第19話 エルフスケバンが俺のストーカーになった。

           

「……あの、櫛田さん? ここ、男子トイレなんだけど」


 ただでさえ、俺がトイレをしていると妙な空気が流れるというのに、俺と一緒に櫛田が入ってきたので、ちょうど自分のものをしまおうとしていたヤンキーが驚きのあまり勢いよくチャックをあげた。


 結果、彼は実を挟み、うぎゃっと悲鳴をあげたのだった。


 ヤキを中断した櫛田は、顔を行ったかと思いきや、すぐに教室に帰ってきた。


 そして、俺を監視するためか、俺と付かず離れずで行動するようになった。


 これほど厳しく監視されたら、仲間集めもできない……ということはなく、むしろこうやって俺にべったり引っ付いてくれるおかげで、薫くんが自由に動けている。


 しかし、流石にトイレくらいは遠慮してくれると思ったんだけどな。


「あぁ? 今の時代、トイレを性別で分けるってこと自体がクソってことも知らないのか?」


 ああ、ジェンダー問題とかそういうのか。

 ヤンキー全盛期が再びやってきた、よりもよほど無茶な話だと思うんだが、どうやら神様の干渉はないようだ。

 人って時々、神様よりもめちゃくちゃなこと言い出すよなぁ。


 そこで、俺は意地悪なことを思いついた。


「ふぅん? それだったら櫛田さん、ここでトイレしてよ」

 

「……あ、あぁ!?」


 動揺する櫛田さんに、当たり前でしょと肩を竦めて見せる。


「いや、櫛田さんが言ったんだよ? 性別によってトイレを分けちゃダメだって。ヤンキーなら、一度吐いた言葉を飲み込んだりしないよね?」


 櫛田さんの顔が、怒りか羞恥かわからないが、真っ赤になる。


 ぶん殴られる前に謝ろうと思った時、櫛田さんは小便器の前に立つと、スカートの中に両手を入れた。


 めくれたスカートからほどよく筋肉のついた白い太腿があらわになり、ヤンキーたちが息を呑む。

 

 櫛田はそのまま、勢いよくしゃがみ込んだ。

 そして、すぐさま立ち上がると、櫛田の足元には、テラテラと光る真っ赤なパンティ。


 櫛田はそのままスカートをめくろうとするので、流石に俺も慌てた。


「ちょ、櫛田さん、なにやってるの!?」


「ああ!? 止めんなコラ!! お前が言ったんだろ、ここでトイレしろってよお!」


「いや、そんなの冗談に決まってるでしょ!!」


「黙れ!! どのみち、お前から目を離したらなにするかわかったもんじゃないから、ここでするしかない!!」


「そんなことないよ!? ほら、女子トイレ行こう!」

 

 俺が櫛田の腕を掴むと、櫛田がびくんと身体を震わせる。よく見ると、ヤンキーらしくない内股だ。


「ま、まさか櫛田さん、もう限界!?」


 櫛田は無言で睨みを利かせてくるので、肯定ととっていいだろう。


 一刻の猶予がなさそうなので、俺は櫛田を個室の方に引っ張っていってから、外に出ようとした。


 が、その前にヤンキーたちが「お供します!!」と個室に入ってこようとするので、慌ててドアを閉める。


 男たちの上履きが、ドアの下で綺麗な整列をかました。ドアを叩いて彼らを追い返そうとしたが、彼らの上履きは微動だにしなかった。


「……っ」


 すると、後ろから、ジョロジョロと水音が響く。これはまずい!


 俺は慌てて、全力で音姫の物真似をした。

 火事場の馬鹿力なのか、異様に上手にできて、ドア向こうの男たちも、「おお、すげぇ、音姫うめぇ……」と、感嘆の声をあげた。


 どうやら窮地に追い詰められた音姫の物真似の才能が開花したようだ。

 いつ使うんだよ、と言いたかったが、こんなことがこれからも起こるなら、それなりに役立ちそうだ。


 このような問題は、次の体育でも起こった。


 六月に入り、今日はまだ肌寒いプール開きの日だった。

 男子更衣室に入ってこようとする櫛田を、他のスケバンと俺が必死に止めたが、櫛田はどうやっても俺の監視をやめないと言う。


 他のスケバンたちは、悩みに悩んだ結果、俺を女子更衣室で着替えさせることにしたのだった。


 と言っても、目隠しされた上にグルグル巻きで、その上定期的に「見てんじゃねぇよ!!」と理不尽に蹴られるだけなので、何にもいいことない。


「ちょ、ちょっと姉さん! 流石にその格好は!」


「あぁ? なんでだよ?」


 そこで、せめて衣擦れの音を聞こうと耳をすましていると、何やら揉め事が起こったようだ。


「あのー、着替えが終わったなら、そろそろ解いてもらってもいいかな?」


「チッ、そのくらい自分で解けよ」


 まあまあ無茶なことを言って、櫛田が俺の目隠しを取ると、俺は唖然としてしまった。


 履いているのは、狼の刺繍が入ったトランクス型の水着。

 そのセンスは置いといて、問題は上だ。


 長ランを脱いだだけ。サラシそのままなのだ。


「櫛田さん、まさかその格好で水泳の授業に出るつもり?」


「あ? そうだけど、なんか文句あるか?」


「文句って言うか、普通にポロリしちゃうと思うけど」


 櫛田の立派なものをしっかり押さえているのだから、それは丈夫なサラシなんだろうが、水を含めばズレるし透けるしで大変だ。


「そ、そうですよ姉さん! もしよかったらコレ、着てください!」 


「馬鹿が。オレがそんな女ものの水着を着れるかよ」


 ギャルから差し出された豹柄のビキニも受け入れようとしない櫛田。

 俺はやれやれとため息をついて、櫛田にこう言った。


「チーターは地上最速の動物で、最高時速は約121kmなんだよ、櫛田さん」


「はぁ!? ちょっとユーリ、あんた何言って」


「チッ、着てやるよ」


「えぇ!?!?!?」


 驚くこともない。ヤンキーはとにかく速いものが好きなのだ。


 再び目隠しをされて、櫛田の着替えがおわるのを待ってから、やっと自由の身になる。


「さて、それじゃあ俺も着替えるけど……」


 俺を監視する目的の櫛田はともかく、他のスケバンやギャルたちも出ていこうとしない。

 俺が首を捻ると、スケバンギャルたちはニヤニヤ意地悪く笑った。


「なんであーしらが、あんたみたいなFランクの雑魚男のために気を使わないといけないのよ! とっとと着替えろや! ねぇ、姉さん!」


「ああ、その通りだ。オレたちの手を煩わせるな。とっとと着替えろ」


 女たちは「ぬーげ、ぬーげっ」と、下品なコールを始める。俺をいじめているつもりかもしれないが、はっきり言って興奮しかしない。

 

 俺がセーラー服の上を脱ぎ捨てると、「きゃっー、意外と筋肉質!」と黄色い悲鳴が上がる。なんだかんだ彼女たちも思春期の女子ということか……って。


「…………………」


 そんな中、一人平静を装っている櫛田だが、その視線はチラチラと俺の身体に向かっている。

 揶揄からかってやりたいところだが、キレられそうだから辞めておいた。

 

 俺はスカートをささっと脱ぐと、スケバンたちはゴクリと唾を飲む。

 俺はなんの抵抗もなく、パンツを脱ぎ捨て全裸になった。


「「「デッッッッ!?!?」」」


 すると、スケバンたちの驚きの声が、更衣室にこだました。


「……ふ、ふぇぇぇぇんっ」


 すると、一人のスケバンが、ヘナヘナと腰を抜かして泣き出してしまった。

 他の女子たちが彼女に駆け寄ると、俺を睨みつける。


「ユーリおまえぇ! とっととそのバケモンみたいな物しまってよ!」


「そんな物を持っててミニスカートを履いてるとか……この変態!」

  

「…………ふっ」


 バケモノと言われたショックにギリギリのところで興奮が勝ち、バケモノがよりバケモノになったところで、まさかの櫛田が鼻血を出して倒れるというハプニングに見舞われたのだった。

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