第13話 平穏な世の中にするための第一歩。


 神様が抜け、再び白目を剥いた渡部は、とりあえずそこらへんのゴミ捨て場に捨てておいた。

 ヤンキー全盛期ならこのくらい当たり前だったし、特に警察沙汰にもならないだろうと信じたい。


 帰路に着く間、薫くんはうんうん唸っていた。

 家に帰ってからも心ここにないようで、オーダーを間違えたり、皿を割ったり、彼らしくないミスが目立ったらしい。


 よって、早めの休憩で、俺と一緒に夕食をとることになったのだった。


 ちなみに俺はというと、昨日ちょっと料理の手伝いをしようとして、危うくこの家を全焼させるところだったので、無事出禁になってしまった。

 料理より魔王を殺す方が余程簡単だ。響子はすごいなぁ。


 薫くんは心ここになしと言った様子でレバニラ定食をもぐついていたが、意を決したように顔を上げた。


「その、やっぱり僕たちだけじゃ、現状、おじさんの強さに頼る以外に、ヤンキー文化に歯止めをかける方法ってないと思うんだよね」


「ああ、うん、確かにそうだね」


 あら、やっぱりそうなっちゃうのか、と思ったのも束の間、「でも、それは、おじさんのためにも駄目だから」と薫くんが続ける。


「だからね、僕たちには、協力者が必要だと思うんだ。ここ、腐っても民主主義国家だから、百人も仲間を集めたら、流石のヤンキーたちだって言うこと聞いてくれるかもしれないし!」


「ほうほう、なるほど、いいんじゃない」


 俺も、異世界に転生しはじめの頃は、仲間を集めたものだ。

 すぐに足手まといになったので切り捨てたのだが、暴力に依存できない今、賢明かもしれない。


 民主主義国家下になくても、群れの力というのは偉大だ。

 結局のところ、俺だって魔王よりも、魔王軍の方が滅ぼすのに苦労したわけだしな。


 しかし、目標が決まってなお、薫くんの表情は晴れない。


「でも、一つ問題があってね。学校内のヤンキーを恐れずに、ヤンキー撲滅を表明できる人なんてなかなかいないと思うんだよね。一旦仲間が集まり出したら、なんとかなると思うんだけど」


「ああ、それなら、彼女がいいんじゃない?」


「へ? 彼女って?」


「ああ、うん。名前はなんて言ったかな。ほら、俺にセーラー服を届けてくれた、例の女の子。決闘でも立会人になってくれた、『一匹銀狼』(笑)の」


「……へぁ!? もしかして櫛田さんのこと言ってる!?」


「ああ、そうそう。櫛田さん」


 すると、がくりと肩を落とし、心の底からため息をつく薫くん。

 甥っ子にここまで露骨に呆れられると、流石に傷つくなぁ。


「おじさん、無理に決まってるじゃん! 櫛田さんこそ、豊塚高校の暴力の権化、Sランクヤンキー! むしろ櫛田さんのせいでメンバーが集まりにくいんだよ!」


「だからこそ、仲間に引き入れた時に有用なんじゃない? 彼女が改心したとなったら、後を続こうと言うものも多いんじゃないかな?」


「その改心っていうのが無理なの! おじさんは櫛田さんがどれだけ暴力的な人間か分かってないんだよ!! おじさんよりもあいつの方がよっぽど暴力に依存してるんだから!!……あ、おじさんはもちろん改心できるよ!! 絶対!!」


「あはは、頑張るよ」


 甥っ子にここまで気を使わせてしまっていることを申し訳なく思いながら、サバの味噌煮をつまむ。やっぱ日本食って最高だなぁ。

 

「でも、せっかく機会がやってくるんだから、チャレンジするだけしてみてもいいと思うけどね」


「へ?」


「ちわーっす!!!」


 すると、店側の方から、元気な挨拶が聞こえてきた。薫くんの顔がみるみるうちに青ざめていく。


「櫛田、さんだ……」


「ちょうどよかったね。居間に呼んできなよ。俺は響子に出禁にされちゃってるから行けないけど」


 しかし、薫くんは席を立つと、涙目で俺に縋り付いてくる。


「無理、無理だよ、殺される! 僕、男らしくないって櫛田さんに嫌われてるんだ! おじさん、お願いだから追い返して! なんならボコボコにしていいから!」


 意思の弱さって遺伝するのかな、と苦笑いしながら、俺は薫くんを元気付ける。


「いやいや、その責任の大部分は櫛田さんにあるんだし、それはちょっと理不尽なんじゃない?」


 セーラー服姿の薫くんを眺める。

 俺は好きで着てるからいいものの、薫くんは家に帰ってきたんだから着替えてしまえばいいと思うんだけどな。


「そんな正論ヤンキーには通用しないよ! 正論を正論と判断できないような脳味噌だから、ヤンキーなんかやってるんだから!! 櫛田の脳味噌とそのサバの味噌煮だったら、まだサバの味噌煮の方が脳味噌としてマシなんだよ!?」


「おい、今なんつった?」


 と、ちょうどいいタイミングで居間に入ってきた櫛田が、顔を顰める。

 櫛田を見るなり凍りついてしまった薫くんの代わりに、俺は名一杯の笑みを櫛田に向けた。


「いらっしゃい、櫛田さん」

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