35 食う寝るところに住むところの確保完了
案内された先はベッドと小さな本棚の置かれた小部屋だった。
教会の裏に入り、ジュエルが言っていたような子供たちを保護している場所を通り過ぎた先の細い廊下、その途中にあった部屋のうちの一つが俺の寝床だった。
全体的に漆喰と柱でつくられた簡素な部屋だが、その雰囲気がまた逆に落ち着く。
「簡素な部屋ですが」とロベールは言ったが、俺にとってはこれくらいの方が落ち着く。ベッドも俺の巨体を持ってして尚少し余る程度の大きさがあるのだから、文句のつけようがない。
「夕食に関してなのですが、どうなされますか?」
部屋の中にリュックを置いた俺に対して、ロベールが聞く。
「いや、流石にそこまでご迷惑をかけるわけにはいきませんので……自分で持っているものもありますし」
「そうでしたか。では失礼致します。日が沈むと同時に教会からは出られなくなりますので、それまでに必要なものがあれば入手しておくことをお勧めします。飲み水は先ほどの礼拝堂に井戸がございますので、そちらから汲んでください」
ベッドに座った俺に対して扉の向こうから軽く礼をすると、ロベールはどこかに去っていった。窓はなく外の様子はわからなかったが、今からどこかに出かけたとしても日が沈むまでに帰って来れるとは思えない。
「慣れてないうちは行動すべきじゃ無いよな」
と一人呟きながら、俺はリュックを漁った。食料はたんまりと入っており、その中から干し肉を一つ手に取って齧る。塩辛いが、食べれなくはない。むしろ二日間もなにも食べずだった今の疲れた体には染み渡るほどの美味しさだ。一気に二つほど干し肉を食べ切ったところで、俺は満足した。
稽古ではもっと食べていたが、もともとこれくらいの量の食事でも満足はできる。この体を維持できるかはわからないが、リュックに入っている食料以外に食べるものがないのだから一度ここは食べないという選択肢を選んでおくことにする。
目が覚めてからムトの死を知り、脳のどこかがおかしくなっていたことをここで今実感した。空腹が満たされたからだ。その瞬間に全身に疲れが襲ってくる。痛みはもうなかったが、額に手を当ててみれば少し熱っぽくもあるようだ。汗ばむ体をどこかで流せればよかったのだが、あいにくそれも今はできないだろう。
「あぁ、ヤバい」
視界がグラつく。眠気が呼吸を乱してくる。何度か経験したことのあるオーバーな稽古の後の強い眠気と同じものだ。
こうなってしまってはなにもできない。俺は扉の鍵を閉め、ベッドに倒れ込むしかなかった。
・・・
「んが」
ふと目が覚めた。今は何時だろう。そう思って顔を上げて気がつく。ここはベッドではなく硬い床の上だ。ベッドで眠ったつもりだったが、俺はどうやらうまく眠れていなかったらしい。
「やべ、寝過ぎたか……」
外からの喧騒は聞こえてこない。近くに子供たちが遊ぶスペースがあったはずだから、その声が聞こえてきてもおかしくは無いはずなのだが、聞こえてこないということはまだ日が昇っていないか、あるいは少し早い朝の時間帯か。
やけに喉が渇く。寝る前に干し肉を食べるんじゃなかったと後悔したが、今更そう思っても遅かった。
確か、井戸が教会の中にあると言っていた。そのことを思い出した俺は服の裾や襟の皺を軽く伸ばすと、リュックの中から水筒を取り出して部屋から出た。ただ、水筒といっても植物を切り抜いたものに蓋をつけただけの簡素なものだが。
教会の中には人が歩いている気配はない。まだ眠っている人がほとんどなのだろう。それでも何人か起きているような気配はあったが、俺とすれ違うこともなかった。
礼拝堂に出ると、ステンドグラスからさっきとは違った色の光が差し込んできているのが見えた。それは月明かりであり、つまりまだ現在時刻が夜であることを示している。
教会の入り口から見て左の扉を開けると小さな庭が広がっており、その隅に井戸が掘られている。外からは見れないように壁が作られており、ベンチなども置かれているあたり昼間には人がここで憩いの時間を過ごしているのだろう。俺は井戸の脇に水筒を置き、中を覗き込んだ。
「これ、どうやるんだっけかな」
時代劇で見たことはあるが、実際に使ってみるのは初めてだ。汲み出すタイプではなく、木製のバケツを落として引き上げる方式のものだから、単純にこれを中に投げ入れれば良いのだろう。
途中でひもが切れてしまっていないかと怖くなり投げ入れることはせずにゆっくりと紐を持って下ろしていく。もうすぐ手元に先ほどおろしたものとは別のバケツが来るという辺りで、持っていたひもの手応えも変わった。
着水したのだろう。そのまま少し沈むような感覚があったので、バケツの中には十分に水が入ったはずだ。
俺はゆっくりとひもを引き上げる。バケツの中にはたっぷりの水が入っており、水筒に移し替えて俺はそれをごくごくと飲み干した。バケツ半杯ほど入っていた水は最終的に水筒一本分以外俺の胃袋の中に収まることになった。
「ふぅ……」
喉の渇きが満たされ、俺は誰もいない礼拝堂をぐるりと見回す。そして階段に目が止まった。
今からでも見れるのだろうか。少し外の空気が吸いたい。そう思った俺はその階段をゆっくりと上って行った。
階段を上った先には右手に曲がる通路と真っ直ぐ進むものがあり、どうやら展望スペースは真っ直ぐ進む方らしい。月明かりに照らされながら、俺は展望スペースまで歩いていった。しまっているかと思ったが、展望スペースは開いている。教会の人々がここで何かをするためだろうか。
タバコが一番最初に思い浮かんだのは確実にレイラーニのせいだったが、彼女と違ってここの人間がタバコを吸うようには思えなかった。
俺が展望スペースに入ると、端に置かれた小さな部屋の中から一人の兵士が出てきた。鎧というより急所を守るだけの簡素なものを着て、槍を手に持った若い男だ。
「見慣れない男だな。名前は?」
こちらに歩きながら兵士は質問をしてくる。そりゃそうか。俺はここの人間はないのだから、怪しまれても当然だろう。
「あ、そのですね」
俺は懇切丁寧に状況を話した。兵士の男も納得したようで「あまり不審な動きをするなよ」と言って部屋の中に入っていった。こちらから見えない小さな隙間から覗いているのだろうが、流石にそれくらいは気にしないことにした。
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