第5話 異世界から帰ってきて二日目、二回目の喧嘩。


 その時、チャイムが鳴った。

 

 先生が逃げ出すように教室から出ていくと、金髪リーゼント、渡部が勢いよく立ち上がる。 


 そして、怒り肩でズカズカこちらに歩み寄ると、俺のおでこにリーゼントを突き刺す。

 昨日の再現になっているが、何か思うところはないのか?


「おいテメェ!! なんでここにいやがる!?」


「いや、さっき説明があったけど。この高校に留学してきたんだよ」


「ああ? リュウガクってなんだコラ!? 意味わかんねぇこと言ってんじゃねえぞ!」


 この高校のOBとして涙を流す前に、薫くんが「ちょっ、ちょっと落ち着いて渡部くん!」と割って入る。


 すると、渡部の殺気が俺から薫くんに移った。


「ああ!? Fランクの底辺女装男が何俺様に口出してんだクラァっ!?」


 そう凄むと、薫くんの顔を片手で掴んで、唾が掛からんばかりに薫くんを怒鳴りつける。

 薫くんは、びくりと肩を揺らす。


「あっ、ご、ごめんなさい。で、でも」


「でももへったくれもねぇんだよ!! テメェみたいな弱男に人権なんかねぇんだから、黙ってりゃいいんだよ!? 分かったかコラ!!!」


「あ、あはは、ごめん、わかりました。黙ります」


「もう黙るだけじゃすまねぇ!! 今すぐスカートめくって謝れや!! お前みたいな無価値なゴミが、この俺様を不快にしたんだからよぉ!!」


「……ぁ?」


 何を言い出してるんだ、この男は。


 俺が動揺にあまり、言葉にならない声をあげてしまう。

 すると、渡部はそんな俺に気づいて、弱みでも見つけたと思ったのか、ニヤリと笑う。


「お前もかわいそうだなぁ。親戚だからって、こんなクソ雑魚を庇わなきゃいけねぇんだもんなぁ。ああ、それともなんだぁ? もうそう言う関係か? こんな価値ゼロのゴミを守る理由なんて、そんくらいしかねぇもんなぁ!!」


「……はぁ?」


「そうかそうか、それなら可哀想なことしちまったなぁ! この弱男、俺たちに毎日ぶん殴られるのが嫌でたまんなかったらしくてよぉ! だったら代わりにスカートめくってパンツ見せたら許してやるよって言ったら、マジでやりやがったんだよ! ああ、俺を責めないでくれよ! だって本気でやるわけねぇじゃん! ヤキ入れられ方が何千倍もマシじゃねぇか! どんだけ根性ねぇんだって話だよな!」


 渡部も腹を抱えて笑った後、机を合わせて台にすると、ここに乗れ、と言わんばかりに、バンバン叩く。


「ほら、薫、いつものように女に相手してもらえねぇ女装組の連中におかずを提供してやってくれよ! じゃなきゃ女装組へのヤキ入れ、いつもの倍だぜ!」


 女装した男たちが声にならない悲鳴をあげて、皆薫くんにじとっとした視線を送る。


 その中の一人の胸ぐらを渡部が掴んだところで、薫くんが悲鳴に近い声をあげた。


「わかった! わかったから! だからお願い、殴らないで!!」


「おお? ったく、仕方ねぇか。ほら、やれよ」


 薫くんは、今にも泣き出しそうな顔で、スカートに手をかける。


 ヤンキーや女装組と呼ばれた男子たちは、途端に全く興味ない、という顔をしながらも、ちらちらと薫くんの方に下卑げびた視線を送った。


 そこで、ちらり、と、薫くんが助けを求める視線を俺に送ってきたところで、我に返った。


「薫くん、しなくていいから」

 

 我ながら情けない。異世界でもなかなか見ないくらい胸糞展開に、ついつい傍観してしまった。


 すると、「ヒュー、ユーリくんマジナイトじゃん。かっこいー!」と、ドレッドヘアーのヤンキーが俺を嘲笑う。


 それに追随ついずいして笑いが起こる中、一人、渡部は俺にメンチを切ってきた。


「よぉ、誰の許可を得てんなこと言ってんだコラ?」


「……ろす」


「あ? なんつったコラ?」


 俺の理性が爆発する寸前。


「邪魔するぞ!!」 


 扉が、勢いよく開いた。


「……へ?」

 

 俺は、またまた目を疑うことになる。


 地面引き摺らんばかりの真っ白の長ランには、白い狼の刺繍。下は、引きずるか否かのロングスカート。


 そして、開けっ広げられた長ランの下で彼女の胸を守るのは、サラシだけ。

 彼女が歩を進めるたびに、女子高生とは思えない豊満な胸がたゆんたゆんと揺れる。


 俺が学生の頃、うじゃうじゃいた女版ヤンキー、通称スケバンと、そっくりそのままの格好だった。


 いや、スケバン自体は、このクラスにもいる。

 目を疑ったのは、日本人のそれとは明らかに違う、彼女の銀色の髪と、銀色の瞳。


 そして、日本人どころか、人族のそれと明らかに違う、ピンととんがった長い耳。


 何より、視認するつもりもないのに見えてしまう、全身から立ち昇る大量の魔力が、彼女が”エルフ”であることを示していたのだった。


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