第15話 Sランクエルフヤンキー、櫛田の実態。※ヒロイン視点

 

 営業終了時間までカシワ食堂の手伝いをした後、オレは帰路についた。

 この時間なら親が帰っているだろうと思い、音が聞こえないよう家の近くまでくると引いて帰る。


 案の定、家の明かりはついていた。

 オレはこれからのわかり切った展開に舌打ちをしてから、バイクを止めて、音を立てないようゆっくり家に入った。


 そして、すぐさま靴を脱いで二階に上がろうとしたのだが、テンホールのブーツはいつも通り脱ぎづらく苦戦していると、ドタバタ騒がしい足音に再び舌打ちをした。


「ちょっと姫乃! あんたこんな時間まで一体何してたのよ!」


「……うるせぇなババア。カシワ食堂で飯食ってたんだよ」


「ちょっと! 親に向かってババアとは何よ!!」


「……ババアに向かってババアっつったんだよ!!」


 オレは足が取れる覚悟でブーツを引き抜き、そのまま階段を駆け上がる。


「ちょっとヒメ!! 話を聞きなさい!! ただご飯食べただけでこんなに遅くならないでしょ!!」


「その後ちょっと手伝ってたんだよ! お前らだってロクに家に帰ってこねぇくせに偉そうな口聞くなボケ!!」


「ヒメ!!」


 オレはババアを完全無視して、階段をズカズカ登る。

 これ以上説教される前に、でっかい音を立てて部屋の扉を閉めた。


 くそ、まじでウルセェよ。散々っぱら放ったらかしといて、今頃親ヅラしてんじゃねぇ……。

 

「ああ、クソ、駄目だ駄目だ」


 こんなシャバイ感情のまま、部屋の電気をつけるわけにはいかない。


 オレは顔をパンと叩いて、気合を入れ直してから、電気のスイッチをつける。


 古い蛍光灯はカンカンと音を立てて、室内を照らすと。


 壁一面に貼られた伝説のヤンキー、柏木悠人様の写真が、オレを迎え入れたのだった。


 特に、オレが気に入っている悠人様のご尊顔を真っ正面から捉えた写真に、「お疲れ様です!!」と挨拶する。


 悠人様は鋭い眼光でオレを睨め付ける。

 オレは「失礼します!!」と長ランを脱ぐ。

 この長ランは、オレが柏木悠人の意志を注ぐヤンキーである証。


 つまり、これを脱いだ瞬間、私はただの女になるってことだ。


 女になった私は、自作の柏木悠人様人形を抱きしめるため、ベッドに飛び込んだ。


「ただいま、悠人様っ」


『おお、帰りやがったか、姫乃!』


 一度も聞いたことのない悠人様の声が、確かに聞こえた。

 

 私は悠人様のぬいぐるみに顔を突っ込み、「ああ、悠人様悠人様、悠人様っ……あっ♡」と悠人様に対する愛を爆発させてから、悠人様人形は抱きしめたまま、一旦目を瞑った。


 今日記憶した光景を、脳味噌に焼き付けるためだ。


 悠人様が学生時代を過ごした『カシワ食堂』。

 その聖地で、悠人様が好んで食べていた炒飯を味わえるだけでも至福の時だと言うのに、なんと今日は店の奥の私生活スペースまで入ることが


 響子さんが言うには、カシワ食堂はなるべくそのままの形で残しているらしい。

 つまり、あの居間で、悠人様は毎日のように過ごし、ご飯を食べていた……。


 ほわんほわんほわんほわん。


『悠人様、はい、あーんっ』


『おいおい姫乃、オイラヤンキーだぜぇ? アーンなんてしゃばいまね、できっこねぇってんだ!』


『えぇ、おねがぁい、悠人様にアーンしたいのぉ』


『……ったく、仕方ねぇな。こんな姿見せるの、テメェだけだかんなぁ?』


 きゅんきゅんきゅん。


 お腹のあたりが切なくなって、手で摩る。

 すると、ぞくぞくと足先から背筋に変な感覚が走った。


 私は再び、妄想の中にかっていく。


『悠人様、今日は、学校、行きたくない、です』


 私は普段は絶対に出さない、媚び媚びの女の声を出す。


『アア? んなもんあたりめぇだろうがオラ! 学校がオレんとこきやがれってんだコラ!』


『さ、流石【一匹銀狼】!! 発想がそこらへんの凡人とは違います!! 一生ついていかせてください!!』


『あん? 当たり前だろうが! テメェは一生オレの女なんだからよぉ! 抱かせろやコラ!!』


『は、はいっ♡』


 舞台は、居間から、まだ見ぬ悠人様の部屋に移った。私と悠人様は剣山で作られたベッドに腰掛ける。

 私は痛みのあまり声をあげそうになるけど、隣の悠人様は涼しい顔だ。

 流石悠人様、そこら辺のヤンキーとは気合が違う!


『姫乃、今からテメェを抱くぜ!!!』


『は、はいっ、どうぞ!!』


 私は目を瞑り、背の高い悠人様が私の唇を奪いやすいよう、上を向いた。

 すると、悠人様の大きな手が、私の顔を鷲掴みにする。


『おい、目を開けやがれ』


『う、で、でも、こんな近くで見つめられたら、私、狂っちゃいます!』


『バカヤロー!! まだオレに狂ってねぇってのかコラ!! 一生オレ以外考えらんねぇようにしてやるよ!!……だから、櫛田さん。目を開けて?』


『へ?』


 聴き馴染みのない声に目を開けると、漢そのものの悠人様全く真反対の、女のように綺麗な顔をした柏木ユーリがそこにいた。


 ユーリは、高校生とは思えない大人びた笑みを向ける。


『櫛田さん、愛してるよ』


『ゆ、ユーリ……』


 ユーリの顔が、ゆっくりと近づいていく。私は、再び瞳を閉じて。


「って、なんでここでユーリが出てくんだああああああああああああ!!!!!」

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