第14話 美少女エルフスケバン、『一匹銀狼』との会談。

 

 櫛田は、どうやら『カシワ食堂』の常連のようだった。


 いつものように夕食を食べにきたのだが、店の方が満席だったみたいで。櫛田は待とうとしたのだが、響子の方からよかったら同級生三人で仲良く食べたらいいと提案したらしい。


 しかし、出会い頭がよくなかったのもあり、居間は重苦しい沈黙に包まれていた。


 ここは、最年長の俺がなんとかしなくてはならないだろう。


「櫛田さん、セーラー服のサイズ、ぴったりだったよ。ありがとうね。どう、似合う?」


「………………」


 櫛田はと言うと、俺の問いを無視し、うちの居間を落ち着かないようにジロジロ見渡している。おいおい、そんな態度じゃあ、肥大化した俺の承認欲求は満たされないぞ。


 まぁ、人の居間って落ち着かないよな。俺も異世界ではよく人の家に招待されたが、ズカズカ人ん家に入って棚とか勝手に開けたりするゲーム内の勇者が信じられなかったもん。


 そのおかげか、いつもの威圧感は薄れている。

 俺は目配せをするが、薫くんはぶんぶん首を横に振る。

 つい先ほど誘拐会った上でおじさんのご主人様になるとかいう馬鹿げた経験したんだから、もうちょっと度胸がついても良さそうなもんだけどな。


 まぁ、わざわざ頭が交渉をする組織というのも珍しいか。

 俺はカンカンと匙を皿に当てると、櫛田さんがハッとこちらを見る。


「櫛田さん、ちょっと相談があるんだけどね」


「相談、だと? お前が、このオレに?」


 ギロリと俺を睨みつける櫛田。俺はなるべく刺激しないよう細心の注意を払いながら続ける。


「うん。俺と薫くんで、暴力を根絶するためのチームを作ろうと思っているんだ。手始めに豊高で活動したいと思ってるんだけど、よかったら、櫛田さんも参加してくれないかな?」


 気を使ってヤンキー根絶とまでは言わなかったのだが、あまり意味はなかったようだ。


「…………」


 櫛田の身体から一気に魔力が殺気を纏って立ち昇る。

 俺はすぐに「櫛田さんにとっても、決して悪い話じゃないと思うんだよね」と付け加えたが、どうやら逆効果だったようだ。


「お前にオレの何がわかる?」


 机から身を乗り出し、俺を睨め付ける。

 隣の薫くんがひっと悲鳴をあげるので、俺も見習ってビビって見せる。


「だ、だって、櫛田さんは豊塚高校の女子比率をあげたいんだよね? だったら、暴力の根絶って、何より効果があると思うんだけどな」


「っ! うんうん! おじ…ユーリくんの言う通りだよ!」


 しかし、櫛田には一切刺さらなかったようだ。怒りを通り越して呆れたように肩を落とす。


「テメェら、本当にアホだな。もしんなことしちまったら、すぐさま他の学校や暴走族の連中に、豊塚高校はいいヤンキーポイントの狩場だってことが知れ渡ることになる。したら、豊塚高校は毎日どこぞのヤンキーに標的にされて、女の生徒どころか男すら通いたがらねぇ学校になっちまう」


「うぉ、正論だ」


「ちょっとおじさん!?」


「あ? おじさん? こいつが?」


「あ、いや……ほら、おじさんが大好きいつもおじさんと一緒にいるからおじさんってニックネームにしたんだ!」


「お前……勝手にすればいいが、自分でやっといて年取ってから被害者ぶんなよ? そういう弱いやつが豊高OBだと風評被害になる」


 薫くんの無茶な言い訳のせいで、パパ活女子扱いされてしまった……。


 それはそうと、確かに、これほど暴力が蔓延した世界で、暴力を放り出すなんてイカれている。

 異世界でも非暴力を掲げている連中は腐る程いたが、そんな奴らは大抵裏で暗殺部隊を抱えていたしなぁ。


「ともかく、お前らの言ってることは、現実的じゃねぇってことだ。ま、そうじゃなかったとしても、絶対許さねぇけどな」


「え? どうして?」


 俺の問いに、櫛田さんは立ち上がり、ムンと胸を張る。


 サラシが解けないかドキドキワクワクしていると、「おい、どこみてんだ! こっちだよこっち!」と、胸元の校章を指差す。


「豊塚高校は、数々の伝説のヤンキーがいた伝統ヤンキー校だ。どの学校も暴走族の連中も、この学ランを見たら道を開けるくらいにすごかったんだぜ。その伝統をオレの代で費やしたら、OBの皆さんに顔向け出来ないだろうがよ!」


 目の前にそのOBがいるんだけどな、と言いたくなったが、これ以上怒らせたくないので、人差し指を立てる。


「そうだな。それじゃあ、もう一つ質問していい?」


「あ? なんだよ?」


「伝統を守りたいなら、ヤンキーでもない女子を増やすのはどうなんだ? 男子校から共学にしたのは、まだその伝説の高校に通いたかった、でわかるんだけど、女子を増やせば増やすほど、男子校だった頃の豊高とは程遠くなると思うんだけどな」


「ちょ、ちょっとおじさん! そんな正論言っちゃ駄目だよ! 言ったよね! 感情でしか物事を判断できないヤンキーに正論なんて水と油ブフっ!!」


 櫛田さんに後頭部を掴まれ、そのまま櫛田が食べていた油の塊の炒飯に顔を突っ込まされる。

 少なくとも薫くんと油の相性は抜群だったようで、見事にテッカテカになってしまった。


 半泣きの薫くんを見て、櫛田は「やれやれ、こいつらがあの人と血の……」とつぶやいてから、ハッと顔をしかめる。


「別に、お前らには関係ない。詮索してんじゃねぇよ」


 そして、ぷいっとそっぽを向いた。

 どうやらなんらかの理由がありそうだが、この様子だと聞き出すのは難しそうだ。


「ああ、そうだね。ごめん」


 俺はこれ以上刺激する前に引き下がる。

 すると、この数時間で数キロ痩せたようにも見える響子が、ヘロヘロで居間に入ってくる。


「ねぇ薫、食べ終わったんなら手伝いなさいよ。櫛田ちゃんもお願いね!」


「あ、うっす!!」


 櫛田さんは薫くんが顔を突っ込んだ炒飯をなんの抵抗もなく掻き込むと、響子に差し出されたエプロンを受け取り、長ランを脱いで、その上からエプロンを着る。


 もう裸エプロンにしか見えないが、女子高生にそんな格好させるのはいかがなものかと響子を見ると、ニタリと粘着質な笑顔を浮かべていたので視線を逸らす。ああ、嫌なものを見てしまった。


 ともかく、響子は櫛田さんを飼いならしてるみたいだし、焦る必要もないだろう。


「よし、それじゃあ俺も手伝おっかな」


「あ、お兄ちゃんは片隅でニコニコするだけだったら許す。それ以外のことは一切したら駄目。どうせ余計なことしかしないんだから。ただ顔をよさだけを生かして。わかった?」


「あ、はい……」


 ついに俺が無能であることをはっきり妹の口から告げられてしまった。

 これから上手に笑えるだろうか。不安だ。


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