34 神の導きのもと、誰にでも開かれる

 ギルドから出ると、人通りの多い場所に出た。

「おぉ……」

 入院していた病院の休日昼間を思い出すが、あそこに居た人たちとくらべると皆元気そうだ。そして何よりも買い物をしている人たちや冒険者、あるいは何かのエンブレムをつけた鎧を纏った人まで多種多様な人々が歩いている。ムトのような動物の頭と全身に皮膚が見えないほどに毛が生えた人もいれば、耳の尖った人や背中に翼が生えた人など様々だ。

 ジュエルに聞けば、エンブレムをつけている鎧は王国の兵士、その中でも上位のロンギヌスと呼ばれる位置付けの人らしい。そんなわけだからすれ違う街の人々からは大層に信頼を得ているようで、店のものをもらったり握手を求められたりと大変そうだ。

 俺もあそこに居たのかなぁなどと妄想してみるが、どうにもあんなのになってしまう自分をイメージできなかった。

「不慮の事故とはいえ、今の方がなんとなく性に合ってるわな」

「なにか言いました?」

 俺の独り言にジュエルが振り返る。

「いや、なんでもない。それより教会ってどこにあるんですか?」

「あ、ちょうど見えてきましたよ。そこです」

 ジュエルが指をさした先は王城の一角。そういえばレイラーニが王城に一般開放されている教会があるとかなんとか言っていた気がする。

 近寄ってみれば城壁で囲まれた城の一角に設置された教会のようだ。外見からはある程度の大きさかと思ったのだが、中に入ってみると相当に奥行きがあり、城壁に隠されていた部分も一部教会であることがわかった。

 ギルドと比べると見劣りはするが、この教会も相当に大きい。

 祈りを捧げる人が並べられたベンチに座っており、人が多いにも関わらず中は荘厳な雰囲気で静かだ。その向かい、大きなステンドグラスの下では司祭が椅子に座り説法を説いている。

 初老ほどの男性で、すでに髪の毛は白髪であり、年齢で言うなら五十と言ったところか。日本のように医療が整っていないこの世界でこの年齢は長生きと捉えて良いのか、それとも魔法があるからまだまだ生きていけるのか、すぐには判断はつかない。

 ただ、敬いが発生するほど人生の先輩であることは確かである。

 左側には大きな階段が設置されており、二階に上がることができるようだ。

「あそこは?」

「あぁ、あそこから王城の中が見れるんですよ。兵士さんたちが訓練している様子だったり、綺麗な景色なんかも見れるんで人がいっぱい来てるんです」

「へぇ、そんなところを一般人に見せていいんですね。なんかそこから王城に入って革命を……! なんて考えつく人もいそうですけど」

「あはは、それは無理ですね。何人かの兵士さんが常駐で交代制の見張りを続けていますし、お城は全くの逆側で行くとしても兵士さんの宿舎を通らないといけないらしいです。それ以外にも色々と対策はしてあるらしいんですけど、全部は秘密だとか……」

 なるほど。それならば納得がいく。と、そのあたりで説法の時間も終わり、ベンチに座っていた人たちもまばらに立ち上がっては教会を出ていく。

「あ、ちょうど終わりましたね。わたし司祭様に話をつけてくるんで、ちょっと待っていてもらっても良いですか?」

 そういいながらジュエルは司祭の方に小走りで向かっていった。俺は空いたベンチの隅に座り、ぼーっと建物内を眺める。

「綺麗だなぁ」

 テレビでも見るような景色だ。大きくて飾りも施され、ステンドグラスとそこから入ってくるカラフルな光に照らされた床をぼーっと見ていると実際に行ってみたいと思ったことはなかったにも関わらず、そんな感想を抱いてしまう。

 しばらくぼーっと眺めていると、司祭との話がついたようでジュエルが戻ってきた。

「しばらくは一室を貸してもらえるそうですよ! よかったですねヤマトさん」

「え、しばらくですか。日数は決まってないんですけど……本当に?」

「私のCランク昇格試験も手伝っていただけるなら、っていう条件付きで司祭様からオーケーをいただきました。というわけで、三ヶ月後よろしくお願いしますね」

 ぺろっと舌を出しながらジュエルが言う。それくらいなら構わないのだが、それだけで大丈夫なのだろうか。労働力になる自信はあるが、あまり無駄な時間を過ごす気にはなれない。

「ありがとうございます。じゃあとりあえず司祭様に挨拶させてもらいに行ってきますね」

「了解です。私は少し用があるので、ここで失礼します。教会は夜には閉じられるんで、その時にまた」

「ええ」

 ジュエルはそう言うと、教会の奥の扉に入っていった。他の人たちはそこに近寄らないあたり、この教会の関係者専用の場所なのだろう。

 司祭は説法が終わってなおステンドグラスの下に置かれた椅子に座っていた。聖書……にちかい本をずっと読んでいる。

 俺が近づくと気がついたように本をとじ、司祭は俺を見上げた。平均的な男性よりも少し高いはずの俺と同じくらいの背丈で、老齢の男性。短く整えられた白髪が特徴的で、ジュエルの服装とは白と水色の比率を逆転させて水色を多くした、宗教的なデザインの服を纏っている。

「あぁ、あなたがヤマトさんですね。ここの司祭をしております、リジッドと申します」

 リジッドと名乗ったその男性は立ち上がると本を椅子の座面に置き、軽く会釈した。

「あ、どうも」

 俺もそれに合わせて会釈を返す。顔を上げるとリジッドは俺を朗らかな笑みで見つめ、そしてまた椅子に座った。

「申し訳ありません。少し足が弱いもので座って話をさせていただきますね。ジュエルの試験を手伝っていただいたそうで、ありがとうございます」

「いえいえ、俺の独りよがりでジュエルさんがもしかしたら試験に不合格だったかもしれないんで、こればっかりは本当に、幸運だっただけです」

「そうですか。ならばジュエルの信心深さに神が手を差し伸べてくれたのでしょう。それで、泊まるところが必要なのでしたか?」

「ええ。と言っても本当にご迷惑をかけないように、早く自分の住むところを探して出て行くつもりではありますので」

 俺の言葉に司祭は軽く笑みを浮かべる。

「お気になさらず、私共は皆平等に支え合って生きていくのです。ま、ちょうど一部屋空いたばかりというだけなのですがね。それに、ジュエルの試験を手伝っていただけるということであれば、それだけで助かるというものです」

「いえいえ、そうは言っても次の試験のために三ヶ月ほどかかるらしいですし、その間の生活費を稼ぐともなると、あまりここで甘えさせていただくわけにもいかないので、本当に数日だけお邪魔させていただきます」

 俺がブンブンと手を振ると、司祭は納得したように頷いて俺の手を握った。

「優しいお方ですね。あなたにも神のご加護が在らんことを。それでは神父に部屋を案内させますね」

 司祭が手を挙げると、教会内を歩いていた神父の内の一人が寄ってくる。若くて体力のありそうな腕をしている神父だ。運動でもしているのだろうか。そんな彼はそのまま司祭と一言二言会話をする。

「ヤマトさん。こちら神父のロベールです。彼があなたの部屋に案内してくれますよ」

 ロベールと紹介された若い神父は先ほどジュエルが入って行った扉を開け、俺を中に案内した。

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