第18話 エルフスケバンが同じクラスに越してきた。


 流石ヤンキーというか、櫛田は有言実行の女だった。


 俺の隣の席の陰山くん。


 俺が話しかけても「あっ、あっ、あっ」としか返してくれないけど、授業中俺の方をチラチラ見ていたので、俺と仲良くなりたいかよくわからなかった。

 

 しかし、わかる機会は完全に奪われてしまったようだ。


「え、え〜、その、陰山は、お家の事情で転校することになった。そこで、その陰山の空いた席に、櫛田が座ってもらうことにした」


「よろしく」


「「「よ、よろしくお願いします!!!」」」


 突然の陰山くんの転校。代わりにやってきたのは、二年八組の櫛田だった。

 

 転校ならぬ転組。

 こんな無茶苦茶が通ってしまうのが、Sランクヤンキーの特権というところか。


「よぉ、偶然だな」


 陰山くんがいなくなった席に、櫛田がどかっと座り込み、俺に凶暴な笑みを向ける。

 俺も笑みで返した。


「櫛田さん、優しいね」


「……はぁ?」


 櫛田が、口をポカンと開けて驚く。

 こう見ると威圧感が消えて、年相応の可愛らしい女の子だ。


「だって、俺を八組に無理やりいれることもできたはずでしょ? それなのに自分から一組に来てくれるなんて、すごく優しいなって」


「……っっっっ!!!」


 櫛田は、みるみるうちにエルフの耳まで真っ赤になる。

 ヤンキーってのは元来照れ屋なものだが、それにしたってオーバーリアクションだった。

 

「ちょ、ちょっとおじさん! お願いだから怒らせないで!!」


 チャイムが鳴ると同時に、担任が逃げるように教室を出て行く。

 すると、櫛田は顔を真っ赤にしたまま、こう叫んだ。

 

「テメェら、廊下に並べ!!!!」


「「「はっ、はい!!」」」


 二年一組の面々はぴょんと立ち上がり、一斉に廊下に出ようとするので、


「ああ、終わりだ……」


 ガクブル震える薫くん。

 とりあえず背中を撫でてやるが、震えは治りそうにない。

 「どうしたの?」と聞くと、薫くんが震える唇を開く。


「櫛田さんは、朝、同じクラスの人間にヤキを入れるんだ……」


「ああ……」


 彼女なら、いくらかわい子ぶったところで免除とは行かないだろう。


 俺は仕方なく、弱まってきたデバフをもう一度掛け直して、生まれたての小鹿三百匹分くらい震える薫くんに肩を貸して、廊下に並んだ。


「オラ、頬だせ」

 

 異常な量の魔力が、櫛田の身体から立ち昇る。


「はっ、はい!!」


 先頭のヤンキーが一歩前に出た瞬間、ヒュンと風を切る音とともに、ヤンキーが廊下を一直線に吹っ飛んでいった。

 

 そして、事前にマットを敷き詰めておいた廊下の角に突っ込むと、べちゃんと地面に落ちる。


「次」


「は、はいっ」


 まるでベルトコンベアの流れ作業のようにヤンキーたちが吹っ飛ばされていき、廊下の隅にヤンキーの山が出来上がっていく。


「へぇ、結構本気でやってるね」


「そうなんだよ! たかだかヤキであそこまでする!?」


「……本人としても、そのつもりはないんじゃないかな?」


 魔力のコントロールがまともにできていない。ならば、彼女の魔力による身体能力強化は、ゼロか百かというところ。

 それなら、俺が出る幕もないかもしれないな。


 と、思案しているうちに、俺たちの順番がやってきた。


 俺としてもこの怪力で殴られるのは嫌だが、何より隣で震えている薫くんが殴られているところを見せつけられる方がよほど辛い。


「オラ、前にでろ」


 櫛田がそういうので、前に出るとこう言った。


「櫛田さん、薫くんの分まで、俺を殴ってもらっていいかな?」

 

「あ?」


「薫くんの分も肩代わりしたいんだ。いいよね?」


「お、おじさん!?」


 慌てる薫くんに微笑みかけてから、櫛田に向き直ると、櫛田はずいっと俺に顔を寄せ、ギロリとメンチを切ってくる。


 あまり強気なところは見せたくないが、ここで顔を逸らすような人間の提案を受け入れるヤンキーなどいないので、櫛田を睨み返す。

 声にならない悲鳴がヤンキーたちから上がった。


 これからの無駄でしかない時間を思うとため息をつきたくなったが、それから数十秒もしないうちに、櫛田の顔はみるみるうちに真っ赤っかになっていったのだ。


「そ、その心意気だけは買ってやりゅ! 今日はもう終わりだ!」


 そして、踵を返して歩き出そうとしたところで、キュッとブーツの底と床が滑る音。


 櫛田はバランスを崩す。このままでは後頭部を打ちつけそうだったので、反射的に彼女の背中に手を回して支えた。


「ぁんっ」


 櫛田の口から悲鳴が漏れたので、「大丈夫、櫛田さん?」と聞くと、彼女の顔がみるみる真っ赤に染まる。


「て、て、て、テメェ何勝手なことしてんだ!! テメェなんかに支えられなくても大丈夫だってんだよ!!!」


 そしてそう叫ぶと、俺の腕を振り払い、プリプリ怒りながら去って行ったのだった。


「お、おじさん、その、ありがとう」


「ああ、うん、全然」


 しかし、なんか、メンチで勝ったって感じじゃなかったけど、まあいっか。




 ⁂




(クソ、クソ、クソ、なんなんだよ、あいつ!!!)


 バクバクと高鳴る心臓を黙らせようと拳で叩こうとするが、無駄にデカい胸のせいで全く意味がない。


 見ると、胸元まで真っ赤になっちまってる。

 オレは無性に恥ずかしくなって、長ランの前を閉じたが、動機は治らない。

 それどころか、お腹のあたりがきゅんきゅんして、いてもたってもいられなくなった。


(クソ、なんでこう、あいつが悠人様だって思っちまうんだ!! オレ、マジでどうにかしちまったのか!?)


 いや、でも、ガンをつけて来たときの、あの目。

 ヤンキー雑誌を拡大してポスターにした悠人様の目とそっくりだった。


 トーンこそ落ち着いているのに、強い意志を感じさせる悠人様の目……。


「ああ、クソ!!」


 渡部のあの様子からして、嘘ってことはねぇだろうし、あいつ、マジでなんなんだよ!?


 ……元からそのつもりだったが、もっと、ユーリのことを知らなくちゃならねぇ。


 もちろん悠人様をこれ以上裏切るつもりはねぇ。

 むしろ、悠人様をより深く愛するために、ユーリと悠人様が全く違う人間で、ユーリなんか悠人様とは比べ物にならないってことを実感する。


 そして、俺のこの感情が、ただの勘違いであることを証明するんだ!

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