、メドウさんにちょっとだけ話があって……」

 怒りを堪えて、丁寧な言葉を心がける。ここで相手に不満を抱かせてしまえば俺の言葉が通ることは無くなってしまうからだ。

「ヒヒッ、何かと思えば、聞くだけ聞いてやるよ」

「今日、ジュエルが行くクエストに俺も行かせてもらえませんか」

「ヒヒッ、なるほどな。何が目的だ?」

 ビュールの口だけは笑っているが、目は笑っていない。

「……一晩考えたんですけど、俺、じっくりクエストを受けることにしました。それで、借金がチャラになるなら俺も参加したいなと」

 ビュールが顎に手を当てて考え始めた。

「ヒヒッ、ちょっと待ってな」

 ビュールはゆっくりと立ち上がると、メドウの方に歩いて行った。よし、と俺は見えないところで手をグッと握る。向こうではビュールとメドウが何かを話している。時折メドウがこちらを見ながら、ビュールと会話を続けていた。

 しばらくすると会話が終わったようで、ビュールがこちらに戻ってくる。

「ヒヒッ、しょうがないが、お前が自分で生きていくと思えたのならその方がいいとカシラもおっしゃられたから、着いていっていいぞ。お前の分の借金程度もチャラにしてやるそうだ」

「……良いんですか?」

 拒否されると思っていた。拒否された時用の受け答えしか準備していなかったがために、ワンテンポ遅れての反応しかできなかった。

「ヒヒッ、Aランク以上のためのクエストなんてお前らDランクがそうそうできるもんじゃねぇからな。カシラも成功すれば御の字、くらいに思ってるだけだから、気にせず頑張ってこいよ。ヒヒッ」

 背中を叩かれるも、俺はそれに反応できない。

 昨日の言動からしてこいつらがクエスト失敗で帰してくれるはずがないのに、なぜこんなことを言うのか理解ができないまま俺はジュエルたちが来ることを待つしかなかった。

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