32 知らぬ間にどうやら不本意ながら

 戻ってきたヤックルの手の中に一枚の小さなメモが握られていた。開いてみるとそこには“11”と書かれている。

「オレら一番最後だってさ! やべー緊張する」

 一番最後か。ヤックルには申し訳ないが助かった。他の十組がどんなことをするのかを見ておきたかったのだ。戦い方を見ておくことは自分たちの攻略に繋がる。

 俺たち待機組は一度端の方に寄せられ、グラウンド中央になにやら魔法陣が敷かれる。レイラーニが言うには、召喚獣が外に出ないためのものらしい。

 まず一組目、男女三人組のグループだった。仲良しなのだろう。直前に頑張ろうと意気込む様子が微笑ましかった。

 三人が魔法陣の中に入り、各々の武器を構える。

「はじめ!」

 レイラーニの掛け声と共に、その中に一匹の魔物が解き放たれた。見たところあれはグラウンドボアだ。召喚獣とは言っているが、魔物を作り出す魔法か何かなのだろうか。

 なんだ、あの程度なら俺一人でも倒せる。そう思っていたのだが、魔法陣の中にいる彼らはそうでは無いらしい。グラウンドボアを初めて見たようで、戸惑いながら三人は目を合わせている。

「よそ見をするな!」

 レイラーニの喝が飛ぶが、時すでに遅し。グラウンドボアは三人に向かって突進を始めており、二人をまとめて薙ぎ倒す直前で消滅した。

「試験中止、次!」

 レイラーニは手元の書類に何かを書きながら三人を外に出るように促した。うっすらと涙を浮かべながらも、自分の悪かったところが何かを彼らはすぐに話し合っている。今回は不合格だろうが、次はもしかすると合格するかもしれないな、といった空気を感じられた。

 次の三人組はヤックルの友人三人だった。魔法陣の中に入っていく三人を見ながら、ヤックルが横で「頑張れよー!」と叫んでいる。三人もそれに応えるように手を振りかえしていた。

 三人が魔法陣に入りきり、武器を構える。剣、ハンマー、槍をそれぞれが持っているようだ。ハンマーのサイズは子供が持つにしては大きものだったが、相当な筋力があるのか余裕で持ち上げている。

 レイラーニがもう一度魔法を繰り出した。今度もグラウンドボアが出現する。

 先ほどの三人とは違い、両脇の二人はグラウンドボアから目を離さずに左右に散った。敵はどこから攻めようか見失っている。

 会話をしていないにも関わらず彼らはそんな猪を目の前にして怯むこともなく、同時に突撃した。グラウンドボアに一瞬の戸惑いが生まれる。彼らはそこを全力で叩いた。ずしんと大きな音と共に、地面にグラウンドボアが倒れ伏す。三人は勝利の雄叫びを上げていた。ついでにヤックルも拳を突き上げて喜んでいた。

 攻略法がわかってしまえばあとは同じように倒すだけだろう。ここから先の受験者は楽になっていくのか。なんて甘いことを考えていたのだが、どうやら試験はそこまで甘くは無いらしい。次の三人組が相手をしたのは、見たことのないカエルの魔物だった。

 どうやら倒されるたびに入れ替えていくシステムのようで、そのカエルの魔物を討伐すると次は人型の魔物、次は大きなネズミの魔物と入れ替わっていった。

 そして、とうとう最後、俺たちの番が来た。直前の十組目が出された召喚獣を倒していたため、次に出てくる魔物が何かわからないまま、戦うことになる。

 が、勝つ法則がないわけではない。これまでの魔物は全て、召喚されてから攻撃に移るまでにタイムラグがあった。つまり、初見で相手の特徴を素早く見極めれば良いのだ。

「よし、では三人とも自らの武器を手にしたら合図をしてくれ」

 ジュエルが杖を構え後方に立ち、俺が前に立つ。ヤックルは俺の横で剣を鞘から抜いていた。きらりと光っており、まだあまり実戦的につかわれた形跡はない。

 しばらくの沈黙ののち、俺の武器がないことを思い出したヤックルはおもむろに手をあげた。それを合図として、レイラーニが魔法陣の中に魔物を召喚する。

「ぐるるるあああぁァァァ!!!!」

 最初に聞こえてきたのは、咆哮。それもこれまで出てきた魔物とは一線をかくすほどの尋常ならざる轟音だ。それでいてサイズも桁違いである。

 これまではせいぜい持ち上げることもできそうな程のものが多かった。大きければその分おっとりとして攻撃を加えやすいような見た目だったのだ。

 だが、今のこれは違う。大きい上に獰猛な牙を備え、眼光は鋭くコチラを見据えている。近いのはホワイトタイガーのそれだろうか。

 横からカラン……と音がした。あんなにも息巻いていたヤックルが剣を取り落とす音だ。

「お、おばさん! これなんかの間違いじゃねーの! さっきまでこんなのじゃなかったじゃん!」

「おばさんではない! それに、お前らは三人中二人が大人なのだから、これくらいは倒せ!」

 ジュエルを見ると、彼女もまた青ざめていた。ヤックルから見れば十分大人であろうが、まだ俺たちは青年の域を出ていない。

 多分これは俺が出ないといけないやつなのだろう。俺ならば多分、勝てる。

 ゆっくりと俺はその場に腰を下ろす。

「なにやってんだよ! 死ぬ気か!」

 横ではヤックルが叫んでいるが、そんなことは知らない。俺はそのまま前屈みになり、地面に拳をつけた。虎は目の前で唸っている。

「フゥーーーーー」

 息を全て吐き切り、肺いっぱいに新しい酸素を取り込む。目の前の虎が動き出す。猶予時間が終わったのだろう。後ろからはジュエルの「ヒッ……」という小さな悲鳴が聞こえてきた。

 俺は足に魔力を込め、地面を蹴り飛ばす。その一刹那のうちに、俺は虎の懐に潜り込んだ。向こうも戦闘体制に入ったのだろう。地面を蹴り、こちらに噛みつこうと走ってくる。

 俺は虎とカチあう直前、その場にしゃがみ込んだ。ブレーキの効かない虎は俺の行動に驚きながらも、突進をやめられない。そんな胸元に一発、俺は力を込めた張り手をブチ込んだ。これはしかしダメージになるとは思っていない。どちらかといえば宙に浮かし、相手が防御の姿勢を取れないようにすることが目的だ。

 俺の張り手によって、虎の魔物が宙に打ち上がる。向こうもダメージをおっていない様子で、ジタバタと四肢を動かしている。この時点ですでに勝ったと判断されるかもしれないが、念には念をとばかりに俺は腕を伸ばした。

 ゆっくりと落ちてくる虎の首の皮を、がっしりと掴む。そしてそのまま、頭の先から地面に叩きつけた。

 どぉん! という轟音と共に土煙が立つ。地面には伸びた虎が寝そべっており、動く気配はない。投げ技の要領で叩きつけたそれは、並の力士であれば自分から飛び上がり技にかかりに行くほどのもの。そうでないと体が壊されてしまう。

 そんな攻撃をモロに食らえばどうなるかは、予想できるだろう。

 パチ、パチと誰かの手を叩く音が聞こえる。それが伝染するように膨れ上がり、いつの間にか試験会場は拍手の渦に包まれていた。

「すげぇ! すげえよヤマト! お前あれどうやったんだ!?」

 ヤックルが近づいてきて俺の背中に飛びつく。ジュエルも小走りでこちらに近づいてきていた。

「いや、普通だよ。いつも狩りでやってたことを真似しただけ。それよりほら、戻らないと」

 後ろではレイラーニが面白くなさそうにこちらを見ていた。

「集合! 試験結果を発表する!」

 しかし私情は持ち込まないと言ったような雰囲気で瞬間的に顔を戻し、事務的に他の受験者を呼ぶ。全員拍手をやめ、レイラーニの近くに集まっていった。

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