23 今、やるべきこと

「よし、じゃあ行くか」

 いつものルーティーンのように俺とムトは朝の準備運動を終え、朝食を摂った。いつもと変わらない朝だ。

 俺もムトもマワシ以外は何もつけていない。それで勝ってこそ、稽古が終わったことの証明だとムトは話していた。

 ミーナは小屋に残るのかと思ったのだが、ついてくるらしい。ムトが言うには重要な役割が彼女にもあるそうだ。

 もう慣れて今どこにいるかが手に取るようにわかる森の中を俺たちは進んでいき、ドラゴンの棲家までやってきた。相変わらず木の生えていない開けた土地であり、ここまでの経路と比べると少し暖かい。

 それでいてそこの中央には二匹のドラゴンが眠っている。痩せ細った方がメス、元気そうな方がオス、その腹の位置で眠っているのが子供だ。俺が殺すべきはメスの方。オスはまだまだ強く、俺では逆に死んでしまう可能性もあるからとムトがやるということになっていた。

 俺たちは少し遠くからドラゴンの様子を眺める。まだこちらには気が付いていないが、迂闊に足音を立てれば向こうも目を覚ますほどの距離感だ。

「で、ミーナの役割は?」

「後方からのサポート。あとはやっていればわかる」

 ムトはドラゴンから目を離さずにつぶやいた。ミーナの方を見ると、彼女もこくりと頷く。

「よし、それじゃあ行くぞ。一、二の三!」

 ムトの掛け声に合わせて、俺は飛び出した。ドラゴンは一瞬で俺たちに気がついて起き上がる。オスの方が反応が早く、起き上がりながらこちらに突進してきた。まだ二人揃って同じ場所にいた俺たちは二人ともがそのタックルの圏内に入っている。

「どっせい!」

 が、少し速度を落とした俺の前に、ムトが出てきてそれを止めた。頭を掴まれ、少し押されながらもドラゴンの速度はすぐさま落ちる。

 遠くを見ればメスの方も起き上がっていた。違うことといえば、今すぐ逃げようと翼を広げていたところだと言うことだ。

「待て!」

 俺は叫び、そして地面を蹴った。足に魔力を込めて跳躍する。重心を前にとったこと、そして縦ではなく横に跳んだことで、俺の速度は普通に走った時の何倍もの速度になった。

 すでに身軽な子供は空に飛び去っている。あれらに逃げられたらどうなるのだろうか、と一瞬思いそちらに目を向けると、飛んでいた子供が突然翼を動かすことをやめ、地面に落ちてきた。翼の根元には何かの魔法がかけられた跡がある。

 ミーナの魔法だ。後ろを振り返れば、杖を持ったミーナがいた。彼女が魔法を使えたとは驚きだったが、俺でも魔力を手足に込めて強化できるのだから俺より年上の彼女ができないはずもない。

 メスのドラゴンの翼には魔法はかけられていない。ムトの指示か、あるいはミーナ自身ができないのかは定かではないが、アレが飛び立つのは俺が止めなければならないと言うことだろう。

 俺はドラゴンの元に辿り着く直前、一瞬地面を手で弾き、体を縦に半回転させた。そのまま足先から、少し飛び立ち始めて浮き上がっていたドラゴンの脇腹に蹴りを入れる。思っていたよりも鱗が硬く足が体にめり込むことはなかったが、その衝撃で数メートルほど吹っ飛んだ。

 後ろからは強い衝撃の音。振り返ってみればムトはオスの方を倒しており、地面にドラゴンの血がどくどくと流れ出ている。

「早いなぁ……」

 本当に俺がなんで勝てたのが不思議なほど、ムトとの力の差はまだあると実感させられるようだ。

 そんなことを考えている間に、吹き飛ばされたドラゴンは立ち上がってもう一度飛び立とうとしていた。させまいと俺は瞬時に駆け出し、翼に飛びつく。無理やりにでも飛び立とうとする翼を俺はがっしりと掴んで、ドラゴンの体に足をつけた。

 そのまま翼に近い右足を根本に引っ掛け、後ろに力をかけながら倒れる。あらぬ方向に翼を無理やり曲げられたドラゴンは、聞いたこともない悲鳴をあげながら暴れ回った。が、それをするなら俺に掴まれた時点でやっておくべきだ。

 すでに俺は地面に向かって落ち始めている。己の力と自重が合わさった結果、骨が通り安易には曲がらないはずのドラゴンの翼の根元が、ゆっくりと折れ曲がっていく。

 そして、「メシ……」という枝が折れるような音と共に、翼が直角に曲がった。

 暴れていたドラゴンもこれには耐えられなかったようで、暴れることをやめて悲鳴を上げるだけになっている。

 こうなれば抵抗も何もない。ただ転がる目の前の生物だ。鱗の隙間に手をいれ、俺は一瞬止まる。

「……」

 悩むことがないわけじゃない。が、そのまま俺は手をドラゴンの体に突き刺した。

 その瞬間である。

「馬鹿! さっさとやれ!」

 遠くからのムトの声でハッと気がつき、俺は顔を上げた。目の前には口を開けたドラゴンの首。喉の奥は赤く光っている。周囲の温度が一気に上がり、俺の体から汗が吹き出してくる。

 あぁ、油断した。なんでこんなにここが暖かく、このドラゴンたちが小屋の泉の水を温めるのか、一瞬でも考えればよかった。

 彼らは体内に炎を宿しているのだろう。外敵がいなければそれを吐き出すことはなく、ただ体温として消費し続ける。だが、今回のような外敵に襲われれば、当然反撃するためにそれを吐き出す。それだけのことだ。

 逃げられない。なるべく深くまでこの腕を突っ込んで早く絶命させるしかないが、そんなに悠長にやっている時間はない。

 あぁ、死ぬ。この距離からではムトも助けには来れないだろう。そう思って俺は目を閉じた。

 轟音と共に、体が焼き切れるような熱が俺を襲う……。

「あれ?」

 襲う、と思っていたのに、いつまで経っても体に熱が襲ってこない。そんなはずはない。なぜなら俺の耳にはドラゴンの口から吐き出された炎の音がゴウゴウと聞こえてきているからだ。今、目を開ければ俺は炎の中に立っているはず。

 ゆっくりと目を開けた俺は、確かにドラゴンの炎の中に立っている。にも関わらず、肌には裂傷も火傷もできていない。

「ワシの油断を突いて勝ったのに、お前が油断してどうするんだ……」

 遠くからムトの呆れた様子の声が聞こえてくる。振り返れば彼の横ではミーナが杖を振り上げていた。どうやら、あれのおかげで助かったらしい。

 俺は血みどろになった手をドラゴンの体から抜き取る。できないだろうと踏んで内部から攻撃する作戦に切り替えたが、目の前にあるならべつだ。

 ゆっくりと俺は手に魔力を込め、ドラゴンの頭に張り手を喰らわせた。はっきりとした頭蓋の割れる感覚。炎が途切れ、少量の血を吐き出して、ドラゴンは動かなくなった。

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