第12話 主従関係。
「……ご、ごしゅじん、さま?」
薫くんがあんぐりと口を開ける。
中身中年男性に、こんな変態的な提案をされたのだ。
防犯ブザーを三十個ほど使ったって誰も文句を言わないだろうに、よくぞその程度の反応で済ませてくれたな。
俺は緊張から吹き出る手汗を拭いてから、ごほんと咳払いをした。
「異世界でも、こっちの世界でもいたんだよ。まぁ、どちらもは俺以上に暴力讃歌の権化のような人だったから、俺が暴力から遠ざかることはなかったんだけどね。でも、薫くんに仕えたら、そうはならなそうだ。日本が平穏でないのなら、平穏を望む君の支配下にいた方がいい」
「……え、例え話とかじゃなくてガチのやつ!?」
「ああ、そうだよ。もし受けてくれるのなら、決闘に勝ってSランクヤンキーになってもいい。暴力によって手に入れた権力に、俺が酔わない保証はないけどね」
先ほど薫くんの叫び声を聞いた瞬間、俺は殺意を忘れ我に返ることができた。こう言った経験は俺の人生の中でも稀だ。
要は、自分で自分をまともにコントロールできないので、その管理を甥っ子に押し付けようってんだからな。
これほどどうしようもないおじさんって、この世にいるんだろうか。
冷静に考えたら実家の自分の部屋にいる時点で、昨日ネットで見た”こどおじ”そのままだし、本当に恥ずかしい人間になってしまったな。
「………………」
薫くんはと言うと、こどおじが引きこもりかねない提案に、しばらくの間黙り込んだ。
このお願いこそが薫くんに悪影響を与えているのだから、おばあちゃんに呪い殺されてしまいそうだ、と思い当たった時、薫くんが顔をあげた。瞳がうるうる潤んでいる。
「おじさん、かわいそう……」
しかし、返ってきたのは、予想外の反応だった。
「か、可哀想? 俺が?」
薫くんが頷く。聞き間違いじゃないようだ。
「だって、おじさんが生まれた時は、ヤンキー全盛期で時代が悪かったし、異世界なんか、魔王と戦うためだけに転生させられたんでしょ!? そんなの、暴力に頼らないとやってけないよ! おじさんが悪いんじゃない、そうさせた周りが悪いんだよ!」
「……ほ、ほぉぉぇぇ」
こんな優しすぎる言葉をかけられたのは初めてだったので、変な声が出てしまう。
薫くんは涙をゴシゴシ拭いて、決意の決まった男の顔でこう言う。
「自分の家族が、そんな病気になっちゃってるのに、見捨てるなんてよくないもんね……わかった! 僕がおじさんのご主人様になる!」
「……ありがとう」
嬉しいし情けないしで、俺まで泣きそうになっちゃったが、なんとか堪えて、俺は薫くんに手を差し伸べた。
薫くんが恐る恐る手を取ってくれたので、立ち上がってもらう。
そして、代わりに俺が跪くと、そのまま手の甲にキスをした。
側から見れば、響子大喜びの女の子二人の尊い百合シーンなんだろうが、実態は男同士で、しかも関係性が甥とおじさんということを知れば……響子ならそれでも喜ぶだろうな。
「私、柏木悠人は、柏木薫に忠誠を誓います」
「あ、うん、その、誓われられます……?」
薫くんは、頑張って威厳を出したかったのか、ムンと胸を張った。
「そ、それじゃあ、ご主人様から初めての命令ね! これからおじさんは、僕と一緒に平穏な世界で暮らすため、一緒にヤンキーを撲滅するんだ! ただ、もちろん平和的な手段でね! おじさんがそんな病気で苦しんでるって知ってたら、最初から決闘してほしいなんて頼んでなかったんだよ?」
「……承りました」
ここは異世界じゃないので、口頭で誓い合ったところで契約にはならないが、大切な甥っ子との誓いを守れないようでは、本格的に人としておしまいだ。
その時は自ら命を断とう。
俺は立ち上がって膝を払うと、いまだに白目を剥いている渡部に向かってこう話しかけた。
「ということなんですが、どうですか、神様?」
「へっ?」
どういう意味、と言う言葉の前に、薫くんがヒエっと悲鳴をあげる。
びくん、と渡部の身体が痙攣する。
そして、胸のあたりが巨大な手に摘まれたかのように持ち上がり、そのままぴょんと宙を舞うと、足首をグネねらせながら着地した。
しかし、渡部は一つも痛そうな顔もせずに、むしろその凶悪な顔に満面の笑みを浮かべたのだった。
「バレちゃったか。流石、古賀さんのところで鍛えられただけあるね」
「いえいえ、ちょっとした賭けですよ。何もなくって恥ずかしい思いをするかと思い冷や冷やしました」
「ね、ねぇ、おじさん、ちょ、ちょっと、どういうことなのかな!? 渡部くんが、神様だったてこと!?」
説明を求める薫くんに笑いかける。
「ああ、いや、違うよ。神様は渡部くんの身体をのっとっただけだ」
「え、あ、そ、そうなん、ですね。よろしくお願い、します」
慣れてきたのか、あっさり受け入れる薫くん。
「その、神様は、なんでここにいらっしゃるんでしょうか?」と、当然の疑問を口にする。
「ああ、それはね、僕がせっかく作ったヤンキー文化が、異世界からきた勇者に無茶苦茶にされたら嫌だなぁと思ってねぇ。もしものことがあったら早めに対処しておこうと思ったんだ」
「……へ?」
渡部と俺を交互に見る薫くん。俺は肩を竦めた。
「流石に、俺みたいなヤンキーが嫌がられるようになってからたったの十六年で、ここまで治安が悪化するのはちょっとね。そういう場合は、大抵神様が絡んでいるんだよ」
たかだかようつびゃーに、これほど社会構造を変えるほどの影響力があるわけもないことからも、人智を超えた力が働いたと見ていい。
『不良者ギルド』の製作者がただの人間なら、半殺しにしてアプリを削除させたら手っ取り早かったのだが、相手が神様ならそうもいかない。
所詮、俺たちは神の奴隷なのだ。
もちろん、奴隷が神を打ち倒すことはあるが、この場合、そこまでする必要もない。
「どうでしょう、神様? 俺たちはこのヤンキー文化を終わらせたいんですが、そのために動いても構わないですか?」
「いやいやいやいや。あんまり神様が世界に干渉するのはよくないってわかってるけどさぁ。僕は僕で結構頑張ったんだよ? それを、君みたいな化け物に俺TUEEEEEでぶっ壊されちゃうってのは、ちょっと胸糞だよねぇ」
「そのようなことにはなりませんよ。薫くんは俺に過度な暴力を許すことはないでしょう」
「……ふむ」
「それに、そういった新たな勢力が生まれると、新たな展開も生まれますから。また違った楽しみ方ができるんじゃないかと思いますよ」
すると、神様は、渡部の口元が裂けんばかりに満面の笑みを浮かべる。
「流石古賀さんのとこの子だね! 僕たちのことわかってる! うん、いいよ! 許可してあげる! 頑張ってね!」
「ありがとうございます」
結局のところ、神様たちは娯楽に飢えているだけなので、そこに気をつけたら、案外話になるのだ。
実際、古賀とはそれなりに仲良くやれているから、彼? とも、いずれ良好な関係を築けるはずだ。
「あ、そうだ。ちなみに、なんでヤンキー文化を再興しようとしたんですか?」
「いや、ブレイ◯ングダ◯ン見て、こういうのいいなぁって思ってさぁ」
「ああ……」
やっぱり、ようつびゃーの影響力は馬鹿にならないらしい。
俺もメイク動画見てもっと可愛くなれるようにがんばろっと。
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