第10話 Aランクヤンキー相手に無双。


 スマホの地図のアプリに指し示された場所は、老朽化していて、今にも崩れ落ちそうな廃倉庫だった。


 俺は『立ち入り禁止』の表示が貼り付けられている金網を乗り越えて、錆び付いた扉をギシギシ開けると、電灯がついていない倉庫の中は思ったより薄暗かった。


「おじさん!!」


 倉庫中央、ロープでグルグル巻き地面に投げ出された薫くんが叫ぶ。


「ヨォ、逃げずに来たようだな」


 薫くんの横に立つのは、渡部。


 彼は高く足を持ち上げると、薫くんの後頭部を踏みつけた。

 汚い倉庫の床に顔を押し付けられた薫くんは、くぐもった悲鳴をあげる。


 俺は身体のうちから飛び出しそうになる激情を抑えて、笑ってみせた。


「ああ、薫くんを返してもらわないといけないからね」


「はっ、もちろんタダでは返さねぇぜ?」


「ああ、分かってるよ。要求は?」


「ふざけずに、ちゃんと俺と決闘しろ」


「……ちょっと今、体調が芳しくないんだけどな」


 すると、渡部は思い切り足を振り上げ、薫くんの腹を思い切り蹴り上げた。

 薫くんは、今度は悲鳴すらあげることもできずに、地面をのたうちまわる。


「さて、どうすんだ?」


 事実、デバフの効果はまだ続いている。

 本当にステータスは下がっているのに、それを手加減していると取られてしまえば、薫くん何をされるかわかったものではない。


 つまり、今から俺は、この一般人未満の身体能力で、手加減云々を言う気もなくなる程度に、渡部をボコボコにしないといけないと言うわけだ……。


「はははっ」


 思わず笑ってしまうと、俺を叱りつける時のおばあちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。


 ……おばあちゃん、悪いけど、甥っ子を守るためだから許してね。


 俺はスマホをポケットにしまって、両拳を握りボクサーの構えをしてやる。


 自分の壇上にわざわざ上がってきた俺に、渡部の顔色が変わった。


 俺はすかさずこう言い放った。


「いいよ、本気でやってやる。かかってきな」


「……殺す!!!」


 渡部は、ボクシングの構えのまま、俺に突撃してきながら、左ジャブを俺に放った。


 今の俺の視力ではかなり早くみえるし、そこらへんのヤンキーなら確かに回避不可能だろう。


 しかし、俺から言わせれば、こんなもの攻撃とは呼べない。命を断つ気もない一撃など、撃っていないのと一緒なのだ。


 俺は左ジャブを躱すためのけぞりながら、渡部の腰骨あたりに向けて前蹴りを放った。


 視界外の攻撃に、渡部は痛みというよりは驚きに顔を歪める。

 俺はすかさず、ガードの下がった顔面に、思い切り右ストレートを打ち込んだ。


「うぐっ!?」


 渡部は鈍い悲鳴をあげたが、流石に殴り慣れられているようだ、すぐに俺を睨みつけ、反撃してくる。


 俺は顔面をガードしながらそれを避けると、渡部はニタリと笑って、開いたボディ目掛けて右アッパーを放つ。


 もちろん、あえてボディを開けて誘ったのだ。


 俺はその拳を、肘を使ってガードする。


「ぎっ!?!?!?」

 

 渡部が呻き声をあげて後退する。どうやら拳が潰れたようだ。


 力がないのなら、相手の力を利用すれば良い。

 弱者の戦法。俺には初めての経験だった。


「く、クソ、テメェ、やりやがったな!?!?」


 渡部は潰れていない左ジャブを俺めがけて連打する。あまりに単純だ。

 

 その全てを避けたり受けたり、最小限の動きのみで、無効化する。虚しく空気を切り裂く音だけが、倉庫に響いた。


 と、百発もしないうちに、ジャブが止まった。


「……な、なんなんだよ、テメェは」


 自分の最速のパンチを完全に見切られたことに、渡部は肩で息をしながら、呆然としていた。


 なんだ、もう手がないのか? 思ったより圧倒できそうだな……ま、当然か。


 身体能力で上を行かれたとして、俺はこの四十年間、戦いに明け暮れてきたという経験がある。


 ちょっとボクシングをかじったような十六歳のガキに、どのようなハンデがあろうとも、負けるはずもないのだ。


 俺は疲れからガードが下がった渡部に今度は距離を詰めて、鳩尾に一発アッパーを喰らわせる。


「がはっ!?!?!?」


 渡部は、口から唾を吐き出し、くの字になった。非力でも、急所をちゃんと狙えばこれだけ効くのだ。


 このままがら空きの金玉に蹴りを喰らわせれば終わりだ……が、それじゃあちょっと味気ないよな。


 俺は渡部のリーゼントを掴むと、そのまま膝蹴りを顔面に打ち込む。


 必死に俺の体に飛びつこうとしてきたので、横に回避。

 そして今度は脇腹にレバーブローをお見舞いすると、渡部は膝から崩れ落ちそうになったので、俺は再びリーゼントを持って体を支えてやる。


「ボクサーなら、ダウンするの嫌だよな。ほら、頑張れ頑張れ」


「……クソ、がよぉ!」


 なんとか立ち上がったが、もう限界そうだ。

 まだまだ殴り足りないので、軽めのラッシュで渡部をタコ殴りにする。


「あがっ!? うぐっ!? くぼっ!? ぎゃばっ!?……あぴょっ!?!?!?」


 顔に一発いいのが入って、渡部の鼻が折れた。 


 渡部はヨタヨタ後退して、涙目で俺を見る。

 しかし、まだ殺気だけは一丁前に消えていない。


「くぞ、クソッ、ふざけんな、この俺様が、Fランクヤンキーなんかに……」


 学ランの中に片手を突っ込みゴソゴソし始める。


「殺す、殺してやる……」


 取り出したのは、大振りのナイフだった。


「あらら」


 奥の手があったのはよかったが、誘拐やら凶器やら、こいつにヤンキーの美学ってのがないのかね。


 こんなのがAランクヤンキーになってるという事実に、小さくため息をついた。


「死ねえええええええ!!!!」


 渡部は叫びながら、俺めがけてナイフを振り回す。

 いや、ナイフに振り回されている、という表現が適切か。


 まだボクサースタイルの時の方が相手になっていたな。もう終わらせるとしよう。


 俺はナイフが降り下されたタイミングで、チョップで渡部の手首を叩いた。

 渡部が悲鳴をあげナイフを離したところで、そのまま腰にタックルした。


「ぐあっ!?」


 タックルには慣れていないのか、渡部はあっさりと倒れ込む。

 俺はすぐさま渡部の上に乗っかって、マウントを取った。


「ひっ」


 渡部はすぐに顔前にガードを固める。

 今の俺では拳でダメージを与えるのは難しそうなので、上半身をそってから、勢いをつけて頭突きを喰らわせた。


「ぐふっ!?!?」


 骨と骨がぶつかり合う音。肉を潰す感触が、よりダイレクトに伝わってくる。

 平穏な世界では必要のないはずの昂りが、俺の身体を駆け抜けた。


「ふふ、ふふふ、はははっ!」


 頭突き。頭突き。頭突き。


 しばらくの間夢中で頭突きをしていると、ぐすぐすと鼻をすする音が聞こえた。


 頭突きを辞めて渡部の顔を見ると、渡部は両手をあげて、降参の意を示していた。


「す、すみません、すみませんでした、勘弁、勘弁してください」


「うーん、そうだな……わかった、いいよ」


 俺はマウントを解く。

 すると、渡部はすぐに四つん這いになり、ナイフに向かってハイハイしだすので、その腹に思い切り蹴りを入れてやると、渡部は血反吐を吐きながらのたうち回った。


 期待通り、この様子じゃ、明日には俺たちに復讐してきそうだ。

 

 俺の全力デバフがいつまで効くかわからない。 

 俺が弱体化した中、先ほどの凶刃が薫くんに向かう可能性だってあるのだ。


「仕方ない。殺すか」


 そう、これは仕方のないことなんだ。


 ここなら目撃者もいないし、ちょうどよく老朽化で崩れそうになっているから、事故に装いやすいだろう。


 デバフは、身体能力だけでなく、魔力の総量も減らしてしまう。

 逆に言えば、少ないとは言っても、魔力はあるのだ。


 俺は、天井を駆け巡る柱のうち一本に向けて、玉状の魔力を放った。


 魔力の球が着弾。バギン、と音を立て、鉄柱が砕け、鉄の塊となって落ちてくる。


 気づいた渡部が逃げようとするので、しっかり魔力を絡ませ脚が動かないようにしておく。


「あっ!? なっ、なんで足が動かねぇんだよ!! いや、いや、嫌だ!! お母さああああああああああん!!!!」


 渡部はというと、恐怖のあまりブクブクと口から泡を吹き出して、ジョロジョロションベンを漏らしながら気絶した。


 それじゃあ死ぬのがちょっと早くなったようなもんだぞ。もったいない。


 せっかくのセーラー服がこれ以上汚れては困るので、離れようとしたその時。


「おっ、おじさん!! 渡部くんを抱えて逃げて!!」


「おっと」


 薫くんの悲痛な叫びに、俺は落ちてきた鉄柱を、魔力で切り刻んだのだった。





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【あとがき】


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