第8話 Aランクヤンキーと決闘。


「おいおい渡部、早速転入生いじめかよ!!」


「渡部、テメェに賭けてんだから、万が一負けたら承知しねぇぞ!!」


「【神拳】の異名は伊達じゃねぇってところを見せてくれー!」


「殺せーー!!!!」


 本来は三限の授業が行われる時間。俺と渡部は、コの字型の校舎の中庭に立っていた。


 校舎の窓から身を乗り出したヤンキーどもが、猿のように興奮している。

 教師たちは止めるそぶりすら見せないのは、この行為が日常的に行われているからだろうか。


 極め付けは、わざわざ中庭までやってきて俺たちを囲うギャラリーの中に、俺たち二人にスマートフォンを向けているヤンキーが複数。


 薫くん曰く、撮影したものをヤンキーギルド内の動画投稿サイトに上げるらしい。人気のものは一億再生を突破しているらしい。


「おじっ……ユーリくん、頑張ってー!!!」


 殺せ、殺せ、のコール巻き起こる中、一人、薫くんだけは俺の応援をしてくれている。


 お世辞にも強いと言えない彼のような人間にとって、この環境は地獄そのものだろう。


 そして、決闘相手は渡部。


 薫くんのためにも、ぜひともボコボコにしてあげたいところだし、なにより先ほど彼に感じた殺意は、しっかりと燻っている。


 その渡部はというと、本来の目的にほぼ使われていないだろう煤けた朝礼台に深々と頭を下げた。


「櫛田さん、この度は、立会人を受けてくれて、マジでありがとうございます」


 どうやらこの時代のヤンキーの上下関係は、年齢ではなくランクで決まるらしい。

 しかし、渡部が櫛田に向ける熱っぽい視線は、ただ上下関係を守ってるだけではなさそうだった。


「別に。暇だったからな」


 櫛田は、朝礼台の上であぐらを掻き、退屈そうに頷く。

 決闘には立会人が最低一人必要で、決闘するヤンキーとランクが同じかそれ以上でなくてはいけないという条件があるらしい。


 Sランクヤンキーの櫛田ならどんな決闘の立会人でもできるわけだが、彼女が立会人をやるのは珍しいらしい。


「しかし、なんだってこんな勝ち負け分かりきってる決闘の立会人を受けたんだ? 姉さん、Aランク同士の決闘すら立会人やりたがらねぇってのに」


「もしかしたら、あの美少年がめちゃくちゃ強えっていうことなんじゃねぇのか?」


「いやいやありえねぇだろ流石に……けど、んなこと言ったら姉さんもそうか」

 

 ヤンキーたちのヒソヒソ話も、俺の聴力なら聞き取れる。


 チラリ、と櫛田を伺う。

 櫛田は頭を下げている渡部でなく、俺のことをまるで値踏みするようにジロジロと見ていた。


 やはり、俺の魔力を感知している可能性は捨てきれないな……。


 総合的に考え、一つの結論に至り、俺は手を上げた。


「櫛田さん、ちょっと待ってもらえませんか」


 櫛田は「なんだ?」とめんどくさそうに眉根をあげる。


「俺、スマートフォンを持ってないから、ヤンキーギルドにも所属していないし、決闘する理由がないんですが」


「あぁ!? 何言い出してんだテメェ!! 逃げんのか!!」


 俺の至極真っ当な意見に、ヤンキーたちから猛烈なブーイングが巻き起こる。


 しかし、櫛田が手を上げると、途端に静かになった。


 櫛田は、腕を組み巨乳を押しつぶしながら、俺を見下ろした。


「それに関しては心配いらない。ポイントの譲渡は、お前がスマホを買った後必ずやらせると、このオレが直々に約束してやる」


「いやぁ、スマホ買う予定ないんだよなぁ。うち、貧乏で」


「……オレが立ち会う以上、ポイント全賭けのデスマッチだ。お前が勝てば即座にAランクのヤンキーになんだから、スマホ程度好きにできる。それ以前に、豊高の生徒なんだから、売られた喧嘩は絶対に買わなくちゃならないから、お前に拒否権はない」


 これまた無茶苦茶な理屈だが、誰一人意義を唱えることもなく、むしろ当然と言わんばかりだ。

 逃げ出そうものなら、明日から激しい虐めに合いそうで、親戚の薫くんも巻き込んでしまうかもしれない。


「はぁ、わかったよ。決闘を受ける、それでいい?」


 俺がため息混じりにそう言うと、校舎が揺れんばかりの歓声が起こった。

 

 俺は、渡部と向き合う。


 彼は、昨日とは打って変わって、しっかりと両拳を顔の前にガードを固めるスタイルをとっていた。


 異名が【神拳】なことからも、それなりにボクシングを齧っているようだ。昨日は、俺が素人だと思い油断していたのかな。


 ……思えば、いい機会かもしれない。


 このレベルの治安なら、今後もゴブリン以下の彼らとの戦闘を避けるのは難しいだろう。


 異世界では、俺自身が器用な方でもないってのがあって、ゴブリンなんかワンパンで瞬殺が基本だった。

 もちろんゴブリンなんだから生かす意味もないし、問題はない。


 しかし、これからはそうもいかない。

 いかに日本の治安が最低レベルになっていても殺人は許されないはずだからだ。


 つまり、ちゃんと”虐殺”ではなく”決闘”になるよう、こちらがうまく手加減しなくてはならない、ということだ。


「しゅっ」


 と、ゆっくり距離を詰めてきていた渡部が、俺の顔面目掛けてジャブを打ってくる。

 一度骨を折られたというのに、随分と勇気のあることだ。


 まずは、自分をとり囲う魔力を完全に解除して、こいつの打撃を受ける。

 さて、ご自慢の【神拳】は、どの程度のものかな。


 顔面に一発食らう、と、羽毛で撫でられた程度の感覚。

 勇者になるために生まれてきた俺の肉体は、素でも普通の人間とは耐久力が全くもって違うのだ。


「うぅ…イタタ」


 鼻頭にパンチをくらっているのだ。このまま突っ立ってたらおかしいので、後ろによろめく。


「あ、あぁ!?」 


 しかし、殴った方にはやはり違和感があるようだ。

 渡部は、追撃のチャンスだというのに、自分の拳を眺めて戸惑っている。


 仕方ないので、俺はよろめきながらも前進する。


 すると渡部はハッとなって、ジャブの連打を俺の顔に浴びせる。

 俺は、今度は右ストレートの間合いまであとずさった。


「うらぁ!」


 少しわざとらしかったが、渡部は何の疑問も持たずに、渾身の右ストレートを俺の顔に打ち込んできた。


 やはり、ダメージ一つもない。俺は渾身の演技で答えることにする。


「ぐぇぇ、き、効くぅぅ」 


「……テメェ、効いてねぇのか!?」


 結果、連勤明けにマッサージを受けた、みたいな演技になってしまい、あっさりとバレた。

 幼稚園の学芸会で一人芸能界ばりの干され方した俺には、ちょっと無茶があるみたいだ。

 

 しかし、こんなパンチじゃ何発食らっても傷一つつかない。

 自傷してもいいがしこれまた手加減の調節がめんどくさそうだし、ぶっちゃけ怖い。


 そうなると、俺は俺で、ある程度リスクを負う必要がある。

 もちろん、異世界での戦いと比べたら、他愛もないものではあるのだが。


 俺は、自分の身体の中で魔力を練り上げ、外に放出せずに、そのまま魔法を発動する。


 通称デバフ。

 掛けた相手の能力値ステータスを下げる魔法だ。身体能力はもちろん、魔力の総量も減少する。


 その魔法体系から、解除は俺でも難しい。

 よって、デバフにかからないよう防御魔法を纏うのが、異世界での戦闘では基本中の基本で、それは魔王軍とて同じことだった。


 なので、結局ほとんど使わなかった魔法。

 まさか、自分にかけることになるとはな……とりあえず全力でかけてみたが、果たしてどうなるか。


 と、デバフのかかった身体が、ズドンと重くなる。

 

 思わず足が地面にずぶずぶ沈んでいっていないか確認したほどだ。


 視界がぼやけ、何もしていないのに息が荒くなっていく。尻餅をつかないようたっているのがやっとだった。


 そんな俺の腹に、渡部の拳が突き刺さった。


「ぐふっ」


 今度の悲鳴は、迫真に迫るもの。なぜなら、本気の悲鳴だからだ。


 ここまでダメージを受けたのは、一体いつぶりだろう。


 俺はなんだか嬉しくなって、今度はパンチが効いたことに驚いている渡部の顔面に、重い重い拳をなんとか届かせる。


「うぐっ!?」


 渡部の顔面が吹き飛ぶようなことはなく、ちょっと赤くなった程度だ。

 しかし、俺の初めての反撃に、ワッと観客たちは盛り上がる。


 どうやら俺のデバフによって、俺はこいつらとちょうど同程度の身体能力になるようだ。


「て、テメェ、やりやがったなこのやろう!!」


 渡部がジャブ、ジャブ、で二度俺の顔を叩いてから、渾身の右ストレートを放つ。


 ……デバフもうまく行ったし、もうここらで終わっていいかな。


 俺は、その拳に、よろめいたふりをしてそのまま顔面から突っ込んだ。

 

 ばきり、と、嫌な音がする。


「ぐぅぁぁぁ……」


 そして、悲鳴を上げながらしゃがみ込む。


 いい感じに出てきた鼻血を手のひらで受け止め、これまたいい感じに浮かんだ涙目で、櫛田を見た。


「鼻、折れたかも、もう無理、降参です……」


 櫛田は、ジッと俺を見つめる。

 

 疑いの色はなく、ただただ目の前の弱者に失望しきっていた。


「決着、だな」


 誰も演技とは疑わない。

 歓喜と落胆、俺に対する罵詈雑言が、校舎から降り注いだ。


「おい、テメェ、何やってやがる!?!?」


「ちょっとおじさん!? どうしちゃったの!?!?」


 いや、二人いた。

 渡部は俺の胸ぐらを掴み、引っ張り上げて俺にメンチを切る。

 薫くんもこちらにかけてこようとするので、俺は視線で彼を咎めた。


「おい、何してんだ渡部」


 すると、朝礼台から飛び降りた櫛田が、俺たちに間に割って入る。


「もう勝負はついただろ。死体蹴りするなら、オレが出ばることになるぞ?」


「櫛田さん、チゲェんだ!! こいつ、妙なんだ!! 昨日だって、俺の腕を折ったかと思ったら、折ってなかったんだよ!!」


「あ、あぁ? 渡部おまえ、何言ってんだ?」


「この鼻血だって嘘に決まってやがる!! テメェ舐めてんじゃねぇぞ!! ぶっ殺してやる!!!」


「……おい、オレの目が間違ってるっていいたいのか?」


 すると、櫛田の身体から、魔力が殺気となって迸る。

 魔力を感知できないはずのヤンキーたちでも、一瞬で凍りつくほどだった。


 渡部も例外になく、「い、いえっ、そんなつもりはないです!!」と背筋をピンと伸ばす。櫛田はやれやれと肩を竦めた。


「何を熱くなってるかしらないが、どう見てもお前の勝ちだ。ほら、とっとと解散しやがれ!!」


 ということで、俺の決闘初戦は、俺の敗北によって幕を下ろしたのだった。


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