第6話 美少女エルフスケバン、櫛田。


 ……なるほど、そういえば以前、女神が言っていた。


 女神は、俺の魂をこちらの世界から異世界に転生させる際、等価交換として、相当数の魂をこちらの世界に送ったらしい。


 その中に前世がエルフの魂が混ざっていたならば、その魂が入った身体がエルフ化するということは、実際ない話ではない。


 魂と身体は相互に影響を与え合うので、強烈な身体が魂の形をエルフ用に変え、その魂が次の身体の形をエルフにしたわけだ。


 もしそうなら、彼女の前世は、そうとう強いエルフだったんだろう。もしかしたら勇者候補だったかもな。


 すると、俺にメンチを切っていた渡部が、ピンと背筋を伸す。

 

 そして、直角の見事な礼をすると、腹から叫んだ。


「「「櫛田さん、おはようございます!!!!!!」」」


 いや、渡部だけじゃない。俺以外のクラスメイト全員が、エルフスケバンの櫛田にむけて、深々と頭を下げていた。


 櫛田はというと、教室全体を見渡すと、堂々とした口調でこう問うた。


「留学生はどこだ」


「あ、はい、あちらに」


 一人のヤンキーが俺を指差すと、櫛田は俺の方を見る。


「……あぁ!?」


 そして、まるで死者が生き返ったかのように驚いたのだ。


 あ、まずい。


 彼女がエルフ族の特徴を継いでいるのなら、俺なんかよりよほど魔力視認能力があるはずだ。

 

 俺が彼女の魔力を視認したように、彼女が俺の魔力を視認していても、なんらおかしな話じゃない。


 俺は慌てて、魔力の漏出を抑えた。

 しかし、時すでに遅かったか。櫛田はエルフの美貌が台無しなくらいの険しい顔で俺のところにやってくる。


 そして、危うく豊満な胸がぶつかるくらいに近づくと、俺の顔をジロジロ眺める。


「おい、お前、随分気合入った髪色してんな。紛らわしいんだよ」


「え、ああ、髪ですか……すみません、これ地毛なんで」


「あぁ? オレだって地毛だ。喧嘩売ってんのか?」


 あれ、髪色の方だったか、と安心したのも束の間、ヤンキー特有の被害妄想をぶつけてくる櫛田。この理不尽極まりない感じ、懐かしいなぁ。

 

 しかし、わざわざポケットに手を突っ込んで隙だらけの姿を晒すしながら凄むなんて、異世界だったら速攻腹刺されておしまいだけどな。


「お前、名前は?」


「えっと、柏木ユーリと言います」


「あぁ!?!?!?」


「……ええと、柏木ユーリ、です。隣の柏木薫くんの親戚です」


「あ、ああ、ユー、か……はっ、随分と、生意気な名前だな」


「はは、どうも」


 何が生意気かよくわからなかったが、とりあえず笑っておく。

 対して櫛田は、仏頂面で俺を睨んだ。


「オレは、この豊塚の番を張ってる、二年八組の櫛田ってもんだ」


「あ、そうなんですね。わざわざ来ていただいてありがとうございます」


 二年生の女の子が豊高の番長であることに、さして驚きもない。何せ、この魔力だ。

 櫛田は、今度は俺の顔ではなく、身体の方をジロジロ眺める。


「しかし、お前、なんだその古臭い格好は?」


 今度こそ、お前に言われたくないと言い返したかったが、ギリギリのところで堪えた。


「ああ、これは、昔この学校に通っていた知り合いに、譲り受けた制服なんです」


「そうか。それじゃあこれ、明日から着てこい」


 櫛田は、手に持った紙袋を俺に差し出した。

 なんだ、わざわざ新しい制服を用意してくれたのか? 親切じゃないか。


「ああ、これはこれは、ありがとうございま……」


 受け取った紙袋の中身を見て絶句する。

 

 中には、綺麗に折り畳まれたセーラー服が入っていたのだ。


「わかったか? もし着てこなかったら殺すから、その覚悟でいろ」


 しかし、説明を求める前に、櫛田は教室から出て行ってしまった。

 途端に、教室の空気が一気に緩くなる。どうやら櫛田は、この荒々しいヤンキーどもに相当恐れられているようだった。


「ちょっと来て!!」


 すると、そのヤンキーたちの隙をついて、薫くんが俺の腕を掴み引っ張る。


「あ、おい待てコラ!」という渡部の声を背中に受けながら、俺たちは教室から飛び出したのだった。




 ⁂




 薫くんに手を引かれて学校の裏門から出ると、薫くんは三角座りで座り込む。


 俺も合わせてそうすると、薫くんを元気付けるため、背中を撫でた。


「薫くん、その、なんて言っていいかわからないけど……悔しいよね」


「……別に、悔しくないよ。あいつらからしたら僕は確かに弱いんだろうけど、喧嘩が強いか弱いかで人を測るなんて間違ってるもん!」


「あ、うん、それもあるだろうけど、ほら……パンツとかさぁ」


「……そうだね。僕は男だから、パンツを見られること自体は気にならないけど、スカートをめくってっていうのはやっぱり嫌だよ! スカートを履くこと自体めちゃくちゃ嫌なのに!」


「……うーん」


 確かに、俺もただパンツを見られたってだけだったら何も気にしない。なんなら学生時代の頃なんか、なんの意味もなしにちん○こを出したものだが……薫くんの場合、見られ方がなぁ。


「僕のパンツなんて汚くて、誰も見たくないだろうし、ヤンキー以外のクラスメイトに迷惑をかけちゃってるのが、一番辛いかな……」


「あ、えー、うん、そっか」


 少なくとも喜んでそうな奴は何人もいたけど、そこには気づかなかったんだろうか。


「……あ、そういえば、あのおかずっていうの、何かわかる?」


「えっ、あっ!? い、いやぁ、俺はなんとも、全然わかんないけど」


 なるほど、おかず云々の意味がわかっていないくらい純粋なら、この世には可愛い男の子が女装しているということに喜びを覚える人間が

 

 それならセーフ……なのか? 

 ていうか響子、性教育の方はどうなってんだ。あんまり純粋に育てすぎると、それはそれで問題だぞ。


「そんなことより、だよ! おじさんには伝えないといけないことがあったんだ!」


 薫くんがポケットから取り出したのは、厚さ五ミリ程度の金属の板だった。

 携帯にしては大きいな、と思っていたら、パッとその板全面に光が灯った。


「おお、なんだこれ」


「あ、そっか、おじさん十六年前の人だもんね。でも、ごめん、そういうベタなやりとりしてる余裕は今はないんだ」


「うわ、冷たいなぁ」


 それなら昨日のうちに済まさせて欲しかったし、大体薫くんだって、昨日異世界もの的なベタな反応してたと思うけど。


 これはスマホといい、「ようつべ」という、俺が死んだ後にできた動画サイトが見れるらしい。俺の時代のニコルニコル動画と似たようなものだろう。


 その「ようつべ」で、薫くんが見せてくれた動画は、まるでテレビ番組のような凝ったもので、動画投稿サイトとは思えないクオリティだった。


『じゃあ、そことそこ、試合決定で』


 しかし、その内容は大したものではない。

 要約すると、ろくに格闘技経験もない素人のヤンキー同士を、格闘技で戦わせるという、異世界でのコロッセオを思い起こさせる内容だった。


「で、これがどうしたの?」


 わざわざ授業をふけてまで見るような動画ではなかったと思うんだけど。


「この動画が投稿されたのは、五年前。再生回数一億回を突破したこの動画は、一種の社会現象になったんだ」


「へぇ〜。そんな評価を得るほどのものものかなぁ」


 いや、俺はあくまで異世界で血みどろの戦乱の中にいた人間だから陳腐に見えるだけで、平和な日本なら、ちょうどいい刺激なのかもしれない。


 薫くんは、顔を紅潮させ大きく頷く。


「わかる!! 僕も何が面白いか全然わかんないんだけど。でも、特に若者にはすごい刺さったみたいで、この動画がきっかけで、ヤンキーに憧れる若者が増えて、第二次ヤンキーブームが巻き起こったんだ」


「第二次ヤンキーブーム?」


「うん。おじさんが学生の頃も、ヤンキーブームだったんでしょ? でも、ひいばあちゃんは、八十年代よりも酷いって言ってた」


「……それは、また」


 余計なこと、してくれたなぁ、このようつびゃー。


 まぁ、動画一本が原因とは思えない。

 が、あのクラスを見てしまえば、第二次ヤンキーブームとやらが起こったのは、事実と認めざるを得ない。


「で、こっからがさらに重要なんだけど」


 薫くんはスマホをスイスイ器用にかまって、スマホの中に陳列された四角い箱をタップする。

 

 画面が切り替わり、テッテレーンとの効果音とともに、


 『不良者ヤンキーギルド』


 と言う文字が出てくる。


「これが、第二次ヤンキーブームを支えている、ヤンキーギルドっていうアプリだよ」


「……ヤンキーギルド」


 ヤンキー全盛期と異世界を生きた俺には、随分と聴き馴染みのある二つの言葉なのに、組み合わさるとこうも嫌な予感を覚えさせるのか。


 俺は深々とため息をつかざるを得なかった。

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