第7話 第二次ヤンキーブーム。
「……おじさん。大丈夫?」
薫くんが心配そうに顔を覗き込んでくるので、俺はすぐに笑顔を取り繕う。
「ああ、うん、大丈夫だよ。このランクって、さっき渡部が言ってたやつ?」
画面の右上に表示されている、“ポイント:0 ランク:F”を指差すと、薫くんはどこか恥ずかしそうに答えた。
「うん。このランクは、その人のヤンキーポイントによって取り決められる。で、そのポイントは、このヤンキーギルドに出てくるクエストをクリアしたり、ヤンキー同士で決闘したりして獲得できるんだ」
「……へぇ」
これまた、冒険者ギルドとまんま同じって感じだなぁ。
「ランクは、FからSまであって、Sランクのヤンキーは全員とんでもない化け物ばかりなんだ。もしかしたら魔王クラスかもしれないね……」
「へぇー」
だったらこの世界は滅んでる、なんで野暮なことは言わない。
「そのSランク四人、通称四天王をポイント順に並べると、『ラストヤンキーサムライ』龍ヶ崎一峰、『ガチ縦ロールお嬢さま』西宮アリス、『データ喧嘩』新沼健……そして、『一匹銀狼』櫛田姫乃」
「ブフッ!?!?!?!?」
俺は動揺のあまり、飲んでもいないお茶を吹き出してしまった。
「ど、どうしたのおじさん!? どうやって飲んでもないお茶吹き出したの!? 魔法!?」
「あ、い、いや、四天王とは、随分大袈裟だなってね」
たかだかヤンキーに与えられるような称号ではないだろうと、他人事ながら恥ずかしくなってくる。
しかし、薫くんは大真面目な顔で首を振った。
「言いたいことはわかるけど、大袈裟でも何でもないんだよ。このヤンキー全盛の時代に、Sランクヤンキーの権力は絶対的なんだよ。現に、ここ数十年、三大派閥で割れていた豊高が、当時既にSランクだった櫛田さんが入学した途端、櫛田さんをトップとしてまとまったんだよ!」
「へぇー……」
ま、ない話ではない。
俺のリアクションが芳しくなかったからか、薫くんはワタワタ続ける。
「それだけじゃないんだよ! なんで男子校の豊高に櫛田さんが入学できたと思う? 当時中学生だった櫛田さんが豊塚高校に入学を希望したら、すぐさま共学校に早変わりしたんだ!!」
「それも、櫛田さんがSランクヤンキーだから、ってこと?」
薫くんが大きく頷く。
それは流石に、八十年代でもなかった話だ。
実際、俺の学生時代、徒党を組んでこの豊塚高校を共学化させようとした時なんか、門前払いだった記憶がある。
「その上、櫛田さんは豊高の女子比率をあげたがってるらしいんだけど、豊高は有名なヤンキー校だから、入学を希望する女の子は少なくて、それもほとんどスケバンだった。で、そこから一年、櫛田さんは校舎を綺麗にしたり偏差値を上げるために授業に参加するよう呼びかけたりしたんだけど、結局今年度の一年生も、女子の割合は二割程度で、その結果が、これ」
薫くんは三角座りのまま、スカートを平気な顔で持ち上げる。うーん、やっぱり注意が必要かもなぁ。
「せめて、絵面だけでも普通のみたいにしようってことで、ヤンキーポイントが低い生徒たちは女装を強制されるようになったんだ。これも櫛田さんの鶴の一声で決まったんだよ」
「なるほど。それで薫くんは女装しているんだね。よかったぁ」
「よかった!? どこが!?」
「ああ、こっちの話。しかし、なんで櫛田さんはそんなことしてるんだろうね。女の子なんだから男ばっかの環境が嫌なのはよくわかるけど、わざわざ男子校を共学にして女の子を増やさなくても、元から女の子の多い学校に行けばいいじゃないか」
「そんなの決まってるよ! 櫛田さんが公立じゃ豊高くらいしか行き場のない馬鹿だからさ!」
その言葉は薫くんに大分返ってくるし、OBの俺としても辛いところだが、それくらいしか理由ないかな。
「それはまた、すごい時代になったもんだねぇ」
平穏な生活ができると思って帰ってきたというのに、地元がヤンキー全盛期に逆戻り、どころか、それ以上になってしまった。
これが魔王を討伐した勇者への仕打ちかと嘆きたくなったが、こっちの世界には関係ないと言われてしまえばそれまでだ。
「……おじさん、他人事じゃないんだよ」
薫くんは、俺が手に持つセーラー服の入った紙袋を指差す。
「おじさんはスマホ持ってないから、ヤンキーポイントゼロの最底辺。この高校の最底辺だから、僕と同じく、毎日暴力しか能のないヤンキーどもに搾取され続けるんだ!」
「うーん……」
先ほどの薫くんに対する扱いや、女装男子たちの顔の腫れようを見るに、大袈裟ではないようだ。対策を考えなくてはならないなぁ。
すると、薫くんが俺を元気付けるように、ポンポンと肩を叩く。
「でも、大丈夫、安心して! おじさんは強いから、すぐに女装組から抜け出せる! ていうか、櫛田さえ倒しちゃったらすぐ番長だよ!」
「え?」
薫くんは、未来ある若者特有のキラキラ輝く瞳で俺を見る。
「おじさんには、この学校のトップに立って、ううん、日本の全ヤンキーの頂点に立ってほしい! そして、こんな暴力を振るうだけが取り柄の奴らが大きな顔してる最低のヤンキー時代に、おじさんの手で終止符を打ってほしいんだ!」
「……なるほどね」
それで、俺を誘ったわけか。
てっきり大好きなおじさんと輝かしい青春の一ページを刻みたいがためだと思ってたから、少しショックだよ。
「おい、テメェ、今、何つったコラ!?」
「ぎゃぁ!?!?」
しかし、どうやって断ったものかなと思っていたら、塀の向こうで隠れて俺たちを伺っていた金髪リーゼント、渡部が話しかけてきた。
飛び上がって俺の背中に隠れる薫くんの代わりに、俺は笑顔で返す。
「ああ、こちらの話だから気にしないで」
「こちらの話、じゃねぇよ!! なんだ、テメェが豊高のトップになるっつったか!? 舐めてんじゃねえぞコラ!?」
渡部は怒り肩で歩み寄ると、俺にスマホを見せつけた。
不良者ランクA。へぇ、トップ層じゃないか。
「そんなでけぇ口聞くなら、まずは俺と決闘しやがれ!! 俺に勝てねぇのに、トップに立つなんてありえねぇんだからなぁ!!」
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【あとがき】
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