40 悪とは、理解から始まるものだ
泥だらけのまま帰って良いものかと思ったのだが、歩いている冒険者は存外汚れている人も多い。土埃で汚れているような人が大半だが、粘液をまとわり付かせている人なんかもいて、俺たちの汚れっぷりがそこまで目立たないほどだ。
そんなわけで俺たちはギルドに戻った。ビュールは乱雑に俺の持っていたものとジュエルの持っていたものを出し、それに加えてブルの討伐依頼の張り紙も合わせてカウンターに投げた。
「少々お待ちください」
「早くしろよ……ヒヒッ、時間がもったいねぇだろ」
小声でそう言いながら、カウンターを軽くビュールは叩く。対応した職員はそれに気圧されながら、袋の中身を確認していた。
「あれ、どうやって討伐したことを証明するんですか?」
隣にいたジュエルに耳打ちで話しかける。
「あぁ、あれは魔物の魔力反応を敏感に察知するように張り紙に魔法がかかってるんですよ。それで、一定基準まで達するとああやって……見えますかね? 紙の周囲が色づくんです」
言われてみれば確かに、俺が今持っているそれと見比べると色が違う。
そんなことを考えていると、ビュールが戻ってきた。
「ヒヒッ、お疲れ様。分け前は後で分配されるから、とりあえず一旦戻るぜ」
ビュールの手元にはギルドから渡されたであろう報奨金が入った袋が三つ握られている。クエストさえこなせればオーケーだと思っていたが故に、俺にも少しは分前があることに驚いた。
ビュールについていき、朝集まっていた場所にまた戻ってきた。もうすでに人相の悪い集団はある程度集まっているが、俺たち以外にもどうやらランクが低い奴らも連れてこられているらしい。
「お前らちょっと待ってな。メドウのカシラ! 今日の分です! ヒヒッ」
ビュールは俺たちをそんな集団の隅に立たせると、報奨金の入った袋をメドウと呼ばれた男に渡しに行った。朝、ジュエルが案内してくれて最初に出会った男はある程度の地位があると思っていたのだが、カシラなのか。
それからも続々と冒険者たちが戻って来ては、メドウに袋を渡していく。気がつけば男の足元にはこんもりと袋の山ができていた。
「よし! 揃ったな! ではこれから分けていくから、それぞれパーティのリーダーは俺んとこにこい!」
リーダー? と思っていると、ビュールが立ち上がった。まあそりゃそうか、と思いながら彼を見送る。
それぞれ他のパーティもメドウに親しいであろう奴がリーダーになっているようで、並んでいるのは似たような面々ばかりだった。
そんな奴らに、メドウは順番に袋を渡していく。見た目の割に存外計算は得意なのか、パーティごとに色々と判断して分前を調節しているようだ。
しばらくするとビュールの番になった。彼は袋を一つ受け取ると、こちらに戻ってくる。
「ヒヒッ、今日はこれだけだ。ここから俺の分を除いて、あとは適当に分けろ。お前らはブルの肉を回収し損ねたからな、植物採集も含めてギルドからのボーナスはなかったぜ」
ビュールは袋の中から十枚ほど硬貨を取り出すとこちらに投げてよこし、あとは全て自分の懐にいれた。
まあ、こんなもんだろうな。今の身の丈に合わないようなクエストを受注させてもらって、試験のために下駄を履かせてもらっているだけでも十分ありがたい。他に俺にもできそうなクエストがあればそっちを狙って、なければここを頼ってみようかな。
「ジュエルさんに全部あげますよ。俺は色々蓄えもあるんで」
「あ、ありがとうございます! でも……」
何かいいたげだったが、そんなジュエルをビュールが睨んだせいかそれ以上言葉は進まなかった。
「それじゃあ解散だ! と、その前にビュールとそこの二人、それとあとインドラとそこの三人も残れ。いいな!」
メドウが手を打ち鳴らすと、静かだった集団が一気にガヤガヤと騒がしくなりながら散り散りになっていく。その場に残ったのは呼ばれた六人だけだった。
「まずヤマト、お前からだ」
メドウは俺を手招きして呼んだ。
「お前は俺たちにクエストを斡旋してもらった、そうだな?」
「ええ、そうですけど……」
やたらと顔が近い。臭くはないが生暖かい息が顔を包み込んでくる。
「なら、それ相応の対価は払ってもらう必要があるよなぁ?」
「ええ、ですから、今回のクエストの報奨金はビュールさんが持って行ったんじゃ……」
その瞬間、近くに置かれていたテーブルが蹴り飛ばされた。
「ナメたこと言ってんじゃねぇよクソデブがよ! それはクエスト達成と引き換えに“ギルド”が渡してきたもんだ。お前が渡すのはお前が自分で感謝の気持ちを込めた金銭だ。しめて三万ダルク。Bクラスクエストの斡旋料が五千でCクラスクエストが千。俺たちに渡す手付金が一万四千に、入会金が一万。計算は得意か? おら、冒険者カード出して自分で確認してみろよ」
冒険者カードをポケットから取り出し、魔力を通してみる。俺のステータスなんかが並んでいる横には、確かにメドウに対してマイナス三万ダルクの文字。
「ヒヒッ、安易に他人にカードを渡すのは御法度。ちゃんと授業で習ったよな? ボク?」
あの時、あのパーティを組んだ時にあの男に何かされたのだ。
今更気がついても遅い。だが、そうなのだろう。
三百ダルクがどれほどかはわからないが、さっきわたされた硬貨には全て100と刻印されていたことを鑑みるに、元から到底払わせる気のない金額だということもわかった。
さあ、と俺の額から熱が抜けていく。
「そ、そんなこと言ったって俺お金なんて持ってないですよ!」
「そんじゃあしばらくは返済のために頑張ってもらわねぇとな。って言っても、Dランクが受けられる仕事で三万ダルクなんて稼ぐには、依頼何回分なんだろうな?」
「な、ならCランクに上がってからでも……」
額に汗が垂れる。うまい話がそうそう存在しないと言葉では知っていたが、騙されたことは一度もなかった。画面の向こうで項垂れて警察に連れて行かれていた彼らはこういう気持ちだったのだろう。
「じゃあ頑張って這い上がれよ。それに、お前は知らないだろうが、そこのボケナスどもはもっと大金で背負ってるだぞ。ほらお前らも、明日からも頑張れよ!」
ゲラゲラと笑いながら肩を叩くメドウの顔に一撃入れてやろうかとも考えたが、あの剣技のビュールが下につくほどの男だ。今何かアクションを起こしても反撃をくらうだけ。そうじゃなくとも、ギルド内での暴力沙汰がどうなるかくらいは予想がつく範囲内だ。
「いやあ、ジュエル! よく連れてきたな! お前の今回の費用はゼロにまけてやるよ!」
暗い顔で俯いたジュエルが「ありがとうございます」と小さく呟く。俺はジュエルにも騙されていたのだと、この時初めて分かった。
「ま、お前みたいなCにも上がれなさそうな愚鈍デブに興味はもうねえや。次からも頑張れよ」
そう言うと、メドウは俺を存在しないもののように他の四人に目を向けた。
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