42 涙は友を呼ぶ

 教会に戻る扉に手をかけた時、先ほどまでは聞こえなかった向こうからキャイキャイと子供の声が聞こえてきた。

 そういえば、ジュエルが教会で子供たちと触れ合うと言ってたっけ。

 昨日の夜、教会の中で見かけなかったことから彼らは外の子供たちなのだろう。どこから来ているのか、少し疑問だ。幼稚園のようなものがこの世界にもあるのだろうか。

 そんなことを考えながら礼拝堂につながる扉を開くと、子供達が真っ白なローブを着て讃美歌を歌うために並んでいた。

「ほら並んで並んで、ナイルも鼻をかかないの。何? あぁあとでね」

 その真ん中で子供達を誘導しているのはジュエルだ。大変そうだが、その一言一言に慈愛が溢れている。

 ふと顔を上げたジュエルと俺の目が合う。向こうは気まずそうに目を逸らすが、俺はそれから目を反らせなかった。

 確かにジュエルは俺をあんな奴らに紹介した。けれど、それは本当に彼女の本心がそうさせたのだろうか? それとも何か別の理由があるんじゃ無いのか。そんなことをふと思ってしまう。

 大きい借金が一瞬でもさらにおおきくならないのであれば、俺が軽い借金を負っても構わない。そう判断してしまったんだろう。

「すごいでしょう、ジュエルは」

 そんなことを考えていた俺に、いつの間にか近寄ってきた司祭が話しかけてくる。

「え、ええ、まあそうですね」

「あの子たちは孤児院の子達なんですよ。うちが支援しているところでね、定期的にああやってうちで讃美歌を歌ってもらっているんです。ジュエルもそこの出身でね、ああやってみんなをまとめてくれているんですよ」

「そうだったんですね……」

「彼女には苦労をかけていますよ本当に。最近も孤児院とうちに少しでもお金を入れられるようにと、少ない時間を削ってまで冒険者になろうと努力してくれてもいますから」

 なるほど。それにしてもそんな短期間でジュエルの借金を増やしてしまうとは、メドウも悪どいことをする。

 ただ、それを司祭には言えない。あんなことになっているなんて言えるわけがない。それを言いふらすことは彼女に対する冒涜だ。

「彼女にはもっと、楽しんで生きてもらいたいんですけれどね。私どもの活動は確かに正しい行いで、彼女にとっても恩返しになるのかもしれませんが、もっと自分の幸せをもっと求めて欲しいものです。と、私も行かなければ。それでは、ヤマトさん」

 こちらに手を振りながら、司祭は子供達の方に向かっていった。司祭がジュエルに声をかけると彼女は入れ替わるように教会の中に入っていく。

 俺も讃美歌を聴いていこうかと思っていたのだが、少しだけ話が変わった。ジュエルが一人になるのであれば俺は彼女を追いかけなければならない。そして、少しでも彼女と対話すべきだ。

 子供達や讃美歌を聴きに来た人たちの邪魔にならないように、並べられた長椅子の後ろを回って俺はジュエルを追いかけた。

 どこに向かったかわからないまま俺は少し細い教会の通路を走る。時折神父やシスターとぶつかりそうになっては、足を止めて道を譲った。ただでさえでかい図体なのだから、俺を優先して通してくれなんて言えなかった。

 敷地面積は大きいとは言ってもほとんどの面積が礼拝堂を占めているような教会だ。そんなことがありながらも時間もかからずにジュエルの後ろ姿を見つけることもできた。

 ゆっくりと歩いていくジュエルに話しかけられないまま、ストーカーのような形で追いかけていってしまう。

 ジュエルは一つの扉の前で立ち止まると、おもむろに中に入っていった。

「物置じゃん、ここ」

 ゆっくりとバレないように扉の前まで俺は歩みを進める。

 扉には物置と書かれており、中は灯りこそついているもの近くに窓もないせいで通路も物置もこの辺りは全て薄暗い。

「……ん?」

 中から何か聞こえてくる。

「っぐす……。ひっ……」

 泣いているのだろうか、時折嗚咽のような声が混ざった声が扉越しに聞こえてくる。

 これは……扉を開けるべきなんだろうか。

 ーーいや、聞かなかったことにしよう。誰かが泣いているのなんて、知らないでいたままの方がいい。それに理由はだいたいわかっている。

 そう思って踵を返そうとしたその時、運の悪いことに扉が開く音がした。

 涙を拭きながら出てきたジュエルと俺で目があう。俺がなんでここにいるのかわからないといった表情だ。窓にうつる俺の顔も、しまったとバツの悪そうな顔をしていた。

「あの、ちょっと良いですか」

 充血した目で俺を見ながらジュエルは言う。

「な、なんでしょうかね? 俺はたまたまここを通りかかっただけで……」

「そんなわけないですよね。ちょっと、入ってもらっても良いですか?」

 俺は従うしかなくて、ジュエルと一緒に物置の中に入った。

 物置の中は物置と書かれていた割にはものは少なかった。他の部屋と違い、埃っぽい石壁の中に木製の傾いた棚が乱雑に置かれており、それ以外は所々に欠けた花瓶や穴の空いた麻袋が転がっているだけだ。

 そのぶん俺が入るスペースも余裕であるのだが。

「なんでここにいるんですか」

「いや、その……なんというか、謝りたいなって思って、どこかで話しかけられないかなって思って追いかけたら、こんなところに来ちゃったと言いますか……」

「謝る……? ヤマトさんが私に……?」

「ええ、まあ、その。司祭様から聞いたんです。ジュエルさんが孤児院の子供達の世話をしていて、その間に冒険者を目指してそこで稼いだお金をここに入れようとしてるって」

 ジュエルは目を逸らす。そのまま口を開いて、ポツポツと話し出した。

「……最初はそのつもりだったんです。孤児院出身で中途半端にしか魔法も使えない私でも、Cランクにはなれるからって、そうすれば儲けられるってあの男から聞いて」

「なるほど、それで気がついたら」

「あいつら、Dランク以下のクエストをほとんど持っていくんですよ。それで、困っている冒険者を見つけると勧誘するんです」

 なるほど、どうりでクエストの量が極端に少ないわけだ。ギルド側もクエストをこなしてくれるのであれば高ランクが独占してようと特に気にも留めないだろうし。

「それなのに、何かにつけて金がかかる、借金だって言ってきて。昨日みたいな雑用のクエストを受けさせてもらえるだけでもありがたくて、実は受注もされてなくて私はただついていって勝手に行動しただけだ、なんて言われることもザラでしたし。でも、だからって君を、試験で合格させてくれたヤマトさんをを巻き込むんじゃなかった!」

 ジュエルの目に涙が溜まっていく。それを俺はどうしようもなく見ているしかない。

「えっ!?」

 突然ジュエルは抱きついてきた。少し湿っており、俺の服を顔に近づけるのはあまりおすすめできないのだが、言葉は出ない。が、拒絶もない。

 俺はジュエルを抱きしめ返すしかなかった。

「親方がよくこうやってくれたのなんか思い出しました。臭い臭いって言っちゃったんですけど、でも安心できて」

 もう、会えない。涙が出ない自分に嫌気がさすほどにもう何度も後悔したことだ。

「俺はまだちょっとしか被害にあって無いですし、それにジュエルさんは明日のクエストさえクリアしてしまったら借金もちゃらで、Cランクの昇格試験も受けられるわけじゃ無いですか。それなら早くCランクになって、全力になって俺の手伝いをしてくださいよ」

 ごめんね、ごめんねと繰り返すジュエルの肩を抱きながら、俺は慰めるしかできない。

 讃美歌が始まったようだ。ここにまで歌声が聴こえてくる。歌詞の意味はあまりわからないが、何かを祝福する歌だろう。


 明日、何が起こるか今の俺もジュエルも知らない。人を陥れる奴が、そんな簡単に借金をチャラにしてくれるわけがないのに。

 そんなこと、少し考えればわかるはずなのに、俺もジュエルもそんなことは考えない。ジュエルは俺への謝罪を続けるだけだったし、俺はそれを受け止めるしかなかったから。

 ジュエルが「すみません、私が謝るべきなのに」と言って離れるまで、その場で俺はジュエルを慰めていた。

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