30 いざ!
しばらくすると痺れも取れ、体も動くようになってきた。手のひらを握り、開きを繰り返しても、力が十分に入るほどまで回復している。
それにしてもあの女性は本当に警戒心というものがないのだろうか。よそ者であるはずの俺を置いていき、あれから一人も監視に来ない。それでいてこの部屋にはいくつか棚が置かれており、盗もうと思えば中に入っているものは余裕で盗めそうだ。……まあ、盗まないけど。
俺は置かれていたリュックを開き、中から衣服を取り出す。流石にマワシ一丁でここを歩けるほどの胆力は持ち合わせていなかった。
ガチャと扉を開け、部屋から出る。俺のいた部屋は廊下の突き当たりにあったようで、目の前には真っ直ぐ木の床と土の壁の廊下が続いていた。何人かがセカセカと歩いており、出てきた俺を一瞥しては去っていく者、気にせずに別の者と話し続けるものなど様々だ。そしてその全員があまり俺に興味を抱いていない。
一歩踏み出すと、ギィと床が鳴る音がする。心地の良い音だ。
廊下を歩くと、右手側に階段が見えてきた。どうやらここは建物の二階のようだ。下には小さな出入り口が一つと左右に伸びる大きな通路。そこは結構な人々が行き交っている。
さっき見せられた地図がどれほどの縮尺かあまりわからなかったが、周囲の建物を表していた多角形の大きさからして、この廊下だけでギルドの全てというわけではないのだろう。
俺はゆっくりと階段を降りた。動けるようになったとはいえ、まだ足は少し痺れている。
一階に降りると、思っていた以上に左右に伸びる通路が長いことがわかった。さっきの廊下が本当にこの建物の一角も一角であったことが実感させられる。
窓から差し込んでくる日の光が眩しい。外からは賑やかな声がよく聞こえてきており、人影は絶えず左右に何人も歩いている。
「あ、あの」
とりあえずどうすれば良いかわからなかった俺は、近くを歩いていた皮の鎧を纏った男性に声をかけた。
「ん? どした? 見ない顔だけど、新人か?」
「あ、ええと……これってどこに出せばいいかわかりますか?」
手に持ったレイラーニの紹介状を見せると、男性は納得したように通路の先を指差す。
「あそこに持っていきな。紹介状付きの冒険者登録なら、すぐに済むと思うぜ。しっかし……それレイラーニさんの紹介状か。頑張れよ新人」
肩に手を置き、男はサムズアップをしてくる。それがなにを意味しているのか俺にはわからず、ありがとうございますとそそくさと去ってしまった。また今度であったら謝らねば、そう思いながら俺は通路を進んでいた。
広い通路はさまざまな格好の人々が往来しており、持っている武器も様々だ。弓矢を背中に装備しているような人物もいれば、大きなハンマーや剣を腰や背中にさしている人もいる。
あまりファンタジー作品を詳しく見たことはなかったが、こうやって見ると俺も本当にファンタジーの世界に来てしまったんだなと実感せざるを得ない。
人が多い中を歩くことがこの体格になってほとんどなかったせいか、腰や尻を時々ぶつけてしまい適宜謝るしかないのが恥ずかしい。もう少し気をつけて慣れるまでは歩くしかなさそうだ。
しばらく歩くと、それっぽいカウンターが見えてきた。間違っていたとしてもそこでどこにいけばいいか聞くこともできるだろう。そう思って俺はそのカウンターに向かう。運がいいのかそれともあまり使われることのない場所だったのか、すぐに対応してもらうことができた。
「どうなされましたか?」
大きな図体に少し警戒しているようだが、対応してくれた女性は笑顔でこちらに尋ねてくる。他のところを見る限り、この女性が着ている緑のベストはギルドの制服らしい。
「あ、あの、これ持ってここに来いと……」
「少し失礼しますね」
俺が差し出した封筒を女性は手に取り、表裏を確認する。
「レイラーニの紹介状ですね。受理させていただきます。それでは冒険者志望の方として登録させていただきますが、構いませんか?」
「ええ、じゃあよろしくお願いします」
俺が首を縦に振ると、女性は手元の書類何枚かに書き込み、引き出しからカードのようなものを取り出した。
「では一度これに魔力を込めていただけますか?」
渡されたカードに魔力を込めると、何か模様が刻印されていく。それが何か読むことはできない。
「はい、ありがとうございます。これにて登録は完了いたしました。そのカードはお持ちになってください。魔力を通せばヤマトさんの現在の情報を確認することも可能です。ただし、個人情報なのであまり簡単に他人には見せないことをお勧めいたします」
女性は先ほどのカードを手渡ししてきた。見てみればなにが書いてあるかは相変わらずわからなかったが確認のために後でやってみようかな。それにしても……。
「あの、これからどうすれば良いんですか……?」
冒険者に登録したは良いが、これからなにをすれば良いかがわからない。今すぐにでも
それに、普通に生活していくことも考えなければならない。
「そうですね。レイラーニの紹介状からの登録ですので、すぐにランクアップの昇格試験を受けることも可能です。それ以外であればあちらのクエストボードから依頼を受けることも可能ですね。依頼を受けたい場合はあちらのカウンターに提出していただければそのまま依頼を受けることも可能です。ヤマトさんは見たところ護衛や討伐の依頼が得意そうなので、そちらをまずは受けてみるのもいかがでしょうか?」
女性が指差した先には大きなコルクボードが壁に貼り付けられており、確かに何枚も紙が貼られている。色分けがされており、そのどれかがそうであるようだ。
ただ、今回の目的は早くランクを上げること。それが最優先事項である。
「ちなみにランクの昇格試験は……?」
「それならば……少々お待ちくださいね」
女性は手元の書類をパラパラとめくる。
「ヤマトさんは現在Eランクですので、今から申請していただければ今日の試験を受けることも可能ですね。申請いたしますか?」
Eランクか……。多分D、Cと上がっていかなければならないから、今回受かったとしてさらに一回は試験が必要なのだろうな。
「ぜひよろしくお願いします!」
俺がバン! とカウンターを叩くと女性は少し驚きながら申請を通してくれた。
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