39 案外良いかも
あの後結局断るタイミングを与えられずに、俺、ジュエル、ビュールの三人は王国を出ていた。
「ヒヒッ、それにしてもあのジュエルが勧誘してくるなんてな。お前もちょっとはできるようになってんじゃん」
俺には目もくれず、ビュールはずっとジュエルの肩に手を回しながら頬を舐めるくらいまで顔を近づけて話し続けている。
「は、はい。ありがとうございます……」
嫌がっている様子だが、俺に止める義理はない。それに、Bランクと言っていた。今の俺がこの男に何か文句を言っても、逆にやり返される可能性が高い。
が、なんとかすべきではあるだろうなと思い、俺は口を開いた。
「で、ジュールさん、今回のクエストは何なんですか?」
「んぁ? んだよ、口の利き方はちゃんとなってんな。と、その前にパーティを組んどかねぇと。お前らは勝手についてきただけで、クエストは俺だけしか受注できてませんでした、なんてトラブル、お前も嫌だろ?」
「そうですね。で、どうすれば?」
「ヒヒッ、冒険者カード貸してみな」
俺はポーチからカードを取り出すと、ビュールに手渡す。ビュールはそれに何やら魔力を込めると、俺に手渡してきた。
「お前もそれに魔力を込めれば契約成立だ」
「ありがとうございます」
受け取ったそれに、俺は魔力を通した。変化はなさそうだが、どのような形でこの申請が通っているのだろうか。
「と、本題だったな。ヒヒッ今日はロータスブルの討伐だ。あとは適当に採集クエストも受けてきたから、そっちをお前らはやってもらう」
口調の割にしっかりと考えているようで、ビュールはクエストの詳細が書かれた紙をこちらに渡してきた。ロータスブル、どうやら沼地に生息するツノの大きな水牛らしい。凶暴であるがその分肉がたくさん獲れて美味であると重宝されているらしい。
その結果、討伐依頼が出されているようだ。回収した肉の分だけ追加報酬もあるらしく、ビュールは俺に大きな袋を持たせてきた。刻印を見るに、俺のリュックやポーチと同じように外からの見た目以上に入るようになっているのだろう。
ただ、Bランクの冒険者が一名以上いるパーティでないと受注できないと書かれているあたり、相当手強いことは間違い無い。そんなクエストを俺やジュエルを引き連れながら受注できるだけの実力は、この男にはあるということだ。
採集クエストはそんなロータスブルの生息地である沼地に生えている藻の回収。一定以上の重さで引き取ってもらえるらしい。これはCランク以上であれば受注できるものらしいが、そもそもロータスブルの生息する地域に赴く冒険者も少なく、穴場なクエストだとビュールは説明した。これの回収はジュエルに行わせるらしい。
そんなことを説明されながら草原をしばらく草原を南下すると、地面がどんどんぬかるんできた。蓮の花がところどころに咲く、見るからに沼地のような地帯だ。
俺とビュールは足が沈む前にズボンの裾を、ジュエルはスカートの裾をそれぞれ捲った。ビュールの視線がジュエルの足先に向かっていのがあからさまに見て取れる。
「お、居たぞ。あれだ」
足を泥で汚しながら進むと、まばらに牛が沼を
ビュールは剣を構え、ジュエルは杖を腰から取り出す。
「ヒヒッ、お前、武器は?」
「俺はこれだけです」
手をひらひらと前に出すと、納得したようにビュールは前を向き直した。
「なるほど。そいつはいいや。ヒヒッ、じゃあDランクくんは一旦俺の剣技をしっかり見ときな。さっさと倒してくるから……さ!」
その声と共に、俺やジュエルの方に泥が撒き散らされる。ビュールが沼地を蹴り上げた衝撃で舞った泥のようだ。
咄嗟に顔を隠していたおかげで目や口に泥が入ることは防げたが、気がついた時にはビュールは少し先まで走り出していた。
そのままブルに突進し、一頭の首を刎ね飛ばす。素早い剣の動きだ。それでいて切れ味もある。特殊な剣には見えなかったが、俺の拳と同じように魔力を込めれば切れ味も増すのだろうか。
ビュールの周囲に点在していたブルたちは一瞬でそれに気がつき、ビュールの方を向いた。逃げるわけではなく、殺すための動作だ。そして一頭、また一頭と突進を繰り返していく。
だが、ビュールはそれを最小限の動きで避けていった。沼地で足が取られるというにも関わらず、その動きは俊敏である。
「あれ、どうなってるんだろ」
見ているしかなかった俺の口から、ポロリとそんな言葉が溢れた。
「足から風魔法を出して一瞬だけ泥を吹き飛ばしてるんですよ。衝撃でかたまった泥を蹴って動いてると、彼本人が言ってました」
上機嫌で教えたのだろうなという光景がありありと目に浮かぶ。
その間にもビュールは何頭ものブルの首を切り落としていった。
しばらくすると生き残ったブルがいるにも関わらず、ビュールはこちらに戻ってくる。
「ヒヒッ、討伐に必要な数は狩った。あとはあれの収集をすればボーナスが出るんだが……できるか?」
警戒状態のブルが、しかし少し離れた距離だからかこちらを睨んだまま動かない。死体は沼の底に沈み始めており、今の俺が走っていっても間に合わなさそうだ。
「いや、多分できないです。すみません」
俺が謝ると、ビュールは笑顔で俺の肩に手を置いた。
「ヒヒッ、誰だって最初はそうだ。これから覚えていこうな?」
人相の割に案外優しい、初心者を育成するのが上手い男だなと感じる顔だった。
「ヒヒッ、じゃあジュエルの方を手伝え。泥の中に生えている藻をその袋の中に入れていくんだ」
言われるがまま、俺はジュエルと共に泥の中に手を突っ込んで探し始めた。見えない泥の中で手の感覚を頼りに植物を探す難しさは相当なもので、日が暮れかけ頃には俺とジュエルは泥だらけになっていた。
「ヒヒッ、お疲れさん。じゃ、戻るか」
気を使ってジュエルは自分の持っていた袋がいっぱいになっても俺の袋に詰めていってくれたため、俺の袋にもある程度の収穫物があったことだけが幸いだった。
帰り道、ビュールには聞こえない声でジュエルが話しかけてくる。
「あの、ありがとうございました」
「いやいや、俺こそ助かりましたよ。まだ慣れてないんで、ほんとに」
「あはは、そうじゃないんだけどな……」
ジュエルは何かを言いたげだったが、それ以上聞くことはできずに俺たちは王国に戻った。
初仕事は意外にも楽しく、この先に苦労が待ち構えていることなど、今の俺には知る由もなかった。
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