29 知られてしまった事実
「アンタ、これどこで手に入れた? それともその師匠とやらから貰ったの!?」
レイラーニはリュックを床に置き、俺の肩をがっしりと掴んで言う。
「いや、普通に倒して剥ぎ取ったやつですよ。とは言っても俺がやったのは弱ってる方で、強いのはムトさんが倒しましたけど……」
「弱ってる……方? なんのことを言っているの。あの森に閉じ込められているドラゴンは一匹で、永遠の命があるはずなのよ」
永遠の命……? いや、普通に倒した気がするのだが。
「何かの間違いじゃないですか? アレは最後の稽古として倒しただけであって」
「……ごめんね。知ってることを全て聞かせてくれる?」
鬼気迫る様子だったレイラーニは呼吸を整え、椅子に座る。俺は知っていることを全て答えた。あのドラゴンが子供を産んだこと、そのためにメスが弱ること、俺が倒したのはそのメスで、オスはムトが倒したこと、その全てだ。
「ふむ……。こっちの知ってる情報とは全然違うな。いや、それにしても一人で倒せたのはすごいことだと思うよ。基本的にどんなに弱いドラゴンもよっぽどじゃない限り複数人で、しかもちゃんと対策してかかるのがベストだから。言ってたそのミーナちゃん? って子のサポートがあったとはいえ、十分すぎる。むしろそれほどサポートが上手い子なら多少一人で居ても生き残れてるかもね」
そうなのか、と俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ただ、子供のドラゴンが残っているのはちょっと厄介かも。今森に入っちゃったら誰も出られない状況で、あの森の中で成長されるのはこっちとしては困る。多分アンタの師匠は生きていればそれだけで抑止力になっていたんだろうけれど、今はそうは行かない。ただわかっていてほしいのは、アンタがどうあれを認識しているかはわからないけれど、他のヴァルキリー種は育ち切った一匹が居れば国が一つ滅ぶほどだってこと」
「そんなにですか……」
立ちあがろうとする俺の肩をレイラーニが抑える。
「まあ、それに方法がないわけじゃないしね」
「その方法って?」
「他の
「その人にはどうすれば会えますか」
「どうすればって言ったって、一番近くの迷いの森に行って頭を下げるしかないわけだけど、それは今のアンタには無理」
レイラーニが首をすくめる。
「なんでですか! 俺一人でも行きますよ。場所さえ教えてくれるなら迷惑はかけませんし」
「無理。一番近くの森は国境を越えた先にあるから。基本的に国境ってのは王国からの許可証をもらった兵士、あるいは商人。あとはうちのギルドのCランク以上の冒険者だけが通れる。何かあった時のトラブルにならないようにそうきまってるの。それでアンタは今、何者でもないただの一般人。そんな人間を通してくれるほど国境警備は優しくないよ」
「じゃあ、その誰かに手伝ってもらって……!」
「だめ。許可証を持ってない人は誰であろうと通れない。どうする?」
どうすると言われても、選択肢は一つしかない。多分それをわかっていてレイラーニも言っているのだろう。
「ギルドって、冒険者ってどうやったらなれるんですか」
「ふふ、そう来ると思ったよ。推薦状をアタシから書いてあげるから、もっとちゃんと動けるようになったらこのギルドの一階に行ってみな」
すでに準備していたであろう封書が枕元に置かれる。
多分、俺が活躍すればレイラーニ側にも得がある。だからこうやって誘導して、勧誘してくるのだろう。だが、少し安心した。
元々このまま稽古が終われば魔王に対しての使い捨てのコマになりかねなかった自分が、少しだけ自由に生きられるとわかったからだ。
ただ、なにをするか考える前にまずはミーナの救出からだ。ムトが居ない今、ドラゴンが成長してミーナを襲うかもしれない。それだけじゃなく、森の中の魔物も危なくて、なによりも食糧が枯渇する心配もある。そんな状況、放っては置けない。
急いで立ちあがろうとするが、俺の足はまだ痺れていてうまく動かすことができなかった。
「あんまり無理に動くんじゃないよ。その足が一番ダメージあったんだから、しばらく寝てな。アンタ一人がずっと寝ているだけで数が足りなくなるようなベッドの数じゃないからね」
レイラーニは俺の頭を軽く撫でると、椅子から立ち上がる。
「他の馬鹿どもを治しに行ってくる。自分で動けるようになったら勝手に出ていってちょうだい」
そう言って、レイラーニは部屋から出ていった。看病しながら俺を勧誘できたからもう目的は果たされた。そんな様子の適当さだった。まだ少し足に痺れが残ってはいるが、それでも少しは動ける。俺はゆっくりとベッドから降り、自分のリュックを手元にたぐり寄せた。
中を探る。確かに少し物の位置が混ざっているような気がしたが、特になくなっているものはなかったようで良かった。
俺は中から葉っぱ包みを一つ取り出す。ミーナが最後に渡してくれたものだ。開けるといいパンの香りが漂ってくる。
口に含むと、良い小麦の匂いが口に広がり、鼻を通り抜けた。
ミーナ、心配だろうけどちょっとだけ我慢しておいてほしい。そんな決意が心の奥底からヒシヒシと湧き出してくるような、そんな感覚が俺の身体中を支配していた。
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