第11話 戦いの代償。


「薫くん、どうしたの?」


 俺の問いに、薫くんは大きな瞳がこぼれ落ちんばかりに目を見開いた。


 驚いているようだが、俺は俺で自分に驚いている。

 まさか、ここまであっさりと殺人を自制できるとは思っていなかったからだ。


「ど、どうしたのって、おじさんはともかく、渡部くんが死んじゃうところ、だったから」


「…………」


 一般人は不可視の魔力を使ったらから、薫くんからしたら俺が原因とは気付かないし、俺が渡部を殺そうとまではしていなかったことにできるだろう


 しかし、薫くんのことも忘れて無我夢中で渡部を殴ってしまったことを考えたら、そんな嘘はいつまでも通じない。


「よし」


 俺は覚悟を決めた。


「分かり難かったね。俺が鉄柱を落としたんだ。事故を装って、渡部を殺すつもりだったんだよ」


「こっ、殺すつもり!? 嘘でしょ!?」


 素っ頓狂な悲鳴をあげる薫くん。

 俺が首を振っても、彼のような純粋な若者には信じがたいようだ。


「な、なんで!? おじさんは、平穏に暮らしたくて、こっちに帰ってきたんだよね!?」


「そうだよ。だから、こいつを殺そうとしたんだ」


 頭の上に大量のハテナマークを浮かべる薫くん。俺は肩をすくめた。


「だってそうだろ? 自分の大切な甥っ子を攫ってまで、俺と戦いたがるような男だ。しかも、ナイフなんて物を持ち出した。もしかしたら、剣先が君に向いていたかもしれない。そんな男が今後も存在し続けるようじゃ、不安で平穏な生活なんて送れないだろ?」


 そして、薫くんの拘束を解くため、彼に歩み寄ると、薫くんの顔が警戒の色に染まる。


 どうやら怖がらせてしまったようだ。

 俺は彼を落ち着かせるため、できる限り人畜無害じみた笑みを浮かべる。


「薫くんだって、決闘で俺にヤンキーをボコボコにさせて、平穏を手に入れようとしただろう? 同じようなもの、と言うのは言い過ぎかもだけど、発想は似通っているし、裏で殺しちゃった方が目立たないしで、こっちの方がいいと思うんだ」


「……ほ、本気で、言ってるの?」


 どうやらより怖がらせてしまったようだ。俺は深々とため息をつく。


 もちろん、薫くんを責める意図はない。

 嘘をつくべきではないと思いながら、結局保身のために本心を明かさず、結果薫くんをドン引きさせてしまった自分への失望だ。


「ごめん。嘘をついた。いや、嘘ではないんだけど、そんなものはあくまで建前。本当は、彼、渡部を殺したくて殺したくて仕方なかったんだ」


「……へ?」


 俺は薫くんがフリーズをした隙に、彼の元に歩み寄り、拘束を解いて、残り少ない魔力で回復魔法を掛ける。

 頭を踏まれたときにできただろう顔の傷が、みるみる治っていった。


「なんていうかな、こう、面倒ごとやらがあってイライラしてくると、暴力によってとっとと解決しなくちゃ気が済まなくなっちゃう病気になっちゃったんだよ。ここ数十年、ずっと暴力に頼って生きてきたから、癖になったんだろうな。つまり、俺は君が嫌いなヤンキーと同類、いや、それ以上に、暴力的な野郎なんだ。だから、平和になりつつあるこちらの世界に合わないって、女神様に暴力渦巻く異世界に転生させられたんだよ」


 薫くんはしばらくの間唖然としていたが、我に返ってブンブン首を振る。


「そ、そんなことない。おばあちゃんは、優しいおじさんだって言ってた! その、異世界では戦わないといけなかったかもだから、ちょっとそんなふうになっちゃってるだけだよ!」


 優しい嘘をついてくれたおばあちゃんには申し訳ないけど、それは無理がある。

 そのおばあちゃんが、更生の兆しを見せない俺に、もう地元に帰ってくるなと告げたのだから。


「残念ながら。この豊塚にいた頃なんか、薫くんが軽蔑するヤンキーそのものだった」


 『一匹銀狼』なんていうクソダサい二つ名をつけられる程度には有名なヤンキーだったことは、言わなくてもいいだろう。


「まだ学生のうちなら若気の至りで済んだんだけどね。なんの学もないくせに東京に出て、結局暴力を使って生き抜いた。ヤンキーなんて見かけなくなってもそんな生き方を続けていたら、トラック二台に挟まれて殺された。俺含めて三人死亡したみたいだ。相当恨まれていたんだね」 


 俺としては、彼らに非常に感謝している。

 「そうやって人を傷つけてばかりいたら、いつか返ってくるよ!」というおばあちゃんの言葉を聞き入れなかったことを、少し後悔させてくれたからだ。


 感謝すべきは、彼らだけではない。大きなきっかけをくれたのは魔王だった。


 圧倒的な暴力によって、人からも魔族からも恐れられた魔王。


 圧倒的な暴力によって、人からも魔族からも恐れられていた俺と、彼は非常に似ていた。立場が違っただけだとも言える。


 そんな彼は、最期は俺一人に看取られて、孤独にのたれ死んだ。そんな姿が、俺と重なった。


 今頃、あいつの死を肴に皆パーティ三昧だろう。

 柏木悠人が死んだ時もそんな風だったんだろうと思うと、なんだかとても虚しくなった。


「決闘にわざと負けたのも、実はそういう事情があったからなんだ。俺がトップに立てば、この世界は暴力の支配下に置かれてしまい、薫くんは幸せになれないからね。あ、もちろん、薫くんの望む暴力が忌避される世界のために頑張りたいという気持ちもあるんだけど……病気だからね。気持ちだけではどうにもならないんだ」


 薫くんは絶句してしまった。俺は沈黙に耐えきれず、矢継ぎ早に言い訳をしてしまう。


「誤解しないでほしいのは、そんな自分を恥ずかしく思っていないわけではないんだよ。ただ、この歳になるとね、変わる、と言うことが、魔王を倒すよりよほど難しくなってくるんだ。だけれど変わる意思はあるから、環境を変えて、日本に帰って平穏な生活を送れば少しは良くなると思ったんだけど……まさかの地元がヤンキーだらけでね。例えるなら、薬物に依存している男が、依存から抜け出すために入院したら、その病院が薬物の温床になってたって感じかな? かなり絶望的な状況だよ」


「……………………」


 薫くんの反応を見るに、言い訳にすらなってないみたいだ。

 これ以上痴態ちたいを晒しても仕方ないので、俺は笑顔を消す。

 ただでさえ強張っている薫くんの表情が凍りついた。


「事実、たったの二日でこのザマだ。このままでは俺は暴力依存から抜け出せないだろうし、いつか怒りまかせに殺しをすると思う」


「だっ、だっ、だめだよ、そんなの!」


「だね。そこで、薫くんに一つ提案」


 とてもじゃないが、自分の甥っ子にする提案ではないのはわかってる。


 俺は、薫くんの鳶色の瞳をまっすぐ見つめ、こう言った。思えば、彼は若い頃のおばあちゃんに似ているな。


「薫くんが、俺のご主人様になるというのはどうかな?」




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