第16話 Sランクエルフヤンキー、櫛田の実態②。 ※ヒロイン視点


「ちょ、ちょっと姫乃!? どうしたの!!」


「なんでもないって!!!」


 私の絶叫を聞きつけたママ、じゃなくて、ババアに怒鳴り返す。


 そして、ベッドから飛び上がると、長ランを身につけて柏木悠人様の正当な後継者ヤンキーに早変わりする。


 そして、浮気者とばかりにオレを睨みつける悠人様に土下座した。


「悠人様、違うんです! 悠人様のことを知ってからというもの、オレは悠人様一筋なんです!」


 いや、それは正確ではないか。

 悠人様の前で嘘をつくなんてことはあってはならない。悠人様とどのように出会ったか、今一度振り返らなくちゃいけねぇ。


 初めて悠人様の存在を知ったのは、あるようつべ動画だった。


『横浜の最恐ヤンキー、【一匹銀狼】Y.Kの嘘みたいな伝説!』。


 確か最初は、関連動画に出てきた動画を間違えて踏んだんだったか。


 当時のオレは、この髪色と、犬のような形の耳のせいで、男どもから揶揄われ、何も言い返せないような気弱な小学生だった。


 そんなクソ雑魚に、そのヤンキー数々の伝説はあまりに刺激的すぎた。

 オレはすぐさま動画を閉じ、布団にくるまって震えながら親が帰ってくるのを待ったのを覚えている。


 しかし、一週間たったころ、何故だか無性にその動画が見たくなった。


 オレは急いで学校から帰ると、家のタブレットでようつべを開き例の動画を見つけ、親が帰ってくるまで、中毒者のように何回も動画を見返した。


 気づけばオレは、その伝説のヤンキーに夢中になっていたのだった。


 その伝説のヤンキーの実名は、動画の管理者がずさんだったんだろう、動画のコメント欄の方に書かれていた。


 柏木悠人。


 そして、ここらへんでは有名は『カシワ食堂』を切り盛りする妹の兄だという事も、少し調べれば出てきた。


 オレはそれから毎日のように、外食するなら『カシワ食堂』に行きたいと、ママに駄々をこねた。

 あの頃のオレはロクにわがままも言わない子供だったので、ママは喜んで連れてってくれた。


 そして、いつものように『カシワ食堂』でラーメンをすすっていたある日。


 母が化粧直しにトイレに行った。

 悠人様の妹である響子さんと二人で話せる機会を逃すつもりはなかった。


『そ、そういえば、大変ですよね。お兄さんがすごいヤンキーで、そのせいでこの食堂にも悪い噂が流れちゃったって聞きました。でも、彼の伝説を見たら、全部どう考えても嘘ですし、本当にネットって怖いですね』


『え? ああ、あれ全部ほんとなんだよね。だから風評被害でもなんでもないんだよ』


『……好き』


『へ? ああ、ラーメンね。あんがと。よかったら替え玉サービスするけど?』


 あのような伝説が全て現実にできるのなら、できないことなんてない。

 気弱なオレでも、悠人様のような強いヤンキーになれるんだ。


 オレの、記念すべきヤンキーデビューの日で、いじめられっ子だったオレの人生が、好転し始めた瞬間だった。


「そう、オレは、悠人様のおかげで生まれ変われたんだ。そんな悠人様のことを裏切るなんて、許されるわけがねぇ……」


 そう、オレは一生、悠人様を愛し続ける。浮気なんて絶対にしねぇ。


 ましてやユーリなんて、渡部程度に凹られるような雑魚に、心を揺さぶられるわけがない……はずなのに。


「なんであんな奴から、悠人様を感じちまうんだ……」


 言い訳になっちまうのはわかってる。


 でも、オレはあくまで、ユーリ本人にときめいているんじゃない。

 ユーリから感じる”悠人様み”に、こう、動揺させられちまってるんだ。


 初めて教室であいつを見たときなんか、完全に悠人様とかぶっちまって、一瞬、悠人様の霊を見ちまったかと思ったほどだ。


 だから、その、つい……言い訳にもなってねぇ。他の男に、好きな男の面影を見ちまってるって時点で浮気じゃねぇか。


 なんで、なんでなんだ? 

 やっぱり、あいつが悠人様の親戚だからか? いや、それなら薫だってそうだけど、薫からは全く悠人様を感じたことなどなかった。


 やはり、あの髪色だろうか……いや、そんなので悠人様の面影を感じさせられるほど、伝説のヤンキーってのは甘くない。


「クソ、一体なんなんだよ、あいつ……」


 まさか、悠人様の生まれ変わり、なんてことねぇだろうな。

 悠人様が亡くなったのは十六年前だし、時期的にはあってる……。


「ハハ、何考えてんだオレは」


 そんなクソったれな現実逃避をしてるようじゃあ、地獄で閻魔をぶっ殺して番を張ってる悠人様に笑われちまう。


 悠人様は、もういない。

 だからこそ、オレは悠人様の意志を継ぐヤンキーとして、豊高の伝統を守らなくちゃいけないんだ。


『伝統を守りたいなら、なんでヤンキーでもない女子を増やそうとしてるの? ま、男子校から共学にしたのは、まだその伝説の高校に通いたかった、でわかるんだけど、女子を増せば増やすほど、ヤンキー校とは程遠くなっちゃうと思うんだけどな』


 今日のユーリの憎たらしいくらいに鋭い指摘に、思わず反論する。


「馬鹿が、それも、悠人様の意志なんだよ。お前も悠人様の親戚なら協力しやがれ。ああ、あと、その制服、似合ってるぞ」


 一九八四年の夏、柏木悠人様が当時通われていた豊塚高校を共学にして自分のハーレムを作ろうとしていたのは、悠人様の数ある伝説の中ではややマイナーで、悠人様ファンでも知らない人は多いだろう。


 マイナーである原因を一つ挙げるとしたら、結果、共学化が成功しなかったこと。

 悠人様の意志を継ぐヤンキーとして、実現させないわけにはいかなかった。


『俺と薫くんで、豊塚高校に蔓延する暴力を根絶する活動をして行こうと思っているんだ。よかったら、櫛田さんも参加してくれないかな?』


「何言ってんだお前! そんな弱男丸出しの活動を、悠人様の親戚にさせられるわけないだろ! ま、ユーリ、お前が弱いのは事実だが、豊高にはオレがいる。そして、オレがいる限り、お前を守ってやるよ」


 って、何もっとうまいこと言えたかなって今日の会話反芻してんだオレは!!! 


 第一、オレが悠人様ガチ恋勢であることは知られちゃいけないだろうが!!……いや、ユーリに知られたくないとかそういうわけではなくて、単純に恥ずかしいから誰にも打ち明けてないってだけだ!!


「クソ、ユーリのやつ、なんなんだよ……」


 逆恨みとはわかっちゃいるが、あの野郎、マジでヤキ入れたい。

 いや、逆恨みでもなんでもないか。暴力を無くそうとしているアイツらは、全ヤンキーの敵なんだしな。ま、あいつらがそんな大それたことできるわけもないから、理由としてはちょっと弱すぎるが。


 ピンポーン。


 そう思った時、うちのチャイムが鳴った。


 こんな時間に誰だよ、と思いながらも、ババアが対応するだろうと放っておいたが、チャイムの連打は止まらなかった。


「チッ」


 オレはベッドから起き上がると、階段を駆け下りリビングへと向かう。


 するとババアが、青ざめた顔でオレを見た。


「おい、とっとと出ろよ」


 ババアが無言で首を振るので、オレは舌打ちをして、インターホンを覗き込んだ。


「……ああ?」


 顔がボコボコに腫れて、トレードマークのリーゼントが崩れていたから、一瞬誰だかわからなかった。


「おい、渡部、誰にやられた」


「た、た、助けて、助けてください!!!」


「あ? だから、誰かに襲われた」


 うちの高校のやつに手を出すってことは、オレに喧嘩を売ってるってのとおんなじだ。


 もし他校か暴走族の奴らが何かしやがったってんなら、抗争の準備をしなくてはならない。


 しかし、渡部の返答は、意外なものだった。


「あ、あいつ、あいつです、あの、コスプレ野郎!」


「あ? コスプレ野郎? 誰だよそれ」


 渡部はインターフォンにへばりつき、情けない顔でこう言った。


「柏木!! 柏木ユーリです!!」


「……あ?」



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