41 不安感と無力感

 ジュエル以外の三人の男性たちは、メドウの視線に肩をびくりと上げた。

「お前ら、クエスト九つクリアおめでとうな。あと一個でCランク昇格試験を受けることができるわけだ。ただ、お前らは全員、俺に借金がある。間違ってねえよな?」

 メドウはニヤついているが、ジュエル含め四人は萎縮したまま震えている。

「いや、何も俺たちも返してからCランクになれとまでは言わねえよ。もちろん勝手にCランクになって、ゆっくり返してくれてもかまわねぇ」

 ジュエルたちは困惑した様子で顔を見合わせている。俺と同じで、こいつらは自分で返すと宣言してもそれを邪魔してくるのだろうことは明らかだ。

「だけどな? せっかくなら見綺麗なままでCランクになりたいじゃねえか。ってことで、俺たちはお前らに借金をなくすチャンスを与えてやろうって思ってるんだ。どうだ? 寛大だろう?」

 ニヤつきながらメドウが言う。が、明らかに罠だ。ゆっくりと借金を返していったほうが良いに決まっている。

 そのはずなのに、男三人は借金がなくなることに喜んでいた。

 彼らもうすでに何かがおかしくなっている。そのせいで現状を危ういという判断すらできなくなっているようだ。もしかすると彼らは俺が想定する以上に借金を背負わされているのかもしれない。もちろん、ジュエルもそうなのだろう。

「あの、よろしくお願いします!」

 男たちの中でも一番若そうな顔の男が深く礼をする。

「感謝なんて必要ねぇよ。頭上げな」

「で、どうすれば良いんですか?」

 若い男のその行動に流されるように、別の男が発言する。

「簡単なことだな。毎日毎日いろんなクエストを受注してるとギルドを介さずに依頼してくる輩も出てくるんだ。信頼、されてんだよ。わかるか?」

 メドウの言葉に男たちはこくこくと頷いている。

「ただ、少し面倒なクエストも混ざってきやがるんだ。そんなクエストをお前らに少しやってきて欲しいわけだな」

 ニヤつきながら言っているその様子が、やけに胡散臭い。が、何かを言おうとするたびにビュールが横から何もいうなよといった様子で睨みつけてくる。

 メドウはジュエル達に一枚の紙を渡した。掲示板に貼られているようなものよりも質の良さそうなものだ。後ろから覗き込むことは止められなかったので、俺もついでに覗き込んでみる。

「王国の北にな、シノヴァの森ってのがあんだよ。お貴族様の狩猟と魔法の練習場の森だ。だが、そこにお貴族様は落とし物をしてきたんだと。そこでそれを探してきてくれ、って依頼な訳だ。今の時期はちょっとばかしシノヴァの森の魔物も凶暴化してやがるんだが、まあそれくらいは誤差だよ誤差」

 手をふり、ニヤつきながらメドウは続ける。

「どこで落としたかは分からねぇらしいんだが、森の奥の方であることは確かだそうだ。こんだけ言えばわかるだろ? まあまあめんどくせえ依頼なんだよ。なんだが、貴族様相手だと断りきれねえ」

 そこでジュエルたちに白羽の矢が立ったというわけか。それにしても、ランクA以上限定の依頼だというのが気になる。探し物だけなら誰にでもできることだが、それほどまでに腕の立つ冒険者に依頼するということは魔物も相当に凶暴なはずである。

 なのに、四人とも首を縦に振った。

 メドウは満足そうに四人に握手を求める。様々な感情はあれど、四人とも差し出された手を握り返していた。

 前払いとして彼らのカードをメドウが受け取ると、借金を半分にまで減額させていた。ゼロになったわけでも無いのに、彼らは大喜びして立ち去った。クエストの準備をするためらしかった。

 結局そのまま解散となり、メドウもビュールもどこかに行ってしまった。俺とジュエルだけがその場に残る。

 沈黙。俺からは何をいうこともない。騙されているとは思うが、俺もこいつに騙されたのだから。

「すみません、先失礼しますね」

 何か言いたげな様子のジュエルを放って、俺はその場から去った。助けるべきかとも思ったが、助ける義理もない。

 泥まみれの手足をどうにかしたかったが、手足や服を洗えそうな場所が見当たらない。

 手近なカウンターに聞いてみると、ギルド内で有料のものとしてあるらしかった。無一文の俺には利用できないものであったので、即座に選択肢から除外する。

 王国の外に出て川か何かで洗おうかなとも考えたが、空の明るさからしてそれをしていれば教会に戻れなくなってしまうだろう。

「井戸、使わせてもらえるかな」

 そんなことを考えながら俺は教会に戻った。すでに今日の行うことは全て終わっているらしく、司祭は昨日と同じように椅子に座って本を読んでいる。

 細かい文字だが、司祭が常に何を読んでいるかやっとわかった。これ、聖書だ。厳密にはキリスト教なんかのそれとは違うだろうから聖書と一概に言ってしまうことはできないだろうが、そういった雰囲気のことが書かれているような気がする。

 閑話休題。司祭は俺の様子に気がついて本をパタと閉じた。

 そのまま顔を上げ、こちらを見る。

「おやおや、ずいぶん汚れていらっしゃいますね」

「すみません。ちょっと今日汚れることしちゃって。井戸とかって使わせてもらっても良いですか?」

「ええ、構いませんよ。井戸の場所はわかりますね?」

「ええ」

「なら案内も必要ありませんね。ただ、他の方もおられるので今は手足を洗う程度で、衣服を脱いで体を拭いたりなんてのは教会を閉めた後にしていただいても構いませんか?」

 流石に分別は弁えているつもりだ。マワシをしめて街中を闊歩することとは訳が違う。

「もちろんです。ご迷惑をおかけします」

「いえいえ、お気になさらず。必要であれば端切れ程度はお貸ししますが……」

「あ、では一枚ほどお借りしても構いませんか」

 司祭は神父を呼びつけると、一枚布を取りに行ってくれた。「端切れで申し訳ないのですが……」とおずおずと出されたそれは確かに何かの布の切れ端だったが、大きさとしては十分だった。

「使い捨てのものでお返しになる必要はございませんので、使い終えればゴミにでも出してください」

 俺は司祭に礼をすると、井戸に向かった。井戸の近くには先客がいたが、俺の様子を見て順番を譲ってくれることになった。大きな水筒に水を詰めたい様子だったため、それは断り俺は井戸の近くで終わるまでぼーっとそれを眺めていた。

 ジュエルはなんであんなことをしたのだろうか。司祭に相談はしなかったのだろうか。そもそも明日なんで彼らだけで行かせるのだろうか。

 ランク昇格試験のためにクエストをこなしていたのなら、彼らもDランクなのだろう。そんな人物がAランク以上を求めるようなクエストに行って問題はないのだろうか。そもそも探し物だけにAランクを求めるのか。

 疑問だけが増えていくのに、考えても答えは見つからない。そもそも俺は彼女を助ける必要があるのだろうか。

 井戸を利用していた先客と交代をし、俺は手足についた泥を落としはじめた。手についたものと靴についたもの、そしてズボンと服の袖についたものを軽く洗い流し切ってなお、その意味も解決策も思い浮かばなかった。

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