37 進むために
結果的にこんなことになってしまったが、元はと言えば展望スペースには何をするわけでもなくふらりと立ち寄っただけだった。だから、ホームズが去ってしまい感傷にも浸り終わった自分にとって、そこに居る意味も無くなってしまった。
「戻るか」
メソメソしすぎたとしても仕方がない。ムトは俺を生かしてくれた、そう割り切るしか無いのだから。
俺は部屋の中にいた兵士に「お疲れ様です」と挨拶をし、教会の中に戻った。兵士はそんなことされ慣れていなかったからか、戸惑いながらも会釈を返してきたことが面白かった。
先ほどまで月明かりの真下にいたせいか目がそれに慣れてしまい、行きと同じはずなのにやけに暗く感じてしまう通路を進む。少しこわいが、この程度病院の夜と比べれば大したことはない。
それに、ホラーを見慣れていない俺は怖いものがあるという事実と根源的な恐怖を知ってはいるものの、こういった暗い中、見えないところに何かがいるのではないかという恐怖はあまり感じたことがなかった。
「おや、こんな夜更けにどうなされましたか?」
「おわあっ!?」
前言撤回。こんな中で突然老人が目の前に現れたら恐怖を感じて驚かないわけがない。立っていたのは司祭だったが、こんな時間にここで何をしていたのだろう。蝋燭やらは俺の借りた部屋にすら設置されていたはずなのだが、司祭はそのようなものを持っている雰囲気ではなかった。
「はは、驚かせてしまって申し訳ありません。この時間は皆眠っているものですから、珍しくてですね」
「はぁ、びっくりした……。こちらこそすみません。夜風にあたろうと思いまして」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
「そうでしたか。確かにあそこは一日中開けてますので、いつでも利用なさってください。それと、誰かとお話なさっていましたか? 何か話し声が聞こえたもので」
「あ、それは……」
ホームズのことは言って良いのだろうか。なんとなく急いできたとも言っていたし、何よりも司祭の口ぶりからして許可は取っていないような気がする。いくら兵士の中でも優遇されている身分とはいえ、勝手に教会に入ったことは少し許されないことなのかもしれない。
「いや、見張りの兵士の方に挨拶しただけですよ」
「そうでしたか。申し訳ありません。他に誰かが侵入していたとなれば問題でしたので」
「そうなんですか?」
「ええ、もちろん。いくらか私の方でも王城の方でも対策がなされているとはいえ、直通で敷地内に入ることができる場所ではありますからね。敬虔な国民の善意によって成り立っている良いスペースが一人のせいで無くなってしまうのは惜しいことですから」
司祭はにこやかに言う。
「そうですね。誰か侵入者が居たら俺が捕まえて見せますよ! 一宿の恩もありますしね」
「はは、頼もしい限りです。まだまだ朝は遠いものですから、お部屋でお休みになさっていた方がよろしいですよ。それでは、神のご加護が在らんことを」
司祭はそう言うと、展望スペースの方に歩いて行った。
「隠しちゃってよかったのかな」
それを見ながら俺は呟いたが、その答えは見つからなかった。
自室に戻り、枕元に水筒を置いた俺は、もう一度ベッドに寝転んだ。窓もない小部屋だ。月の光も入って来ず、蝋燭も寝る前に吹き消したためつける手段がない。そのため部屋の中は真っ暗だ。
簡単な魔法くらいならミーナに教わっておけばよかった、などと思いながら瞼を閉じると、俺はまた夢の世界に足を踏み入れていた。
・・・
目が覚める。扉の隙間からは光が入ってきており、どうやらもうすでに朝日は昇っているようだ。扉を開けると眩しい日の光が目に飛び込んでくる。
まだそこまで遅い時間では無いようで、教会の扉は開いているものの礼拝堂にはまばらにしか人がいなかった。
「おや、おはようございます」
司祭は箒を持って礼拝堂の掃除を行なっており、周囲には何人かの神父がそれを手伝っている。
「おはようございます」
「良い挨拶ですね。今日はどちらへ?」
「Cランク昇格試験の申し込みと、あとはお金を稼いでこようかなと思ってます。流石に何日もここに泊まらせてもらうわけには行きませんから」
「はは、良い心がけですね。ただジュエルがCに上がるくらいまでは居ていただいても構いませんよ」
それがいつになるかはわからない漠然とした約束だったが、そう言ってもらえるのはありがたかった。
教会を出るともう通りには人がある程度おり、朝市のように新鮮な果物や魚なんかを売っている人もいる。お金さえあれば買ってみてもよかったのだが、あいにく今は一銭も持っていない。
「ギルドでクエストってのを受けれるんだっけ」
それが何かはわからないが、冒険者のすることなのだからそれが生計に関わることなのだろう。
ギルドの中は昨日の様子とは少し違った雰囲気があった。昨日はどちらかといえば利用者が多かったイメージなのだが、この時間はギルドを出発地点としている人が多いような、そんな印象だ。
広いスペースで今日の予定を話し合っている数人の集団が何組かいる。彼らはこれから何をするのだろうか。聞き耳を立てることはしなかったが、少し面白そうで気になった。
そんなことをしながら、俺は昨日のカウンターに赴いた。カウンターには昨日とは違った男性が座っている。緑の制服を纏っているあたり、彼もここの職員なのだろう。メガネをかけ、真面目そうな顔つきだ。
「すみません。Cランクの昇格試験を申し込みたいんですけど」
「はい、では冒険者カードを提示していただけますでしょうか?」
言われるがままに俺はカードを差し出す。それに魔力を通すと、手元の書類と照合し始めた。
「ヤマトさん……ですね。はい、えっと、申し訳ないのですが、今のところ受験の条件を満たしていないようですね」
「え、でも受講に関しては免除されているはずでは……」
ホームズが言っていたことが確かなのであれば、問題はないはずだ。昨日の今日では流石に無理だったのだろうか。
「いえ、そちらは免除されております。それよりもクエストの達成回数不足でございますね。試験日の前日までに十回以上、Dランクのクエストを達成していただかないと受験することができない決まりとなっておりまして……」
メガネをクイとあげ、申し訳なさそうに男性は言う。
「わかりました。じゃああそこからクエストを受ければいいんですよね?」
「ええ、そうですね。Dランクのものはそう書かれておりますので、それを申し込みしていただければ、はい」
「ちなみに次の試験日って最短でいつなんですか?」
俺の問いかけに男は手元の紙束を捲る。
「えー、紹介状はレイラーニ教官のものでしたので、ヤマトさんは七日後に受験可能ですね」
なるほど。クエストの内容にもよるが、それならギリギリなんとかなるかもしれない。
「ありがとうございました」
俺が礼をすると、男も頑張ってくださいと礼を返してきた。
俺はクエストを確認するために、一度その場を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます