第17話 仲間集め。


 櫛田に関しては、これ以上の説得は絶対に駄目だと薫くんに何度も釘を刺された。


 ということで、最初のうちは団体を公にせず、秘密裏にメンバーを集めるという方針で固まったのだった。


 そのメンバーをどう選考するかということだったが、まずは俺の目を使うことにする。


「あのー、ちょっといいですかぁ」


「あっ、はい!! 安福堂のアンパンですよね!! 今すぐパシってきます!!」


 誘拐事件があってから一夜明け、朝の通学路。


 俺に肩を叩かれた女装組の男子はすぐさま駆けて行こうとするので、慌てて彼の手を握って止める。

 どうやらすっかり奴隷根性が染みついているようだ。

 ここから革命を起こすのは苦労するだろうが、やりがいがあるとも言えるだろう。


「パシリだなんて、そんなことさせませんよぉ」


「へ? か、柏木、さん」


 彼とは同じクラスではないはずだが、俺のことを知っているようだった。

 俺の可愛さは他クラスにも轟いているのか……いや、普通に昨日の決闘のおかげか。


「はい、柏木ですっ。ちょっと相談したいことがあるんですけど、いいですかぁ?」


「あ、は、はい! もちろん大丈夫です!!」


 俺は、片手は彼の手を握ったまま、困った顔をして自分のスカートの端を持ち上げて見せる。


「これ、どう思います?」


「えっ、か、可愛い、と、思います!」


「えぇ!?」


 俺はわざとらしく驚いて、頬をぽっと染めてやる。


「いや、その、男なのに、こんな格好してるの、変じゃない、って言いたかったんだけど」


「あ、ああ、そうですよね! で、でも、似合ってるのは似合ってるっていうか!」


「似合ってようが似合ってなかろうが、女装なんて恥ずかしいですし、できることならすぐにやめたいです」


「そ、それは俺だってそうだ! こんな格好してるせいで、他校の彼女にも振られちまって!」


「へぇ、そーなんだぁ。かっこいいのにもったいなーい」


「えっ、えっ、そ、そうかな? へへへ」


「でも、そうですよね。やっぱり、女装なんてしたくないですよね。そこで、一つ提案なんだけど」


「提案?」


「うん、ね、薫く……」 


「ウボェェェ」


 せっかくのお膳立ては、薫くんが電柱にもたれかかりながら嘔吐していたせいで、すっかり台無しになってしまった。 


 女装組男子は完全にドン引きで、「あ、お、俺、いかなくちゃ!」と俺の手を振り解き、駆け出してしまった。


 俺は深々とため息をついてから、いまだに嘔吐を続ける薫くんの背中を撫でてやる。


 てっきりお礼を言われるかと思ったが、薫くんはキッと俺を睨みつけてきた。


「おじさん、よく考えてみて。自分のおじさんが女装して、男子高校生相手に逆ナンしてる光景を目撃しちゃったら、人ってどうなると思う?」


「吐き気を催すだろうね」


「ハズレ! 催す余裕もなく吐いちゃうんだよ!」


「それなら逆に楽でよかったね。吐くか吐かないかの期間が一番苦しいから」


 ちゃんとゲロを掃除してから、俺たちは通学路を歩く。学校が近くにつれ、ヤンキーたちも増えてきた。


 ヤンキーたちの女装男子たちへの扱いは、やはりよろしくない。


 女装姿にからかいの言葉を投げかけるのは軽い方。

 軽い暴力は当然あり、中には女装組の男子を並ばせて、フルスイングでぶん殴っているヤンキーもいる。


 ヤンキー用語で言うところの、『ヤキを入れる』という奴だ。


 根性のない奴に暴力を振るうことで気合を注入する、という大義名分があるが、ま、ただのいじめだろう。


 彼らは他人なのでまだいいが、今後、自分の仲間がこんなことをされたら、暴力を我慢できる自信がなかった。

 やはり、薫くんの支配下に入ったのは正解だったなぁ。


「しかし、さっきの彼は逃したくないね」


「へ? あの人、強かったの?」


「うーん、強いというよりは、強くなりそうってところかな」


 ヤンキー全盛時代に不満を持っている女装組の男子を取り入れ、反ヤンキー集団を作るのは、俺と薫くんの良さを存分に活かせば、案外容易にできるのではないかと考えている。


 しかし、問題はその団体の継続だ。

 そんな活動をしていたら、当然ヤンキーに目をつけられる。櫛田の言うように、暴力に対する自衛手段がないようでは、すぐに潰されてしまうだろう。


 当然俺一人で守ることはできるが、薫くんが許可しない。

 となると、ある程度、個々人が自衛できるだけの実力者であることはやはり重要である。


 しかし、女装組の男子は、その暴力闘争に負けた結果、低ランクに落ち着いた奴らばかりなので、現段階では戦力にはならない。


 だからと言って、ずっと弱者なわけではない。


 女装組の中にも、磨けば輝く光る原石がいる。

 まずは彼らを優先的に勧誘し、彼らを強く育てることで、公表後もヤンキーたちから手を出されにくい集団にすることが、目下の俺たちの目標なのだ。


「彼の場合は、魔力は大したことなかったけど、”心眼”と、さらに素肌で触れたことによって魂を見たところ、戦士資質だったんだ。おそらく前世が戦士だったのかもね」


 前世の肉体が魂に影響を与え、その魂が今世の肉体に影響を与えることは、櫛田を見ればわかる。


 あそこまでのは珍しいが、例えば前世が戦士なら、今世も魂はある程度戦士気質なので、鍛えたらそれなりの戦士になれる。


 ”心眼”はそんな魂を知覚する、魔法、というよりはスキルだ。


 スキルは、魔力が多かったら比較的簡単に習得できる。

 中には、魂に付着した情報から、前世そのものを見抜ける人もいたりするのだ。


 俺の場合、”記憶”と言う一番の情報が丸々残っているので、見る人が見ればすぐに分かるだろう。


 響子がすぐさま俺に気づいたのも、俺の魂を知覚したのだろう。


 当然響子は”心眼”など持っていないだろうが、”心眼”など必要のないほど、俺と響子の魂の繋がりが強固だったのだ。


「響子だけにね」


「……………」


 冷め切った目で俺を見る薫くん。

 俺がいない間に、日本人のジョークセンスはここまで落ちたかと落胆する。


「あ、ちなみに薫くんの魂はね」


「あ、聞きたくない。わかってるから。どんだけ筋トレしても筋肉ひとつつかないし、運動音痴だし」


「どうやったってクソ雑魚だね」


「言わないでっていったよね!?」


 泣き叫ぶ薫くんの肩をポンポン叩く。

 男というのは、現実を知って強くなるのだ。


「大丈夫。その代わりに、薫くんには響子譲りの生まれ持った可愛さがあるんだから、そこを活かせばいいのさ」


「……それ、ついさっきのおじさんみたいなことしろってこと!? 絶対に嫌!!」


 俺はやれやれ、と肩を竦める。

 なんだかんだ、この世界は平和ってことだ。ていうか、自分が可愛いことは否定しないんだな。


「薫くん、そうやって手段を選んでいたら、いつまでたっても仲間は増えないよ。薫くんの言うとおり、このヤンキーが支配する世界で、反ヤンキー集団に入るってのはリスクなんだから」


「……う、それはそうかもしれないけど」


 と、遠くから、それ用のマフラーを付けられたバイクの爆音が聞こえてきて、ヤンキーも女装男子にも平等に緊張が走る。


 櫛田のお出ましだ。


「ほら、チャンスだよ、薫くん。君の可愛さで櫛田さんを堕とすんだ」


「はぁ!?」


 すると、八十年代でもなかなか見なかったくらいにド派手なカラーリングのバイクが、俺たちの隣に止まった。俺は思わず声をあげる。


「おお、フェックス!! 懐かしいなぁ」


「あ? 懐かしいって、これ、何十年も前のバイクだぞ」


 Z400FX、通称フェックスにまたがる櫛田さんが首を傾げる。


「ああ、そうだったね、何言ってんだろ俺」


 何せ、俺が学生時代に乗っていたバイクだ。

 確か、当時大型バイクに乗るには一発試験かなんかを合格しなくちゃいけなくて、ほぼ無理ゲーだった。


 しかし、このフェックスは、中型でありながら大型バイクっぽいルックスでかっこいいんだ。

 当時は三十万とかそこらで買えたんだよなぁ。今は十倍以上の値段で取引されているみたいだけど。


 しかし、このカスタムはちょっとなぁ。

 いや、俺も昔はなんならまんま同じカスタムしてたけど……いや、まんますぎないか!? もしかして俺が手放したやつか!?


「く、櫛田さん、それ、どこで……いや、いいや。おはよう」


 俺は薫くんの腕を肘でツンツンと突く。

 ほら、チャンスだよ、と口の動きだけで言うと、薫くんはブンブン首を振って拒否するので、無理やり背中を押した。


 薫くんは櫛田さんの前に出ると、顔を赤くしたり青くしたりしながら、名一杯の可愛い顔を作って見せる。


「く、櫛田さぁん、そのバイク、すっごくかっこいいね! 僕も乗ってみたいなぁ」


「はぁ? なんだよ気持ちわるい。お前には用はねぇんだ。退けよ」


 バイクを降りた櫛田は、腐った生ゴミを見るように嫌悪感丸出しで薫くんの横を通り過ぎると、俺にガンをつける。


「お前、渡部をやってくれたらしいな。暴力反対って話はどうなったんだ?」


 渡部のやつ、早速櫛田にチクったようだ。しかし、好きな女に助けを求めるとは、なんともまぁ情けのない男だ。


「へ? なんのこと?」


「とぼけてんじゃねぇよ。渡部がお前にボコられたって話が来てんだよ」


「え? なんのこと? むしろ、昨日決闘で渡部くんにボコられたところなんだけど」


「……おい、そんな態度なら、オレが直々にお前に決闘を挑んでもいいんだぜ?」

 

 俺たちの会話に聞き耳を立てていた周りのヤンキーたちと薫くんが、悲鳴に近い声をあげる。安心してほしい。口だけの脅しだ。


 彼女が伝統を重んじるヤンキーなら、俺に決闘を申し込むなんて恥ずかしい真似はできないはずだ。


 渡部の話が本当だとしても、側から見れば俺はただのパンピー。

 そんな俺に決闘を挑むなんてのは、ただの弱いものいじめに映ってしまう。


 真のヤンキーならそんなことしない……と言っても、俺たちが反ヤンキー団体を実際に立ち上げたと知ったら、話は変わってくるかもしれない。


「ご、ごめんね、櫛田さんが何が言いたいのか、よくわからないんだ」


「……はっ、そうやってしらばっくれてられんのも今のうちだ」


 櫛田はずいっと俺に詰め寄ると、綺麗な瞳で俺を睨め付けた。


「お前がボロを出すよう、これからずっと、お前のことを監視してやる。覚悟しとけよ」


 そういうと、櫛田はフェックスに跨り、爆音を轟かせながら校門をくぐって行った。


 これはまた、面倒なことになったな……と、背中を叩かれたので振り返ると、薫くんが恨めしげに俺を睨む。


「おじさん、一生恨むからね」


「おお、その顔も可愛い可愛い」


「……だ、だから、そんなのどうでもいいんだって!!」


 口ではそう言いながらも、機嫌はだいぶ治った。

 どうやら女の子扱いされるのは嫌だが、可愛いと言われるのはそこまで嫌じゃないらしい。おじとして、そのチョロさはちょっと心配だな。

 

 

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