38 足りない部分の穴埋めにリスクはつきもの
俺はクエストが貼られているボードの前に立っていた。特大の横長なコルクボードには、さまざまな条件のもと、クエストの応募が掲載されている。剣術の指南(ランクB以上、使用武器:剣希望、子供に対する指南のため子供好きな方優遇します)といったものやエーテルスライムの討伐(ランクC以上、南方の洞窟への遠征が可能な方)などの討伐依頼、あるいは満月草の採集(ランクD以上、個数上限有、オーバーは追加の報奨有)などといったものまで様々だ。
とりあえず何も考えずにDランク以上と書かれていた張り紙を一枚手にとった。
一通り流し読んで気がついたのだが、習ったわけでも無いのに俺はこの世界の文字を読むことができる。が、まあこの体の常識がそうさせているのだろう。そうでなければバインハルトとの会話の時点で何を言っているのか理解すらできなかったはずだ。
俺としては討伐や護衛などの方がやりやすくてありがたいのだが、あいにくランクD相手の依頼は限られており、そういったものは見つけられなかった。
「相変わらずDランクは独占されてんな」
そんな会話が聞こえてくる。相変わらずということは、誰かがずっと独占しているのだろうか。
「あれ、何してるんですか?」
ボードを眺めている俺の後ろから、聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。振り返るとそこにはジュエルが立っていた。
「Cランクに上がるための試験にクエストの受注を十回しなければならないって聞いたんですよ。試験まで一週間しか無いとも聞いてたんで、とりあえず何かしようかな〜って思ってて」
「なるほどなるほど。Dランクでも受けられるって仕事を探すのは確かにちょっと難しいですね」
顎に手を当て、ジュエルが悩ましい表情を見せる。
「なんでですか?」
「基本的に依頼者の方も、当然ランクは高ければ良いと思ってるんで低いランクの方にお仕事を出すことってほとんどないんですよね。だから、Dランクに対する依頼って本当に少ないんですよ。たとえば……」
そう言いながらジュエルは少し高い位置にある張り紙に手を伸ばした。が、取れないようなので俺が代わりに外して渡す。
「これなんかはDランク用にギルドが出してるやつですね。クェイクモールの討伐、これとかは誰でもできることなんですけれど、Cランクに上がる人のために出されてる依頼ですね。報酬はその分少ないんですけど、こういうのを数をこなしていくのが良いと思います」
ジュエルから受け取った紙には、確かにそのように依頼内容が書かれている。クェイクモールと言われてイメージは付かなかったのだが、どうやら大きめのモグラらしい。張り紙には討伐対象の魔物のイラストも描かれていた。
「なるほど、じゃあこれ受けようかな」
俺は持っていた紙を二枚、折りたたんでポケットに入れた。
「あ、実はそれ以外に裏技があって……」
ジュエルが少し悪い顔で、声色を落として言ってくる。
「ほう? それはどういう……?」
「簡単な話なんですけど、ランクが上の人とパーティを組むんです。パーティで受けられるクエストのランクってそのパーティの一番上の人が参照されるんで、受ける数も増えて簡単に仕事もこなせちゃうって寸法ですね」
「なるほど」
「まあ、寄生させてもらってるんで、そうなったらほとんど分け前はもらえないんですけどね」
遠くを見つめているジュエル。経験があるのだろう。彼女もここ最近までEランクだったのだから。
「でも、どうやってパーティなんか探すんですか? 俺、ここに知り合いなんて居ないんですけど」
「それは……探すしか無いんですけど、一応私の参加させてもらっているパーティが募集してるんですよね。どうですか? 今から来たりとか」
少し怪しいが、渡りに船だ。金銭関係の問題はこちらでなんとか解決するしかないが、そんなことを気にしている場合ではない。
「お願いしても良いですか?」
ジュエルの顔がパッと明るくなる。
「じゃあ案内しますね!」
「あっ、でもこれ……」
俺はクエストが張り出されているボードとジュエルの顔を交互に見る。
「大丈夫です大丈夫です。後で申請しに来れば良いんで」
それもそうかと思い、俺はポケットに突っ込んでいたそれを丁寧にポーチにしまった。リュックの中に入れていた、マワシ一つと小物が少し入る程度にだけ拡張されたウエストポーチのようなそれだ。今日はマワシを入れていない分、スペースが空いている。何を入れるわけでもないが。
ギルドの中をジュエルと共にしばらく手を引かれて走ると、冒険者であろう人たちがグループになって集まっている場所にたどり着いた。テーブルや椅子がまばらに置かれており、それに座っている人々もいれば、地面に座って何か道具のメンテナンスや確認を行なっている人々もいる。
そんな中で一際人相が悪そうなグループにジュエルは近寄っていく。大丈夫かと思いつつも、俺はそれについて行くしかなかった。
「ジュエル! おせぇぞオメェよ!」
「ひっ……ごめんなさい! あの、新しい冒険者の人で、役に立ちそうだったのとCランク昇格のためにクエストが必要だということで、連れてきました」
先ほどまで明るかったジュエルの顔が少しだけ萎縮したような表情に変わっている。
座っていた人相が悪そうな冒険者たちの中の一人、一番奥に座っていた大柄な男が立ち上がってこちらに歩いてくる。ムトほどではないが、俺よりもいくぶんか体格が大きく、力も強そうだ。
男は俺を見下しながら、値踏みをするようにジロジロとこちらを見てくる。その舐めるような視線がなんとも不愉快だ。
「おいジュエル! こんなお前と同じくらいのガキじゃねぇか! しかも、クソみてぇに太ってやがる! 豚じゃなくて冒険者連れてこいよ!」
ゲラゲラと周囲の冒険者を巻き込みつつ、男は笑っている。笑われることに対しての不快感はないが、こんなところに俺を連れてきたジュエルに対してあまり良い印象は得られない。
急ぐ理由があったとはいえ、こんな物言いをするような奴らと一緒に居れるほど俺の心は善人ではないのだ。
「あの……」
「だが、俺もクズ野郎じゃねぇ。そんな使い物にならなさそうな奴でも、ちゃーんとクエストに連れてってやるよ」
俺の言葉をかき消すように男が言った。それでもと文句を言おうとする俺に、男は近寄って肩を組んでくる。
「よっしゃお前らぁ! 新入りだ! 手厚く歓迎してやれよ!」
断りにくい空気を作り出されてしまい、俺は何も言えないまま別の男のところに案内されてしまった。細身で歯が少し飛び出た、ネズミのような顔つきの男だ。
「おいビュール、ジュエルが連れてきたガキだ。ランクを上げるためにクエストをこなしてぇそうだから、適当に手伝ってやってくれ」
ビュールと呼ばれた男はニヤつきながら俺の方を見る。
「あぁ、ヒヒッ……よろしく。うちのパーティは俺以外君みたいな初心者が多いんだけど、Bランクの俺が居るから負けることはないと思ってくれな。ヒヒッ」
男は手を差し出してくる。握手を求めているということだろうか。
俺はなんとなく、握手をし返してしまった。
「よし、じゃあビュールから後のことは聞いてくれ。さ、お前ら! 今日もまたクエストこなしていくぞ!」
おぉ! と集団が一斉に声を上げた。混ざり合った喧騒よりも騒がしくて、耳に刺さるようなうるささに心地よさなどはなかった。
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